七月(夏休み) 4
「でけー……」
思わずオレの口から漏れた言葉に、斉藤センパイがふっと笑った。電車から降りてもぐずぐずためらいがちなセンパイの手を引いて、強烈な日差しに焼かれながら公園を横切ること数分。博物館の外にある巨大なクジラの模型を見上げるオレ達は、傍から見たら姉弟だろう。
ファッションの街で遊んでいるような人が来なそうな所、で思い浮かんだのが、小学校の遠足で来たこの博物館だった。場所もほぼ反対側。センパイも「うーん……まあ……うーん……」と納得していた。……納得していたということにしておく。とにかくもうここまで来た以上は引き返すつもりはない。
「なんか特別展?もやってるみたいですけど、どうします?」
「柊真は見たい?どうする?」
「んー、あんまり……」
キノコがどうとかいう特別展ではなく、無料の常設展示を見ることにして本館に進む。古めかしいホールから両翼に続く展示室を、とりあえず順番に回っていく。ひんやり薄暗い館内が、日差しに焼かれた体に心地良い。遠足の時にはあまり感じなかったが、こうして改めて見てみるとわりと面白い。歴史の教科書に出てくるようなものが実際に目の前にあるって新鮮だ。センパイも解説をじっくり読み込んでいる。薄暗い中でも、顔色が良くなっているのが分かる。よかった。
二階を見て回って三階に上がる前に、ちょっと休憩することにした。お手洗い前のベンチに座って、つるりと滑らかな石造りの建物をぐるっと見回す。古いけどそれでダメになっているわけではない、何というか育っている?感じがする。「老朽化」って言葉がぴったりのオレの住んでいる団地とはずいぶん違う。
お手洗いから戻ってきたセンパイがオレの隣に座った。広い窓から差し込む日差しの下だと、いつも通りの感じに見える。いつも通りというか、乱れていた髪とメイクも整え直していつもより気合いの入った感じか。
「ありがとう、柊真」
「いえ、何も」
「ううん。本当に、ありがとうね。柊真がいなかったら、どうなってたか分かんないや」
壁に背を預けて天井を見上げるセンパイの横顔は落ち着いていた。学校に行けなくなって、結局引っ越して転校するほどの影響を与えた相手がまた現れたら、オレならどう思うだろうか。想像もつかない。
「でもさ、あれは良くないよ」
「はい?」
ぐるっとオレの方を向いたセンパイが真面目な顔で言う。何のこと?
「柊真ってさ、わりと俺様系だよね」
「はあ」
「本当にさー、良くないと思う。うん」
「はあ。なんか、ごめんなさい?」
一人で勝手に納得しているセンパイの横で、訳も分からないままとりあえず謝っておく。そうしたら余計に「分かってないなあ」という顔をされた。何なんだ。
結局、常設展だけでもものすごいボリュームだったので博物館には閉館までいることになった。帰り道ではまた今度『大・戦う乙女展』に行く約束も取り付けた。センパイはかなり渋っていたけど、ここで逃げたらきっと一生逃げ続けることになる。
「大丈夫です。オレもいますから」
どんな奴か知らないけど、今度出くわしたらぶっ飛ばしてやる。そんな決意で強引に誘ったら、最後にはセンパイが折れた。
「そういうとこだぞ、本当に」
「はあ」
「あんまりね、色んな人にそういうことしないようにね?特に女の子に」
「はあ。まあ、しないすけど」
「……分かってないなあ」
傾き始めた日差しに照らされたセンパイは、ちょっと呆れたような、すっきりしたような顔をしていた。




