五月 4
この世界はタマネギだ。
つるりとした茶色い皮の表面で皆が暮らしている。でも、一皮剥けばその下には色も厚さも違うセカイが何層も何層も重なっていて、茶色い薄皮を支えている。薄皮の下で何かが起きればこの世界はすぐに崩壊してしまうのに、ほとんどの人はそれを知らずにのほほんと生きているのだ。
タマネギは放っておくと腐ったり乾いてガビガビになったり虫が湧いたりする。この世界にもいろんな問題が起きて、それを具現化したのがアクイ。そのままにしておいたら世界はダメになってしまうので、アクイが発生したら誰かが対応しなければならない。そのためにメフィがいて、メフィの助けを借りてセンパイが戦っている。
「て、感じかな?」
「へー……」
満足した顔をしているセンパイには悪いけど、正直何言ってんだという感想しかない。世界のために戦う?日曜日の朝にそういうのやってるけどさ。昨日のアレがあっても、すんなりとは納得しづらい。
「で、なんでセンパイなんですか?」
「なんかたまたま、みたいな?そんなにしっかり説明はできないみたい」
「もちろん理由はあるけど、この世界の因果に沿って説明するのは難しいんだ。強いて言うなら、斉藤凛音が斉藤凛音であったから、ということになるね」
「ね?こんな感じ」
メフィはいつの間にか本棚の上から降りてセンパイの足元あたりにいる。動きが猫っぽく見えるのが、猫を真似た何かっぽさに拍車をかけている。
「世界を守る、って、他にもいっぱいいるんですか?その、こういうことしてる人」
「他にもいるけれど、君達が出会うことはないよ。今の説明に沿うなら、それぞれが別のタマネギの層にいるんだ。近付くことはあっても重なることはない。仮にこの世界の中で出会ったとしても、お互いを認識できないだろうね」
「らしいよ。あたしも会ったことない」
センパイがにへらっと笑う。この意味不明な話を、センパイは当たり前のように受け入れているようだ。
「えっと、ちょっといいすか」
「どーぞ」
「何ていうか、その、ちょっと信じられないっていうか」
「まあそうだよね。そりゃそうだ」
センパイはあっさりオレの言葉を受け入れた。そして、でも、と続ける。
「あんなの見せられて、信じるも何もなくない?」
じっと見つめられて、思わず俯いた。昨日のアレは、未だに現実味が無い。全部夢だったと言われたら、それもそうかと納得すると思う。でも。
俯いた視界に、ちらちら映るコイツ。古い本で埋まった本棚の間、現実に挟み込まれたメフィが、否定しようもなく存在していた。