旅立ちの行列と揺れる胸中
王都での騒乱が続く中、一週間が経過した後の、新堂 現太の新たな挑戦。異世界での戦いと防衛の合間に、黒翼のミレイ、白翼のパサラ、獣人のナスティア、そして情報商人のナシアといった個性豊かな仲間たちが、北方に位置する都市クヴァルへ向かうための準備を進める様子が浮かび上がる。寒冷な風が吹き、厳しい環境が身に染みる中で、彼らは互いに励まし合い、危険に立ち向かう決意を固める。未知の闇の勢力の影を感じながらも、彼らが選んだ道は、未来への希望と仲間との絆が織りなす、熱い冒険の序章となるだろう。
王都で騒乱の火種がくすぶり始めてから、もう一週間ほど経過した。闇の儀式をちらつかせる謎の勢力や、魔族との軋轢が徐々に表面化しつつある。そんな中、俺――新堂 現太は黒翼のミレイ、白翼のパサラ、獣人のナスティア、そして情報商人のナシアと協力して、北方に位置する都市クヴァルへ向かう準備を進めていた。
クヴァルは王都からかなり距離があり、しかも高地に近い地域だという。冷たい風が常に吹き、一部では雪の降る季節も長いらしい。元々北方では魔物の活動が盛んだと噂されていたが、近頃は“闇の力”を感じる事件も増えているという話をナシアから聞かされている。
「まさか、こうも急に寒い地方へ行くことになるなんて思わなかったな……」
宿屋の廊下でぼやくと、パサラが苦笑いを浮かべた。
「うん、私も最近までクヴァルってもう少し温暖な土地だと思ってた。でも、標高が高いから夏でも夜は結構冷え込むみたい。しかも、今年は例年よりも寒さが厳しいとか……」
「ますます不安だよ。俺、冬は苦手なんだよな。雪道で転んで大怪我したこともあるし……」
「ふふ、まあ現太さんなら魔力で身体を温めることもできるかもしれないし、なんとかなるよ!」
パサラの明るい言葉に、俺は少しだけ気が楽になる。今では彼女の笑顔が、この異世界での支えの一つになっていることを自覚していた。
部屋に戻ると、既にミレイとナスティアが荷造りの確認をしていた。ミレイは黒い翼をいつものように隠しつつ、装備や暖かなケープなどをチェックしている。ナスティアは相変わらず尻尾をぱたぱたさせながら、革製の防寒具を手にとっては渋い顔をしていた。
「……動きにくそうだな、これ。あたしは軽装で動くのが得意なのに、寒さ対策だなんて面倒くさい」
「北方の寒さは想像以上よ。下手すると身体が凍って動けなくなるかもしれないわ。あなたがいくら獣人だからって、油断しないで」
ミレイが少し厳しい口調で言うと、ナスティアはむっとした顔を見せるが、やがて渋々納得した様子だった。
そのとき、ノックの音がして、ナシアが現れた。深緑のフード姿は相変わらずだが、彼女自身も少し厚手のクロークを羽織っている。
「支度はできたかしら? あなたたちがクヴァルへ行くと聞いて、王都の商人仲間も何人か便乗を希望しているわ。一緒に行動すれば安全面も増すし、どう?」
「商人仲間……?」
「そう、ちょうど北方へ品物を運ぶキャラバン隊があるの。護衛を雇うには金がかかるけど、あなたたちと一緒なら、ある程度安全が確保できるって期待されてるのよ。もちろん、あなたたちにとってもメリットはあるはず」
なるほど、確かに人数が多いほうが道中の安全度は増すだろう。俺たちはまだ数人しかいないし、魔物や盗賊の脅威を完全に排除できるとは限らない。
「まあ、悪くない話だわ。私もクヴァルまでは長旅になるし、物資は一緒に運んだほうが手間が省ける」
ミレイも肯定し、ナスティアやパサラも特に反対しない。こうして、一行は“商隊”としてまとまって旅立つことになった。
翌日。王都の北門に集まると、確かに十数人ほどの商人や荷馬車が待機していた。大きな荷車には日用品や食材、医薬品などが積み込まれている。荷車の側には護衛役らしい冒険者風の男たちも数名おり、俺たちを見て軽く会釈した。
(こういう光景、ゲームとかで見たことあるけど、実際に体験するのは初めてだな……)
俺は妙な感慨にふけりながら、ナシアと合流する。ナシアは頼れる交渉役として、このキャラバンの中心的存在になっているらしい。
「さて、出発は午前中のうちに済ませるわよ。北方は早めに日が落ちるし、寒さが厳しくなると道も凍るから」
ナシアの号令で商隊の人々が動き出す。ミレイはさっそく周囲を警戒しつつ、パサラやナスティアと共に隊列の前方へ配置。俺も一緒に、主に魔物の警戒役を担う形で進むことになった。
「何か嫌な感じがするわね……」
ミレイが低くつぶやく。まだ王都の近郊なのに、どこかひんやりとした風が吹いている。秋の終わりのような冷気で、まるで気温が急落したみたいだった。
こうして大人数の行列が、ゆっくりと北へ向けて歩みを進める。馬車の車輪が石畳をゴトゴトと転がり、商人たちの小さな雑談が聞こえる。俺は時々、振り返って後ろの荷車が問題なくついてきているか確認した。
(こんな平和そうな旅ならいいんだけど……何が起きるか分からないからな)
昼過ぎ、街道沿いの小さな集落に差し掛かった。そこには木造の家々が点在しており、季節柄か暖炉の煙がうっすら立ち上っている。空気が冷たくて、鼻が少しヒリヒリするほどだ。
「休憩を取ろう。ここで食事とトイレ、あと馬車の点検を」
ナシアが声をかけ、商隊が一時的に停まる。俺たちも簡単な昼食をとるため、集落の外れにある小さな炊事場のような場所に腰を下ろした。
パサラが用意してくれたパンと干し肉、そして暖かいスープを口にすると、身体がほんのりと温まる。
「うーん、おいしい。旅先の食事って味が素朴だけど、こういうのが心に染みるんだよな」
「そうね。これからもっと寒くなるから、ちゃんと栄養補給しておかないと」
ミレイはクールな口調ながら、パンを頬張っている姿は少し可愛らしい。そう感じていると、ナスティアが尻尾をばさっと振りながら言った。
「なぁ、現太。そっちのスープもう少し寄こせない? あたしはこう見えて体温が高い分、燃費がいいのかもしれない」
「はいはい、どうぞ。……あんまり食べ過ぎると眠くなるかもな」
「そんな柔じゃないさ。いざって時に力が出るよう、常に腹は満たしておく主義だ」
ほのぼのとした雰囲気に包まれつつも、俺たちの内心には一抹の不安があった。この先、クヴァル近郊に入るにつれ、気候はさらに厳しく、魔物の出現率も上がるはず。下手すれば盗賊や闇の勢力が待ち伏せているかもしれない。
「さて、そろそろ出発しようか」
昼食を済ませると、ナシアが再度号令をかける。集落の人々に挨拶をし、馬車を整え、再び街道へと踏み出した。
午後に入ると、雲が厚くなり、風が一段と冷たく感じる。耳がじんじんと痛むし、顔に当たる風が肌を切るようだ。ナスティアは「寒い、寒い」とぼやきながらも、革鎧の上に何とかケープを羽織っている。
パサラは気候のせいで多少鼻をすすっているようだが、「こんなの平気」と笑ってみせる。ミレイは何も言わないが、淡々と周囲を警戒している様子だ。
そんな中、夕方が近づくと少し風雪が混じりはじめ、視界が悪くなってきた。白い粉雪がちらつくほどではないものの、この季節にしては厳しい冷え込みだ。
「今日の宿泊先はこの先の村かしら……日没までに到着できるといいけど」
ナシアが地図を眺めながらつぶやく。どうにか夜になる前に宿にありつきたいが、もし遅れれば、凍える夜道を行軍することにもなりかねない。
幸い、大きなトラブルもなく日没前に次の村へ到着。そこは簡素な木造の建物が並び、積雪に備えて建物の屋根は急勾配になっている。道端にはすでに足首ほどの雪が積もっている場所もあった。
「……思ったより雪があるのね」
「これで“軽いほう”なんだってさ。もっと北に進めば膝まで雪が埋まるところも珍しくないとか」
ナスティアが驚いたように足元の雪を見ている。彼女は獣人だし寒さには強いかと思いきや、やはり毛皮を持つ動物とは違って、むしろ人間と大差ないらしい。
村の宿は数が限られており、商隊全員が一ヶ所に泊まるのは難しかった。俺たちは少し離れた古い客舎を借り切って休むことに。石造りの壁はしっかりしているが隙間風が入り、暖炉をフル稼働しなければとてもじゃないが寝られそうにない。
「こうしてみると、王都って暖かかったんだな……」
暖炉の前で手をかざしながら呟くと、パサラが笑う。
「うん、まだまだ序の口なんだろうね。でも、わたしはこういう雪景色、嫌いじゃないよ。ちょっと綺麗だし、静かで……」
そうしてしばらく雑談をしていると、ミレイが部屋の奥から一人で戻ってきた。どうやら明日の行程を商人たちと相談していたらしい。
「明日はもう少し早く出発したほうがいいみたい。最近、クヴァル近郊で魔物や盗賊の被害が相次いでるという噂だし、天気も荒れそう」
「了解。しっかり寝て、備えよう」
ナスティアも疲れていたのか、すでに毛布を敷いて丸まっている。獣人と言えど寒さには勝てないようで、「うー、凍えそう……」と唸っているのがおかしい。
(この旅がうまくいくかどうか、まだ分からないけれど……必ずクヴァルへ着いて、この先に進むしかない)
様々な不安を抱えながら、俺たちはこの夜を越える。まるで試練の道が始まったような予感がした。過去の自分なら怖気づいていただろう。だが今はミレイやパサラ、ナスティア、そしてナシアたちがいる。
真冬のような寒ささえ、きっと乗り越えられると信じて――。
この物語の一幕は、北方への旅立ちに向けた準備と、仲間たちの絆が深まる暖かなひとときを描きました。クヴァルへ向かうために、冷たい風や厳しい天候と戦いながらも、現太たちは一丸となって歩みを進め、街を守るための計画を練ります。彼らの間に交わされるささやかな会話などは、ただの戦闘だけではなく、人間関係や感情の温かさをも感じさせるものです。だが、決して平穏な時だけではなく、闇の勢力が依然として忍び寄るこの世界では、次なる試練が必ず訪れる――。仲間たちと共に、現太はさらに深い闇に挑む決意を胸に、未来へと歩み出していきます。