新たなヒロイン――獣人の戦乙女
王都の混乱は続き、北方へ向かう準備を急ぐ現太たち。そんな中、新たに現れたのは獣人の少女・ナスティア。荒々しい言動ながらも大きな目的を胸に秘め、強くなるために旅を続ける彼女は、独特の空気感をまとっていた。
初めて獣人と触れ合った現太は、異世界ならではの種族の多様さに改めて驚かされる。同時に、王都の闇の噂と迫り来る危機を放っておけない彼らがナスティアとどのように協力し、これからの冒険を乗り越えていくのか――
王都の治安が乱れ始め、街道の安全も怪しくなってきた。魔族や謎の呪術師――いずれにしても、これ以上の被害を放っておくわけにはいかない。ミレイの回復を待っているうちに、俺とパサラはナシアからさらなる情報を集め、北方への道を調べることにした。
「近頃、北の辺境にある都市クヴァル周辺で妙な噂が飛び交ってる。魔族だけでなく、闇の力を使う集団も暗躍しているらしいわ」
ナシアが地図をなぞりながら話す。言葉の端々から、単なる商人というより、もっと大規模な情報網を操る裏の顔がありそうだ。彼女の狙いはいまいち読めないが、少なくともこちらに害意は感じない。
「お姉ちゃんが元気になったら、みんなで北へ向かってみようか?」
パサラが提案すると、俺も頷いた。どうせいずれ手を打たないといけないなら、先んじて行動したほうがいい。
「ただ、街道には盗賊や魔物も増えているって言うし、余裕を持った準備が必要だよな」
そう思ってナシアに相談すると、彼女は笑顔で頷く。
「いろいろ手配してあげる。馬車や装備品、それにもしものときの避難先とかね」
こうして俺たちは、北へ向かうための準備を始めた。ミレイももう動けるようになったが、まだ本調子とはいかないらしく、宿で定期的に休みながら計画を練る。
そんなある日の昼下がり、パサラと二人で王都の門近くを歩いていたら、森のほうから慌ただしい叫び声が聞こえてきた。
「助けてっ……!」
駆け寄ると、森の入り口付近で数体の獰猛な狼型魔物が暴れ回り、その真っ只中で一人の少女が応戦していた。
少女は革の鎧を纏い、腕には鋭い爪の武器。耳は長くとがり、頭には獣のような毛並みがある。尻尾も狼のしっぽのようだ。
「……獣人、か?」
この世界には人間以外にも多様な種族がいると聞いていたけれど、直接見るのは初めてだ。彼女は必死に魔物を斬りつけているが、数が多すぎて押され気味。
「現太さん、手伝おう!」
パサラが躊躇なく光の魔法を発動し、魔物の動きを鈍らせる。俺も魔力を高めて光弾を放つと、四足の魔物が一体吹き飛び、森の奥へ逃げていった。
「くそ……次から次へと……!」
少女は荒い息をつきながらも、持ち前の敏捷性で魔物の背後に回り込み、鋭い爪の一撃を叩き込む。やがて、残る魔物たちも何とか撃退し、辺りが静寂を取り戻した。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、少女はヒュッと爪を構え直し、警戒の眼差しを向けてくる。
「……あんたたち、何者? まさか俺を狙ってるんじゃないでしょうね」
よく見ると、彼女は十代後半くらいだろうか。獣人らしい尖った耳と、狼のしっぽが印象的。目は金色に光り、どこか獰猛さを孕んでいるが、その姿勢は傷だらけだった。
「い、いや、別にそんなつもりはない。ただの通りすがり……というか、魔物に襲われてるのを見て助けたんだ」
ふう、と少女は大きく息をつき、ようやく爪を下ろす。
「そう……助かったわ。俺はアナスタシア・ヴォルコフ。通称ナスティア。獣人の里からちょっと用事で出てきたんだけど……まさかこんな近場で魔物に遭遇するとはね」
第一印象は荒っぽい。“俺”とは名乗っているが女性のようだ。
「俺は新堂 現太。こっちはパサラ。最近、この辺りは魔物が多いみたいだから気をつけたほうがいい」
「そう言われなくても分かってるわ。……まったく、厄介な時期に出歩いちまったなあ」
ナスティアは血の匂いを嫌がるように鼻をひくつかせながら、尻尾をバタつかせる。見ると、彼女の足元や胴にはいくつも傷ができているようだ。
「大丈夫か? その傷……」
「こんなのかすり傷だよ。って言いたいところだけど、ちょっと痛むかもな……」
彼女は無理して平然を装っているが、明らかに出血がある。パサラがすぐに回復魔法をかけてやると、ナスティアは目を丸くした。
「……お、お前、何者だ? 光の魔法なんて簡単に使えるもんじゃないだろ」
そう言われると俺たちも説明に困るが、とにかく“助け合い”ができる仲間だと思ってほしい。
「私たちは王都に用があって滞在してるだけ。もし行く当てがないなら、一緒に来てもいいんじゃない? この辺りは危険だし」
パサラが提案すると、ナスティアは迷うように視線をさまよわせる。
「……別にあんたたちと仲良くしたいわけじゃないけど、一人じゃ怪我が増えるだけか。ちょうど俺も王都を目指してたし、しばらく行動を共にするのも悪くないかもね」
まさか獣人の少女を仲間にするなんて思わなかったが、これも異世界ならでは。彼女は警戒心を捨てきれない様子だが、それでも俺たちを“信用してもいい相手”と判断したようだった。
こうして、ナスティアを加えた一行は森を抜け、王都へと戻る。途中、簡単な自己紹介を交わしていると、どうやら彼女にも“何か目的”があるらしい。
「俺は強くなる必要がある。仇を討つためにもね……」
それ以上は詳しく語らなかったが、その横顔には強い決意がうかがえた。
王都の石門をくぐる頃には夕暮れが近づいていた。ナスティアは街の賑わいに目を丸くしながら、鍛冶屋や露店を眺めている。
「人間の街に来るのは久しぶりか?」
「里の仕事で何度か来たことはあるけど、こんな大きな街は落ち着かないわ……。でも、闇の噂があるんだろ? 平和ボケに見えて、裏では物騒なことが起きてるのかね」
俺は苦笑いで頷いた。実際、最近の王都は日常に混ざるように危機が忍び寄っている。誰もがそれを敏感に感じ取っているが、それを言葉にする勇気のない人々も多いのだろう。
「とりあえず宿屋に行こう。仲間が待ってる」
そう言って案内すると、ナスティアは斜に構えたままついてくる。
宿に到着すると、出迎えたのはパサラと似た雰囲気を持つ女性――黒い翼のミレイだ。彼女は怪我からほぼ回復したようで、もう普段通りに歩き回っている。
「あなたが新入り? 私はミレイ・モントーヤ。よろしく……と言いたいけど、あまり馴れ合うつもりはないわ」
言葉は冷たいが、これは彼女のスタイルだ。ナスティアも人見知りなところがあるようで、むしろ相性が悪くはない気がした。
「さて、あなたが獣人の戦士なら、行く先々で助かるわね。王都を出るなら護衛を頼むかもしれないし」
「ふん……あんたたち次第だけどね。まあ、一緒にいる間に足手まといだったら置いていくから」
お互い牽制し合いながらも、妙な空気で意気投合しているように見える。
こうして、ナスティアという新たなヒロイン(という表現が正しいか分からないが)が加わり、俺たちのパーティは一層にぎやかになった。
この先、北方の国境地帯や古代遺跡へ足を運ぶことになれば、ますます危険が増すだろう。だけど同時に、新しい仲間や情報との出会いが、俺の“異世界生活”をさらに豊かにしていく気がしていた。
不穏な闇と、未知の冒険と、そして多彩な仲間――すべてが絡み合い、物語は一歩ずつ加速していく。
新たなヒロイン(?)として加わったナスティアの存在が、パーティに一層の活気と刺激をもたらしました。彼女の過去にある“仇”の話や、旅の目的は、今後の物語の中で大きな鍵を握るのかもしれません。
一方、ミレイの怪我は回復し、北方への旅も具体化し始めた現太たち。しかし、王都の不穏な空気が晴れる気配はなく、未知の闇が少しずつ迫ってくるのを感じさせます。
仲間が増えたことで強まる連携と、ますます広がる世界の謎。彼らが“異世界生活”をどう乗りこなし、困難に立ち向かっていくのか――次なるステップに向けた準備が着実に進む中、新たな舞台と冒険が始まろうとしています。