五月 2
給食が終わり昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室の前あたりが急にざわつきだした。女子が一段高くなった声色でドアの向こうに話し掛けている。
「えー凛音先輩どうしたんですかー」
「ちょっと人を探してて。……ああ、いたいた」
教室にひょいっと顔を突っ込んできた斉藤センパイは、オレを見つけるとひらひら手を振ってきた。その視線の通り道にいた女子達が流れ弾で「え、私!?」みたいな反応をしている。アイドルかよ……。席を立つと柚菜がバカを見る目をオレに向けてきた。お前じゃねーよ座ってろ、という心の声がはっきり聞こえる。他の女子からも調子こいてんじゃねーぞという視線を容赦なく飛ばされつつ戸口まで行くと、センパイは何にも気にしない様子で軽く笑った。
「ちょっといい?歩きながら話そうか」
「ハイ」
さっさと歩き出すセンパイに付いて廊下に出ると、後ろから息の揃った「は?」という声が聞こえてきた。……これ、後ですっごい面倒なことにならないか?
「えーと、斉藤センパイ。何で分かったんですか?」
「ん?何が?」
「いや、クラスとか」
「ああ、メフィが教えてくれた」
「メフィ?」
「昨日いたでしょ。教室に」
あの猫モドキのことだろうか。メフィ、って言うのか。てかあれ現実に存在したんだ?
「あの、昨日のアレって」
聞きかけたところで、どわっと廊下に溢れてきた人にぶつかりそうになった。昼休みになったばかりで、教室から吐き出されてきた人が周り中にいる。こんな所であんな意味不明の話をしてて大丈夫なのか?
「気になる?」
「まあ、そりゃ」
「そりゃそうだよね。そっか」
斉藤センパイは何故か嬉しそうだ。何から聞けばいいいのか分からないオレをよそに、センパイはずんずん先に進んでいく。階段の所まで来ると、センパイはくるんと振り返った。
「じゃあ、スマホ持ってる?」
「えっと、ハイ」
「ちょっと貸して」
「え、ハイ」
「ロック解除して」
「ハイ」
言われるままにスマホを差し出すと、センパイは勝手にトトトッとそれをいじって返してきた。画面の下の方で、何かのアプリがダウンロードされつつある。
「後でそれで連絡するから。またね」
他人のスマホに勝手にアプリをインストールしたセンパイは、スカートの裾を翻らせて階段を上っていった。呆然とただ立っているオレの手元、猫っぽい何かのアイコンの下には『セカイ』と表示されていた。
来た時と同じで風のように去っていったセンパイに置いてけぼりにされ、オレは廊下を逆方向に戻った。この『セカイ』とかいうアプリが何なのか気になるが、今すぐ開く気にもなれない。とりあえず昨日のアレは現実だったようだけど、それ以外の情報が増えていない。どうしたもんか。
画面を見て俯きながら歩いていたから、オレは全く気付かなかった。教室に入ってふと顔を上げた瞬間、ぶわっと鳥肌が立つ。
整然と並んだ机に、女子がずらっと座っている。うちのクラスだけじゃない。他のクラスからも出張してきているようで、八割がた席が埋まっていた。
あ、ヤベ、と思って回れ右をしたら、戸口もクラスの女子が固めていた。全員無言だ。そのまま腕を押され、教卓の前に引き出される。完全に学級裁判体制だ。男子は……ダメだ全員逃げやがった。
「……で?」
正面の女子が低い声を出す。オレの顔には、自然と卑屈な笑みが浮かんでいた。