深淵封滅――春を運ぶ結界糸
深淵門の最深部――赤黒い無重力の虚空と化した「心臓室」に立つのは、黒翼を翻し深淵の核を抱えたヴァルザール・ネブロス=エインヘリアル。熔岩と影と光が渦巻く異界の荒野を前に、八人は最後の一撃を賭けて刃を振るう。願いの渇きが呪縛を呼ぶという王の言葉に抗い、雪国に春を取り戻すための終局戦が今、幕を切って落とされる――。
心臓室全体が赤黒い無重力空間と化した。熔岩と影と光が激流のように交錯し、上も下も曖昧になる。
ヴァルザールは空中で翼を拡げ、深淵門の核を背後に抱えた。
「願いは渇き。渇きは門を呼ぶ。雪国に春など来ない」
ノーラが剣を振りかぶり、影槍に換装したミレイが同期して突貫。
ナスティアが無数の影鎖を爪で引き裂き、セラとレナは熱と冷気で“温度衝撃爆”を三重同時に起こして圧力の隙を作る。
俺は光刃を三重展開し、ヴァルザールの翼鞭へ投射。だが彼は影身を分離し、霧のように攻撃を受け流した。
「ならば“門”そのものを封じる!」
ティーナが短剣を掲げ、兄の鎖から継いだ結界糸を深淵門へ撃ち込む。しかし門核が反転し、糸を呑み込んで黒炎へ変えた。
パサラが悲鳴を上げ、光翼でティーナを庇う。光と闇がぶつかり、ふたりは後方へ弾き飛ばされた。
ヴァルザールが右手を掲げる。門核が震え、周囲の熔岩を吸い上げて巨大な“炎翼の槍”となる。
「貫け、幻想の春!」
射出された灼熱の彗星が一直線にティーナへ――
その軌道上にノーラが立った。壊れた細剣を逆手に掲げ、騎士紋章を唱える。
「――《蒼鉄の防壁・最終式》!」
剣が砕ける寸前、蒼い魔力壁が十重に展開し、槍の速度を鈍らせた。
さらにナスティアが横合いから飛び込み、槍頭を鉤爪で逸らす。溶けた爪が軋み、皮膚が焦げる匂いが広がるが、槍は進路を外れた。
「次は返す番!」
セラとレナの温度衝撃が槍を包み、内部温度が一瞬ゼロに近づく。ミレイが影走りで冷却核をヴァルザールの背後へ転移、俺は光刃を最大出力で撃ち込み、槍を真っ二つに裂いた。
ヴァルザールの翼が欠片を弾くが、タイミングは十分。ティーナが立ち上がり、結界糸を両腕いっぱいに広げる。
「春は“皆で見る景色”。あなた一人の絶望じゃない!」
糸が光翼の粒子を取り込み、虹色の網へ変わる。
ティーナとパサラ、ノーラ、ナスティア、ミレイ、セラ、レナ――七人の魔力が糸を通じて共鳴し、虹網は深淵門を丸ごと包み込んだ。
門核が唸り、黒炎が網目に染み込むたび、虹が白く輝いて闇を浄化する。
「やめろ、願いは渇きだ!」
ヴァルザールの叫びは、まるで孤独な嗚咽だった。
俺は光刃を収め、手を伸ばす。
「願いは渇いても、誰かと重なれば“泉”になる。お前がそれを知らないだけだ!」
最後の抵抗として放たれた影鞭を七色の糸が絡み取り、ゆっくりと解きほぐす。黒い翼が次第に透け、熔岩の光を透過して真紅に染まった。
深淵門は白い光子に還元され、洞窟の天井から降る花吹雪のように溶岩海へ散っていった。
ヴァルザールの影だけが残り、やがて熔岩の赤に溶けた。
■ 封滅後
熱気が急速に鎮まり、洞窟の天井から冷たい滴が落ち始める。
崩落を防いでいた闇が消え、対流は穏やかな地熱へ戻ったのだ。
ティーナは膝を折ったが、結界糸は純白のまま手の中に残った。兄の短剣が、白い雫を映して輝く。
「……深淵は閉じた?」
「閉じたさ。春に凍てつく雪は残ってない」ナスティアが笑う。
ノーラが欠けた鎧越しに胸を押さえ、静かに宣言した。
「ここに“北域深淵門”、完全封滅を確認する」
ミレイが影刻印をまとめ、セラが封滅式の文書を作成。レナは壁面の熱を計測し、温度が徐々に下がっていることを示す。
そして俺は、洞窟の天井が開いた裂け目から覗く蒼い空を見上げた。
雪国の冬はまだ続くだろう。だが、凍土の奥で春を阻む鎖は失われた。
ティーナの結界糸が白い芽吹きを宿し、パサラの光翼が柔らかな暖気を運ぶ。
「帰ろう。春を連れて」
誰ともなく言ったその言葉が、熔岩の洞窟に小さく反響し、新しい季節の訪れを約束していた――。
激突の末、深淵門は純白の光に還され、ヴァルザールの影は熔岩の闇へと溶けて消えた。洞窟内に穏やかな地熱が戻り、冷たい滴が静かに落ち始める。春を阻んでいた渇きの鎖は断ち切られ、ティーナの結界糸は新たな芽吹きを宿した。八人は疲労を湛えながらも互いに頷き合い、雪国へ暖かな季節を運ぶための帰路へと歩を進める――。




