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七月 2

 薄暗いだけで、いつも通りの学校。知っている場所が何かおかしいというのは、あの無限廊下よりもむしろ怖い。このまま廊下を突き当たると体育館への渡り廊下、というところで、マップにぽつんと赤い点が現れた。大剣の柄を握る斉藤センパイの手に力が籠る。赤い点は、体育館の方からゆっくりこちらに近付いてきている。姿はまだ見えない。渡り廊下に繋がるワイヤー入りのガラス扉が、ガチャンと音を立てて開いていった。

 ごく普通に入ってきたそれは、もこもこのAラインのコートを着ていた。くるくる巻いた髪をふわふわのポンポン付きゴムでまとめていて、足元は膝まであるムートンブーツ。じっとり蒸し暑い校舎で、真冬から飛び出してきたようなアクイがこちらに向かって歩いてくる。相変わらず顔は見えないけど、何故か笑っているのだけは分かった。

 床を蹴ったセンパイが大剣を思い切り振り抜く。窓ガラスと壁を粉砕した錆だらけの鉄塊を、ふわもこアクイがひらりと避けた。続けざまに振り回される軌跡に沿って、天井が、床が、コンクリートの破片となって降り注いでいく。その全てを避けてひらひら舞うアクイは楽しそうに見えた。上段からまっすぐに振り下ろされた剣が床を抉り、土剥き出しの地面に突き刺さる。その歪み赤茶けた刃の上に、アクイがふわりと舞い降りた。四つ這いになって揶揄うように寝そべるそれを載せたまま、センパイが全身を捻り回転させる。動くにつれ加速していく大剣は、天井を巻き込みながらぐるんっと百八十度回転しオレの正面の床にアクイごとめり込んだ。

 ぐにゃりと潰れていくアクイがオレを見て微笑んだ、気がした。


 照明の消えた、誰もいない体育館の窓から青い空が覗いている。今日は教室ではなく、近場の体育館に戻ってきたらしい。斉藤センパイは、と思ったところで、右手のずしりとした感覚に気付いた。

 錆びて歪んだ鉄棒を、まだ握っている。

 ぐるっと周りを見回す。いつもの体育館のようだが、出入口がどこにもない。全周が壁に囲まれていて、一方には幕の降りたステージ。扉らしいものは、そのステージに繋がる鉄製のドアくらいしかない。マップを確認すると、今見ているまんまの体育館が表示されていた。縮小してみても、体育館以外の建物がない。斉藤センパイを示すアイコンも、ない。

 こういうパターンもあるのか?センパイはアクイを倒せば元の世界に戻るって言ってたけど。『今どこですか?』とメッセージを送ってみたが、返信はない。どうしよう。メフィを呼んでみる?右上に表示されている猫マークに指が伸びかけて、結局やめた。あいつが味方かどうか、よく分からない。とりあえずアクイを示す赤い点もないし、様子を見てみる?

 唐突にビーーッとブザーの音が鳴り響いて体が跳ねた。モーター音がしてステージの幕が開いていく。幕の向こうには、青い空が広がっていた。じりじり日差しに焦がされる公園。ステージの広さには到底合わない情景の真ん中に、薄汚れたコンクリートの建物が立っている。

 呆然と立つオレの手元で、開きっぱなしのマップに赤い点が現れた。それは、ステージの上、建物の中──トイレの中に、アクイがいることを示していた。

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