五月 7
教室に戻ると、柚菜がまだ残っていた。他の女子達と三人で、朝やっていたダンス?を練習している。
「じゃ、またね」
「はい」
斉藤センパイが顔を覗かせると、教室の三人はものすごく複雑な表情を見せた。キャー凛音先輩だーと、は?なんでオメーがくっついてんだよを合わせたような……いやいっそ分かりやすい表情かもしれない。午後の出来事を思い出して胃がキューッとなる。
「あ、ごめんね。時々この子借りるから」
「え、凛音先輩とソイツって何か絡みありましたっけ?」
俺に対する毒だけが篭められた言葉にビクッとなるオレをよそに、斉藤センパイがニコニコ笑顔で続ける。
「同じ文芸部なんだよね。私の活動を手伝ってもらうことになって」
「え、何やるんですか?二人で?」
「ちょっとね、図書の整理。あたしも最後に何かしたくて」
「へー……。なんで高野なんですか?」
「ん、可愛いから」
センパイの言葉に、柚菜がぶほっと吹き出した。柚菜はオレがカワイイって言われるのが大嫌いなのを知っている。実際今言われても嫌な気分にしかならないが、仕方ないことだと自分に言い聞かせる。
これからもちょいちょい絡むことになるだろうオレとセンパイだが、理由もなく会っていたら周りにどう思われるか分からない。というか既にオレには実害が出ている。それを相談したら、センパイはこの「文芸部の活動」というカモフラージュを提案してきた。同じ文芸部だし、センパイは受験生で何かしら部活の実績が欲しい、という体にすれば説明はできる。でもオレを選ぶ理由がないんじゃ、という心配には、センパイは「大丈夫だよ」とだけ言っていた。その結果がこれだ。カワイイは正義。一発で納得しやがった柚菜を睨むと、なぜかもっと楽しそうな表情になった。
「そっかー、可愛くてよかったねー、柊真」
「うっせぇ」
クソムカつくが、この情報はあっという間に共有されるはず。とりあえずこれでオレに対する女子の追求は落ち着くだろう。
「じゃあね。また連絡する」
「はい」
「あーん凛音先輩ー」
ひらひら手を振って去っていくセンパイに、柚菜達が甘えた声を出す。オレも帰るか、と教室を離れると、柚菜が追ってきた。
「いつから?」
「え?」
「凛音先輩に言われたの、いつ?今朝聞いてきたのってこのせい?」
「ああ、まあ」
そういえば朝、斉藤センパイのことを聞いたっけ。結局何の情報も出てこなかったけど。
「ふーん。そうなんだ。ふーん」
「何だよ」
「何でもない。またね」
何を納得したのか、柚菜は教室に戻っていった。釈然としないまま靴を履き替え、学校を出る。グラウンドではサッカー部が走り回っていた。うっすら合唱部が発声練習しているのが聞こえる。……あれ?柚菜って合唱部だよな?なんで教室にいたんだ?
分からないことが多すぎる。あれこれ考えるのも嫌になって、溜め息を一つ吐くとオレは思考をぶん投げた。
一応週二回くらいは実際に図書の整理をすることになり、放課後に一時間ほどあの雑然とした棚の本に管理ラベルを貼っていく作業をした。それ以外は特に変わらない日々が過ぎていく。次にセカイに迷い込んだのは、一週間が過ぎた頃だった。