王都の騒乱と不穏な影
荒れ地での激戦を経て、一旦休息をとる現太たちのもとへ、新たに姿を見せたのは情報商人を名乗るナシアという謎の女性。
容赦なく襲ってきた呪術師の一団や、王都周辺で相次ぐ闇の儀式の噂――ただ闘うだけではなく、何らかの形で彼らの裏をかかなければならないと感じ始めた現太たちにとって、ナシアの提案する“情報の交換”は大きな一歩になるのかもしれない。
一方で、未だ全快でないミレイの姿に、仲間としての不安が募る現太。見え隠れする闇の勢力や魔族との対立は、確実にこの世界の秩序を脅かし始めている。
果たして、ナシアの出現は味方なのか、あるいは別の思惑を含んでいるのか――そんな疑念も抱きつつ、彼らは“物語の中心”へと巻き込まれていくことになる。
荒地での一戦を終え、負傷したミレイを何とか宿へ連れ戻した俺たち。幸いにも命に別状はなく、パサラの回復魔術によって深手の怪我は塞がった。だがミレイは一晩、安静にしていなければ動けない。
翌朝、部屋を訪ねると、ミレイはベッドの上で腕を組んだまま、苛立った表情をしていた。
「せっかくあなたの力が伸びてきたって時に、私が足を引っ張ってしまったわね……」
「そんなこと言わないでくれよ。あの呪術師が厄介すぎただけだ。それに、俺一人だったら危なかったかもしれない」
思い返すだけでも、あの闇色のエネルギー波は強烈だった。もしパサラが素早く防御を展開していなければ、今ごろ俺たちは大怪我どころか死んでいたかもしれない。
「とにかく今は、治るまで無理をしないほうがいい。何かあったらパサラと俺で対応するから」
ミレイが反論しようと口を開いたとき、ちょうど扉をノックする音がした。パサラが入ってきて、少し深刻そうな表情を浮かべる。
「実は、さっき宿の主人から聞いたんだけど……王都の一部で騒ぎが起きているみたい。魔族らしき者が街道に現れたっていう報告があるらしいわ。それに、闇の儀式だなんだって噂も……」
昨日遭遇した呪術師の一団と関係があるのか。何やら嫌な予感がする。
「さすがに私も安静にしていられないわね」
ミレイが布団をはねのけて立ち上がろうとするので、パサラが慌てて制止する。
「だ、だめだよ姉さん、まだ万全じゃないんだから……!」
そんなやり取りをしていると、ロビーから声が聞こえてきた。
「――失礼します。ここに“新堂 現太”さんはいらっしゃいますか?」
宿の主人と誰かが会話しているようだ。聞き慣れない女性の声。俺が不思議に思って降りていくと、そこにいたのは深緑色のフードを被った細身の女性だった。背は高めで、長い耳がちらりと見える。
「あら、ご本人かしら。初めまして。アタナシア・キリア――“ナシア”と呼んでちょうだい。ちょっと話を聞いてほしいの」
ナシアは柔らかく微笑み、一見して物腰のやわらかな商人風に見える。だが瞳には研ぎ澄まされた知性が宿り、ただ者ではない印象を受けた。
「俺に話……? というか、どうして俺の名前を……」
「うわさは広まってるのよ。少なくとも、私のような情報屋には届いてくるわ」
ナシアは宿のロビーのテーブルにつくと、茶を一口飲みながら言葉を続ける。
「最近、王都の周辺で魔族や“闇の儀式”とやらが活発化しているわ。あなた方は先日の荒地でも戦闘に巻き込まれたそうじゃない?」
「ああ……見てたのか?」
「直接は見ていないけれど、信頼できる筋から耳に入れたの。私、商人でもあるけれど、情報を扱うのが得意なの。だから、あなたたちがどう動くか興味があるのよ」
彼女はいわゆる“噂好き”の観察者かもしれない。だが、それだけではない気がした。背後に何らかの組織なり、個人的な目的なりを抱えている――そんな雰囲気がある。
「それで、ナシアさんは何がしたいんだ? 俺たちに協力でも求めるのか?」
「ふふ、察しがいいわね。まあ、協力というより、お互い情報を交換してメリットを得ようってところかしら。今の王都は妙な空気が漂っているし、あなたたちも何か手がかりが欲しいでしょ?」
その言葉に、俺は思わずミレイやパサラの方を見る。どのみち敵の正体を突き止めないと、またどこで不意打ちされるか分からない状況だ。
「……分かった。助けてくれるならありがたい。俺たちも、あの呪術師が何を企んでいるのか知りたいし」
「決まりね。じゃあ、さっそくだけど――」
ナシアはさっとメモを取り出して、王都周辺の地図を広げる。そして、いくつかの地点を指し示した。
「ここ数日で襲撃や目撃情報があったのはこの辺り。そして、あなた方が戦闘した荒地はここ……。線で結ぶと北方寄りを中心に円を描くようにして出現してるの」
「まるで何かの“陣”でも組んでいるみたい……?」
パサラが地図を覗き込みながら呟く。ミレイもじっと地図を睨んでいる。
「かもしれない。あるいは、“儀式”に必要な拠点を点々と探しているのか。古代遺跡や封印されたエリアが多い地域だし……」
思えば、俺は異世界に来る前の現実世界で“落ちこぼれ”だったが、こうしてみんなと協力して情報を分析する自分が、不思議に思えてくる。現代の知識がどこまで役立つか分からないが、少なくとも戦うだけがすべてじゃない。
「要するに、これからも奴らはこの辺りで活動を続ける可能性が高いってことか」
俺がそうまとめると、ナシアは満足そうに頷いた。
「そういうこと。だからといって、私たちだけで止められるほど甘くはないわ。王国軍にも連絡はしているけれど、人員不足だし、どこまで頼れるか……」
そう言いながら、ナシアはふっと笑みを浮かべる。
「もっとも“異界の英雄”に仕立て上げられるのも面白そうだけど、あなたはどう? 正義の味方になってみる気はある?」
「英雄だなんて柄じゃないさ。けど……困ってる人がいるなら放っておけないし、俺だって自由に生きられる場所が欲しいんだ」
「いい答えね。それでこそ協力する価値があるわ」
こうして、ナシアとの協力関係が始まった。俺たちはまず、王都の騎士団や関係者から得られる情報を整理し、闇の儀式を巡る勢力を追う方針を固めることにした。
とはいえ、ミレイが完全復活するまでは大きく動くのは難しい。数日は休養と情報収集に充てることとなったが、その間にも王都各地から“小規模な襲撃”の報が増えていく。
誰が、何のために、こんな危険な動きをしているのか――断片的な噂だけが広がり、住民たちは怯え始めていた。
俺がこの世界に呼ばれた理由。ミレイとパサラが持つ特別な翼と、あの呪術師の闇の力。あれこれ考えても答えは見つからないが、どうやら俺たちは否応なく“物語の中心”に巻き込まれていくことになりそうだった。
王都の片隅で徐々に火種が大きくなるのを感じながら、俺は自分がこの世界で成すべきことを、少しずつ確信し始めていた。
ミレイの負傷、ナシアという新たな存在の登場、そして王都を取り巻く闇の影。
物語が急速に動き始めた一方で、現太たちの行動はまだ模索段階。ミレイの回復を待ちながら、彼らは情報収集と休養を取らざるを得ません。
しかし、闇の勢力が活発化するにつれ、“待ちの姿勢”が通用しなくなる日は近そうです。ナシアからもたらされる情報と、パサラの翼や呪術師の存在が、いずれ一つの線となり、王都を揺るがす大きな謎を解明するカギになるのかもしれません。
現太が「自分がこの世界に呼ばれた理由」を少しずつ考え始めるのも必然。彼の決意が、そして仲間たちとの絆が、これからの事件をどんな結末へ導くのか――