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五月 3

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ……」

 口から変な音が漏れる。ようやく放課後。長かった。めちゃくちゃ長かった。昨日のあのよく分からない学校の方がよっぽど気が楽だったかもしれない。

 斉藤センパイとの関係をさんざん詰められたが、答えられることなんて何も無い。しどろもどろになるオレに苛立ちが膨らんでいくのが分かって泣きそうだった。先生が来ていったん解散になったものの、授業中もずーっとピリピリした空気が漂っていて辛かった。休み時間は教科書を抱えて先生の後を追い、質問があるフリをして切り抜けた。六時間目が終わった瞬間にダッシュで男子トイレに逃げ込み、今に至る。

 女子に何をどう伝えたら納得してくれるだろうか。昨日の出来事を正直に話したところで、そんなのあるわけないだろ、で終わってしまう。本気で獲物を追い込む目になった女子達に適当なことを言ったら狩られる。どうすりゃいいんだ……。

 個室に篭って頭を抱えていたら、ポケットのスマホが震えた。見ると猫っぽい何かのアイコンと、メッセージが届いている旨の表示がある。あの『セカイ』ってメッセージアプリだったの?

 『セカイ』を開くと、ずらっと何に使うのか分からないメニューが並んでいた。その中の吹き出しマーク、たぶんメッセージだろうと思われるものを開くと、黒地にグレーの花柄マーク、『Rinne』からメッセージが届いていた。間違いなく斉藤センパイだ。

『授業終わった?』

『今から来れる?』

『図書室』

 しばらく画面を眺めていたが、オレに選択肢があるわけでもない。『今から行きます』とだけ返して、そーっとトイレの外を窺う。下校の時間で人はいるけど、さすがに出待ちまではされていないみたいだ。覚悟を決めて廊下に出ると、オレは図書室へと急いだ。


 図書室に入り、カウンターにある利用者名簿に学年と名前を書く。一つ上の行には斉藤センパイの名前があった。図書室は基本無人で、本が借りたければ自分で本のタイトルと学年氏名を貸出簿に書いて持っていくシステムだ。一応Webカメラで職員室と繋がっていて録画もしているので、いたずらや無断持ち出し対策はしている扱いらしい。

 手前に並ぶ机には誰もいない。センパイはどこだと思っていたら、奥の本棚の陰からひょこっと顔が出てきた。

「ああ、何度もごめんね」

「いえ」

 そのまま本棚の裏に引っ込んでいったセンパイを追うと、そこには猫モドキ……メフィもいた。相変わらず何と形容したらいいのか分からない色と形だ。目のような何かで見つめられ、つい視線を逸らしてしまった。

「ここなら滅多に人も来ないし、色々話すには良いかなと思って。もし見つかっても説明がつくし」

「えっと?」

「文芸部でしょ?キミ」

「まあ、はい」

 この中学では全員がどこかの部活に入る必要がある。文芸部というのは、何もやりたくないけどどこかには入らなきゃいけないから仕方なく、という人が集まる場所だ。活動日:無し。活動内容:一年に一回は図書室か図書館に行きましょう。以上。要するに実質帰宅部である。なんなら学校に来ていない人でもどこかの図書館に行って本を借りれば部活に参加した扱いになる。

「あたしも文芸部だよ。本当に後輩だったね」

「え……」

 斉藤センパイが文芸部?もっと何か運動部とか、文化系にしても吹奏楽部とかのイメージだった。あ、何か習い事してて部活に時間をかけられないとか?

「まあそういうことで、改めてよろしくね。柊真」

「えっと、はい」

 いきなり名前呼びされてちょっと戸惑ったが、斉藤センパイはまるで気にしていないようだ。図書室のさらに奥、古い本が雑に並べてある方に進んでいくセンパイを追う。この辺りだと、本棚に囲まれて視線はほぼ遮られる。高い所の本を取る用の踏み台を二つ引っ張り出すと、センパイは片方に座った。手招きされるままにオレも座る。メフィはひょいっと本棚の上に飛び上がり、そこに寝そべった。

「さて、色々聞きたいことがあるよね?」

「はい」

 センパイはどこか嬉しそうに見える。ほぼ初対面の女子、それも人気のある先輩と二人という状況に慣れないオレとは大違いだ。

「何から話せば良いかな?メフィ、どう思う?」

「あの、それ」

「ん?」

「その、メフィ、って、何なんすか」

 棚の上であまり興味なさそうに尻尾のようなものを振っているメフィを見上げる。目に入った瞬間は生物だと思うけど、よく見ているうちに不安になってくる。何だろう、バランスがおかしいというか。

「うーん、あたしもよく知らないんだよね。聞いても答えてくれないし。ねえ?」

「僕は君達に力を貸しているだけだよ。この世界にあるアクイを消していくために、必要な力を与え、導くのが役目さ」

 センパイの問い掛けに対して、メフィは微妙に噛み合っていない答えを返す。本当に何なんだコイツ?

「なんかまあ、色々あってつるんでる感じ?」

「そすか」

 その色々、が知りたいわけだが。センパイも何だか掴みどころがない。

「えっと、昨日のアレ、何だったんですか」

「ああ、気になる?気になるよねー」

 楽しそうに目を輝かせるセンパイがぐいっと前のめりになる。思わず仰け反るオレに構わず、センパイは語り出した。

「あれがね、セカイ。セカイにいるアクイを倒すのが、あたしの役目」

 不思議で危険なセカイについて。

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