魅了のせいだとしても、婚約者を死にまで追いやったのは貴方だけですよ?
やあ、お久しぶりですね。
体調の方はいかがです? 悪くない? 頭痛も無い? 意識もはっきりしている?
それは良かった。
ようやく、まともにお話が出来そうですね。
さて、貴方は最近、身の回りで起きた事を覚えていますか?
欠落している箇所がある?
……まあ、その辺は、これから確認しましょう。
大丈夫です。
本日は、優秀な治療師もついていますから体調が悪くなっても大丈夫ですよ。
彼女、精神安定の魔法も得意なので。
では、本題に入りましょう。
いや、今回の事件はひどかったですね。
……っと、どこまで聞いてます?
なんの事かって?
では最初から、お話ししましょう。
大丈夫です。時間はたっぷりありますから。
これは、王立学園で起きた事件です。
ええ、貴方も在籍していましたね。
ほかには、王太子殿下やその護衛の騎士団長のご子息に、宰相閣下のご子息などなど。
王太子殿下が入学してから、学園側は毎日大変でしたでしょうね。色々と。
それでも平穏に過ごしてらしたんですよね。彼らが一年生の間は。
しかし皆さんが二年生になった頃、ある女子生徒が編入してきました。
数ヶ月までは平民だった、男爵令嬢。
ピンク色の髪に赤い瞳の可愛らしいご令嬢でした。
僕は学年が違ったので、彼女の事は詳しくは知りませんでしたが、マナーは酷いものだったそうですね。
数ヶ月前まで平民だったのなら、一年入学を遅らせてマナーを学ばせればいいものを。どういうわけか保護者の男爵は彼女にその場しのぎ程度のマナーをたたきこみ、学園に編入させた。
まあ、結果は見えていますよね。
彼女は多くの生徒たちに疎まれ、馬鹿にされてしまった。
それだけなら、自ら教えを乞うなり努力をすれば、分かってくれる方もいたと思うんですよ。笑われるでしょうが、それでも一生懸命やっている人を最終的には認めてくれますよ。そこは平民でも貴族でも同じです。
でも彼女はそういう努力は一切せず、男漁りばかりしていた。
まあ、引き取った男爵に高位の貴族子息を捕まえてこいと言われたらしいので、それを本気にしたみたいなんです。男爵自体は思慮は浅いですが、気さくな方で彼女の緊張をほぐすつもりだったのですが、見事に言葉の通りに受け取ってしまった。
まあ、本人も異性にチヤホヤされたかったみたいなので、悪い相乗効果となってしまったんですね。
同学年には見目麗しい殿下と、その側近候補もいましたからね。気持ちは理解できなくもないです。
まあ、普通の人は言われてもやらないと思いますが。
え? 貴族のしかも、高位貴族の子息がそんなモノに引っ掛かるはずがない?
そうですね、普通ならそうです。
ですが件の男爵令嬢、なんと魅了魔法持ちだったのです。
ええ、そうです。魅了です。魅了。
異性の心を操って自分に好意を向けさせる魔法ですね。同性に作用する場合もあるそうですが、今回は異性を虜にする一般的なタイプですね。
長年、我が国を含む近隣諸国では魅了魔法を使える者は、少なくとも表舞台には現れなかった。
だから、対処が遅れてしまった。
毒や媚薬に対する対策はされていましたが、魅了魔法に対しては完全に油断していました。これは、この国の落ち度とも言えます。
そうして、男爵令嬢はそれで瞬く間に異性を魅了していきました。
その殆どが彼女と接点の多い二年生でした。しかも高位貴族の令息達ばかり。
ちなみに僕は、学年が違うので助かりました。年下は好みではなかったみたいですね。助かりました。
まあ、実害はというと王太子殿下やその側近候補も男爵令嬢を優先し、それぞれの婚約者を蔑ろにするくらいでして、魅了の効果はそこまで酷くはなかったんです。それぞれの婚約者たちは辛かったでしょうが、男爵令嬢とは肉体関係には発展しませんでしたし、そこは幸いでした。
殆どの方が自分で異常に気付き、周りに助けを求めたことが解決に繋がったのです。
おかげで、彼らは婚約破棄・解消にならずに済みました。相応の報いは受けた様ですが。
まあ、彼らは本命ではなかったんですね。ただのチヤホヤ要員だったようです。
ええ。でもね、そうではなかった方もいるのです。
彼は男爵令嬢の本命だったようですね。他の方より、魅了の効果の効果期間が長かったのです。
つまり、婚約者がいながら、男爵令嬢と深い仲にまでなっていたそうです。
まあ、肉体的な接触で魅了の力が継続されるようなので、当たり前なのですが。
ん? はい。効果期間です。
彼は、婚約者を蔑ろにするだけでなく、邪魔になったのでしょうね。排除することにしたみたいなんです。
男爵令嬢を選ぶのなら、婚約破棄でも解消でもすればいいのに、なぜかそうはしなかった。
そして、彼は婚約者を一人で呼び出し、複数の不埒者に襲わせ、まともな貴族には嫁げないようにしてしまったんです。
酷い? 本当に、酷い話です……。
流石に、男爵令嬢もそこまでは望んでいないと、泣きながら引いていましたね。
それで、彼を見限って、全てを話してくれました。
まあ、彼女も馬鹿で愚かではあったが卑劣ではなかったということでしょうか。
死罪は免れませんが、苦しまずに眠ることができたでしょう。
ちなみに彼女の家族は、爵位を返上して平民になりましたよ。
男爵も冗談でいい男を捕まえて来いとは言ったが、あくまで冗談で本気ではなかったそうですし。なので、一族郎党諸共、ということにはなりませんでした。
自白魔術を使ったので、嘘はついていないみたいですね。
ああ、彼女を襲った男どもは、全員拷問の末、お亡くなりになっています。
最終的には全員、早く殺してくれって懇願してましたね。
回復薬を使って最初からまた繰り返すのは、屈強な男でも流石に辛いですよね。
さて、婚約者の女性は、治療師によって体の怪我も穢れも治してもらいましたが、心の傷は癒えなかった。
結果、彼女は自ら命を断ちました。
当たり前ですよね。十年以上、子供の頃から慕っていた年上の婚約者に全て仕組まれたことだって知ったら、そうなります。愛していた人に、そんなに邪魔に思われていたなんて、ね……。
まあ、彼と婚約者は五歳も歳が離れていた。
婚約者の女性は美しくはありましたが、少々大人しい印象を受ける人だ。彼の好みではなかったのかもしれません。
普段から他の女性と遊んでいましたし、浮気をされるのは彼女も仕方がないと思っていたんですよ。
だったら、婚約を解消すればいいのに、なぜか彼は応じなかった。
おや、顔色が悪いですね。もしかして、思い出しました?
それは良かった。
だって、何も覚えていない者を責めても、罪悪感を抱かせるのは難しいですからね。
ねえ、何故貴方は義姉上との婚約を継続していたのですか?
何故、再三申し入れた婚約解消の要請に応じなかったのですか?
魅了にかかって尚――。
そして、なぜ義姉上を男どもに襲わせたのですか?
なぜ、その最中に義姉上の目の前に現れたのですか?
せめて、貴方が仕組んだ事と知らなければ、義姉上は――。
いや、失礼。
それで? 義姉上が貴方以外の方と幸せになるのが許せなかったのですか?
何故、貴方がショックを受けたような表情をしているのですか?
貴方の望み通り、義姉上は男たちに穢され、自死を選びました。
もう、誰にも嫁ぐことができないんです。
貴方の望み通りですね。邪魔者は消えたんですよ。
違う? 魅了のせい?
いいえ。
あの男爵令嬢の魅了は、相手の自分に対する好意を増幅するだけ。
相手のことが気になるから、好ましいとなるだけです。行動までは制御できません。
それに、魅了の強さは一定です。
肉体的接触――男爵令嬢に触れられることにより、継続する長さが変わるだけです。肉体関係を持てば、さらに魅了にかかっている時間が長くなります。
ですが、魅了の効果の強さは変わりません。
それに、魅了の強さも確固たる意志があれば、打ち破れる程度ものです。
現に、王太子殿下は自らの意志の強さで、魅了を打ち破り、彼の側近候補も大事になる前に助けることができました。
貴方だけなんですよ、王弟殿下。
貴方だけが、自分の婚約者を害し、自死にまで追いやった。
義姉上を愛していた? 気を引きたくて、嫉妬されたくて浮気を繰り返していた?
その結果が、義姉上を複数の男に襲わせることなのですか?
僕は、貴方だけは許しません。
僕の大切な義姉上を、穢した上に殺しやがって――。
……っと、失礼。なんでもありません。
幸い、陛下も義父母も、僕の味方です。
あなたの事を自由にしていいと言われてます。
それほど、目障りだったんですね。婚約者がいても、教師になっても女遊びをやめず、問題行動ばかり起こす貴方を。
僕としては、こんな異常性癖を持った奴を、義姉上の婚約者に据えた王族自体、恨んでいますが……。
まったく、貴方の異常性癖のせいでどれだけの女性が、義姉上と似たような末路を辿ったと思います?
流石に、教師になってからは生徒には手を出さなかったみたいですが――、いや、魅了の男爵令嬢とそういう関係になったので、生徒にも手を出したことになりますね。
とりあえず、姉上が貴方と婚約してから死ぬまで貴方にされたことを、追体験してもらいましょう。
僕は貴方の精神にしか手は出しません。僕より貴方に恨みを持つ方々がいるので、肉体の方はそちらの方々に譲ります。
だって、家族より当事者達の方が、復讐する権利はあるでしょう?
ああ、狂うのは許しませんし、狂えません。
すごいですよね。魔女様って。
誰かの記憶を見せる魔法とか、狂うことを許さない魔法薬とかそんなものを構築してしまうんですから。
もちろん、生きていれば肉塊になっていても元に戻せる回復薬もあるんですって。
え? ええ、そうです。この治療師さん、実は魔女様なんですよ。今回、協力してくれることになりました。
義姉上に昔、お世話になったことがあるそうで、二つ返事で協力してくださいました。
おや、真っ青です。大丈夫ですか?
と言うか、気づいてます? この部屋、いつもの尋問室と違うでしょう?
白いタイル張りで、床には排水口も設置してある。
つまり、どれだけ汚れても大丈夫な部屋なんです。
いつもの拷問室だと、お嬢様方が怯えてしまうので、拷問室を改修したんですよ。
ちなみに義姉上を襲った男達が最期にいた部屋でもあります。
おやおや、失禁ですか? 下半身が緩いんですね。いや、この言い方だと違うかな? まあ、いいか。
掃除がしやすい部屋で良かったです。
というか、これからもっと汚れますね。
掃除係の方には、特別に慰労金でもあげましょうかね。我が家の名義で。
せいぜい、味わってください。
貴方が邪険にし、失意の中で自死した義姉上の記憶と、貴方がゴミみたいに扱った女性たちの怨念を。
大丈夫です、時間はたっぷりとあるのですから。
◆
それから約一年後、件の王弟殿下の訃報が国中に伝えられたが、その死を悼むものは殆どいなかった。
というのも、王弟殿下は少年期より体が弱いという名目で表舞台に立つことはほとんどなかった。
だから、彼の人となりを知る平民は殆どいない。
王弟殿下は若い頃から酷い女遊びをしていた。
ただ、女を抱くのではなく、自分に好意を抱かせ両思いになり、想いが通じ合ったところを下賤な男達に襲わせ、それを眺めるのが趣味の男だった。
終わった後は、ポイッと捨ててしまい、アフターフォローもなし。
しかも、平民は自分には相応しくないと殆ど相手にはせず、だからといって上位貴族のご令嬢では足が付く。だから、文句の言えない下位貴族やそこそこ裕福な商家の娘を中心に手を出した。
おかげで、こちらも調べやすかったが、それにより損なわれた国益はいかほどのものだったのか……。
結果、彼の性癖は、多くの者の恨みを買った。
婚約者との関係が破綻し爵位を返上した者、女性としての幸せを永遠に失った者、義姉上と同じように自死を選ぶ者など、彼の存在は多くの人間を不幸にしてしまった。
僕みたいな若輩者が声をかければ、殆どの者がその復讐に協力してくれるくらいには、彼女たちの恨みは深かった。
魅了の元男爵令嬢にはある意味、感謝している。
王族ゆえ手が出せなかった彼を始末する機会を与えてくれたのだから。
そして僕が、公爵家の当主になった暁には、現王を、いやその頃には前国王かな? をイジメ倒そうと思う。
だって、義姉上の死の原因の一つは、王弟殿下との婚約解消を陛下が許可しなかったから。少なくとも、現国王陛下が許可してくれれば、王弟殿下が拒否しても婚約は解消されたはずだから。
何故、王族は彼を野放しにしたのか?
噂では、側室の子である彼は目の前で母親が同じような目に遭い亡くなったらしい。
首謀者は、嫉妬に狂った王妃様。彼女は、のちに毒杯を賜った。
それを負い目に思い、腹違いの兄である現国王は自分の弟に強く言えなかったのかもしれない。
それがトラウマとなり、王弟陛下は異常性癖となったのかもしれない。
まあ、王族のことはどうでもいいか。
王弟殿下の肉体は最終的には元に戻したが、その精神的ショックは酷いものだったそうだ。
女性達の恨みは彼の特に美しい顔と、女性達を最も愛した部分へと向かい、その箇所の損傷が激しかったと魔女様は言っていた。
まあ、無理もない。
そのショックで美しかった髪は白髪に、麗しい顔は老人のように劣化してしまったという。
そして、解放された後は貴族牢に幽閉され、一年ほどで亡くなった。
拷問……、いや、尋問室を出た後も、発狂を抑える薬は服用させていたが、結局は狂気の方が優ったらしい。魔女殿は貴重なデータが取れたと喜んでいたな。
彼に何があったのか知る者は一斉に口をつぐんでいたので、魅了による後遺症ということになった。
そして、彼の性癖は伏せられたが、魅了により婚約者を死に追いやったという事は、後世に伝えるために半永久的に記録に残るという。
この国の不名誉なその記録は、近隣諸国には戒めの物語として、伝えていくらしい。
それで少しでも魅了による被害が減れば良いと思う。
僕は、義姉上が好きだった花を墓前に供えながらそう思い、そして彼女の冥福を祈った。