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 それは、有力代議士を父とする、ある少年の物語。

 代議士は、英才教育に誤った信念を持つ男だった。

 三歳になった少年は、保育園にも行かず、屋敷の地下室に幽閉された。机と椅子以外、何もない空間だった。扉は外から施錠され、規定の勉強時間を終えるまで開かない。与えられたのは絵本でなく参考書、玩具でなくパソコンだった。

 目標も競う相手もない環境で、勉強に身が入るはずもない。

 少年は聡明だったが、それ以上に遊びたい盛りだった。

 友達は誰もいない。地下室を唯一訪れる家庭教師は石仏ほどの愛嬌もない堅物で、成績不振を理由に、ほどなく首になった。

 それは、孤独かつ膨大な時間だった。

 やがて、嘆くことに飽きた少年は、自ら遊びを探し始めた。

 デスクトップの扱いを覚え、玩具箱をひっくり返すように中身を調べた。学習ソフト以外、ネットにも接続していない徹底ぶりだったが、少年はやがて、OSに標準インストールされた、ゲームカテゴリを発見した。

 ソリティア。フリーセル。──そして、マインスイーパ。

 期待に胸を震わせながら、少年はマインスイーパを始めた。

 人生初のゲーム体験、少年とマインスイーパの出会いは、きっかり一秒で終わった。最初のワンクリックで地雷を踏んだのだった。

 少年が茫然としたのは、言うまでもない。

 その後、数度挑戦したものの、ルールさえ理解できないまま、数秒でゲームオーバーを突きつけられ、少年の興味は他のゲームに移った──少なくとも数週間は、マインスイーパを開こうともしなかった。

 しかし、少年は再び、地雷原に舞い戻る。

 他のゲームに飽きたからだ。ソリティアもフリーセルも、簡易ゲームなりによく出来ている。だが、それはあくまで暇つぶし向けであり、ゲームとしての底は浅い。そして、遊びに対する子供の感覚の鋭さは、大人の想像を遥かに超える。

 マインスイーパはその真逆だ。初プレイでは誰しもが、拒絶に等しい秒殺の洗礼を受ける。それを乗り越えた人間だけが、絶壁に挑むような快感を得られる。楽しみ方のベクトルが前提から異なるのだ。

 子供は、ゲームのルールを読むことをしない。

 少年もそうだった。表れる数字の意味、バーストする理由、フラグの使い方──全て独学で覚えた。初級を初クリアした時は、興奮して部屋中を駆け回った。中級を乗り越え、上級を初プレイした時は、広大な地雷原に眩暈すら覚えた。全てをクリアしてなお、タイムを縮めることに没頭した。

 数千、数万もの地雷原を乗り越える頃には、地下室は少年の聖域になっていた。マインスイーパは聖典であり、唯一の友であり、教師だった。

 猟師や農家が自然から多くを学ぶように、少年はマインスイーパから全てを学んだ。

 例えば、論理的思考。運命の非情さと心構え。集中力の持続法。スランプの脱出方法。時間管理。体調管理。

 勉強にも熱心になった──試験も暗記もゲームと考えればつらくない。未知の世界を拓く楽しみは知っている。そこで得た知識に、マインスイーパはさらに加熱した。

 進学し、スポーツも始めた──スコアの壁を破るには、反射神経の鍛錬と健康維持が必須と判断したからだ。地下室に篭る時間は減ったが、マインスイーパ熱は上昇した。

 学業、部活動ともに比類ない成績を残し、少年は高校を卒業した。

 そして確信に至った──マインスイーパには人生の真理がある、と。


 しかし、今や若者と呼ぶべき少年には、未だ足らざるものがあった。

 それは人間関係──友人という存在。

 学績で得られた高評価は、有象無象の人間を呼び寄せたが、その誰一人として心許せないことを、少年は自覚していた。

 だから、大学に入ってすぐに出会った、一人の少女に興味を持った。

 花が虫を呼ぶように、少女の周囲には人が集う。

 自分に欠けたものを、その少女は備えている気がした。

 少女から告白されたのは流石に予想外だったが、むしろ好都合に思われた。少年は少女の隣り、友人の作る輪の中心に収まり、無骨ながらも軽口の交換や、男女の綾も覚え始めた。

 だが──少年は次第に疑問を覚え始める。

 彼らは、自分の人生に、マインスイーパのために、必要な存在だろうか?

 日々、無目的に群れ集う若者たちに、中身のない会話に時間を費やす少女に、少年は辟易するようになった。

 少女が、少年の聖域を非難したことに端を発し、取り巻きの無礼を庇ったことが、引き金を引いた。


「かすみとは、これで終わった」

 かつての少年──銀崎の宣言に、軽い眩暈を覚えた。

 状況の急展開に頭がついていかない。

 そんな鮒木を、銀崎は正面から見据える。

「お前にはもう、戦う理由がない」

 侮辱に拳で応じた際にも劣らぬ、灼熱の眼差し。

「どうする──それでもまだ、やりたいか?」

 

 

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