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 閃くコインが、二人の運命を乗せて宙を舞った。

 先行は銀崎。後攻は鮒木。二回戦とは逆の順だ。

 どちらが有利かという論は、もはや意味を持たない。

 互いの力量は、とうに知悉している。

 どちらも最速を尽くす──それしかない。

 席についた銀崎が、マイマウスを握った。

──先に行かせてもらう。

 銀崎の視線に、鮒木がうなずく。

 真新しい地雷原を舞台に、銀崎が舞い始めた。

 決勝に置いてすら、いささかも揺るがぬ軽やかさ、読みの冴え。

 開放、開放、展開、開放、特定、開放、開放。

 地雷を見抜く神眼は冴え渡り、その精確さと相乗して、驚異の次元へと加速する。

 神のギフトの如き巨大な大陸が浮かび上がった。その周囲をポインタがかがる。立ち並ぶフラグは征服の証。何も難しいことはないとアイコンが破顔する。

 最初のクリアで、あっさりと鮒木の自己ベストは破られた。

 鮒木に動揺はない。予想されていたことだ。

 しかし、銀崎の本気はその先にあった。

 三度目のゲーム──最初の一枚が、地雷原を大きく割った。半分ばかりも開放された絶好の機会に、銀崎の背中が咆哮した。

 まばらに残された地雷の島を、軽やかなタッチで切り崩していく。ポインタの速度に変化はない。だが、明らかにこれまでのスタイルと異なる。

 画面より早く、鮒木は銀崎の指先からそれを知った。中指が微動だにしない。つまり右クリックを使用しない──

──ノンフラグ戦法!

 鮒木の驚愕が伝わったのだろう。神の眼を持つ男が不敵に笑った。

 読んで字の通り、一切、旗を立てずにクリアする戦術がこれだ。右クリックに要する時間は、その都度マウスを止めることになるため、マインスイーパにおいて明確なタイムロスとなる。地雷の確認用に残すフラグをいかに減らすかは上達を測る基準であり、ノンフラグはその完成形とも言うべきスタイルだ。

 しかし、マインスイーパの頂点において、ノンフラグは主流ではない。

 理由は単純、費用対効果の問題だ。

 達人に至る最低箇所のフラグは、わずか数本に過ぎない。その数本を排除したところで縮まるタイムは何秒もなく、逆に地雷位置の記憶に気を回した分、ミスの可能性が上がる。過ぎたるは及ばざるが如し、なのだ。

 だが──そんなセオリーをあざ笑うかのように、銀崎はノンフラグを選択した。

 長年の経験と直感で、地雷を嗅ぎ分けられる銀崎には、フラグは不要なのか? そんなわけがない。  銀崎とてバーストはする。神の眼は超人的だが全能ではない。

 それでも危険を犯し、実行した理由は、唯一つだった。

 鮒木の胸に、熱いものが満ちた。

 決戦前に聞きそびれた問い──何故、お前は、俺を認めたのか。

 これは、寡黙な銀崎の声なき答えだ。

 地雷原に生きる男の、一片の偽りなき、命がけの証明なのだ。

 鮒木を真の強敵と認めた──だからこその。

 鮒木は堪えた。気を抜けば、こみ上げる熱いものが、目頭を突き破りそうだった。

 集中力を切らすことなく、銀崎はノンフラグ戦法を完遂した。

 目印なき地雷原の結末は唐突だった。

 クリックした瞬間、アイコンが笑い、地雷残数が「099」から「000」に飛躍した。未開放パネルの白に広がるフラグの赤。それは戦場に訪れた春だった。真紅の終戦だった。

 芸術的である以上に、そのタイムは圧巻と言えた。

 鮒木の自己ベストから、実に7秒速い。

 陸上競技ならば、後続が見えないほどの差をつけてのゴールだ。

 鮒木に悔しさはなかった。これを感動というのだろう。

 ただ伝えたかった。感動を、賛辞を、感謝を。

 けれど、声にならない。語彙を逆さに振っても、今の気持ちに見合う言葉は出て来ない。

 深く息を吐きながら、振り向いた銀崎が鮒木を見やる。

 凄みを見せ付けた、男の眼差しが語っていた。

 地雷処理者に言葉はいらない、と。

 魅せろ。次はお前の番だ、と──

 

 

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