鏡映る黒翼――《ヴァルザール》本体との対峙
深淵儀式の最深部――熔岩洞天井から降下する唯一無二の手段、ミレイの影走りを核にした“連鎖転移”によって、俺たちは一瞬で祭壇傍へ舞い降りた。赤黒く脈動する大環の中心に立つのは、黒翼を翻す“深淵の主”ヴァルザール・ネブロス=エインヘリアル。その炎と闇を操る圧倒的な存在感が、すべてを決する終局戦の幕開けを告げる。瞬間の光と影が交錯し、雪国の小鳥たち――俺たち八人の反撃が始まる。
熔岩洞天井から降下する手段は一つ、ミレイの影走りを核にした“連鎖転移”だ。
影標を熔岩リブへ、さらに祭壇傍の黒曜棚へと二段刻み、全員を一秒以内に移動させる。だが影の通り道には“光”が必要――パサラが翼を広げ、照度を最大出力で焚いた。
「準備が整ったら声を!」
ミレイの影標が暗闇を貫き、影路は閃光と共に瞬時に伸び、俺たちは熔岩の熱気をほとんど感じる暇もなく祭壇傍へ転移した。
そこは黒曜と血石で組まれた大環。中心の石碑から黒い雷紋が奔り、深紅の門が胎動を続けている。
石碑の前に、背を向けた黒翼の男がいた。
漆黒の翼は熔岩の輝きを吸ってマントのように翻り、長い銀黒の髪が熱風で揺らめく。
「……迎えに来たか、雪国の小鳥たち」
声は滴る熔岩のように低く、冷たい。振り返った男――ヴァルザール・ネブロス=エインヘリアル。
ノーラが細剣を構え、ティーナは結界糸を逆手に張る。
ヴァルザールは軽く翼を払っただけで、熔岩海から炎柱を幾本も召喚した。
「第一祭壇、第二祭壇。無粋な妨害だった。しかし器も鎖も、ここで補える」
彼は右手を掲げ、熔岩の中から無数の影を引きずり出す。第一祭壇で倒した炎影より濃い闇――魂を焼く焔の亡者。
「こちらは八人。でも世界が八人で変えられるって、証明してきた!」
俺の叫びに合わせ、セラが火避け陣を最大展開。レナが極低温氷を床面に走らせ、温度差で炎影の動きを鈍らせる。
ナスティアは鉤爪で影鎖を斬り、ミレイが影走りで核を削る。ノーラはヴァルザールの本体を抑え、パサラとティーナが祭壇へ急行。
ヴァルザールの翼が一振りされるたび、炎影は増殖し、熱気が凶器になる。
数で勝てないなら速さで。
セラの炎式が熱量を珠化して一点に集め、レナが氷槍で珠を瞬間冷却→粉砕。熱衝撃で数体ずつ炎影が霧散する。
ノーラは折れた剣の残身でヴァルザールの鞭翼を受け止めるが、熔断寸前でミレイが影ごと剣を抜き取り換装。
「まだ折ってる暇はないわよ」
ティーナとパサラは石碑へ到達。しかし黒い稲妻が結界糸を焦がし、パサラの光壁を貫く。
「“器”が触れるには資格が足りぬ」
ヴァルザールの宣告と同時に、石碑の基部が巨大な心臓のように脈動し、地鳴りが拡大。
熔岩海が持ち上がり、洞窟全体がマグマの気嚢になりつつある。
「時間がない!」
俺はティーナへ走り寄り、焦げた結界糸の残片を握る。
「願いを束ねろ! 希望も絶望も、一つにして突き刺すんだ!」
ティーナは兄の短剣を両手で握り、涙で曇った瞳をヴァルザールに向けた。
「あなたが見せた深淵を、わたしの春で上書きする!」
短剣が光り、結界糸が再結晶。パサラの光翼が刃へ集束し、刹那、純白と蒼白の閃光が走る。
ヴァルザールの翼が動きを止め、黒曜床を踏み割って後退した。
石碑の上部――門核が白い氷花で覆われ、脈動が僅かに鈍る。
「やったか?」
答えは熔岩の咆哮だった。ヴァルザールは薄く笑い、床板ごと空中へ浮揚。
「器を“願い”で上塗り? ならば願いごと呑み込むまで……深淵の扉は閉じぬ」
洞窟の天井が割れ、熔岩竜巻が渦を巻く。戦いは最終局面へ――。
白氷の花で一瞬だけ脈動を鈍らせた門核。しかし、ヴァルザールは「願いごと呑み込むまで閉じぬ」と冷笑し、洞窟の天井を割って熔岩竜巻を巻き起こした。炎影の濁流と熱風が戦場を覆い、終局の一撃へ――戦いは最後の局面へと突入する。凍土に春を呼び戻す鍵は、俺たちの結束と一縷の希望にかかっている。




