薄氷の灯――ジェラルド葬炎
深紅の虚門を打ち破り、裂氷の城塞の最深部で〈深淵の門〉を封じた戦いから一夜――。その城塞は、夜明けとともに凍結の檻を捨て去るかのように、蒼い粉雪へと崩れ落ちた。
新堂現太をはじめとする仲間たちは、凍土の迷宮をくぐり抜け、無数の亡霊と巨大な氷魔公を相手に命を賭した。今、その瓦礫の山に残されたのは、かつて彼らを導き、そして兄妹の絆の犠牲となった一人の騎士の兜だけである。
裂氷の城塞は夜明けとともに蒼い粉雪へ崩れ落ちた。
俺――新堂現太は、瓦礫の中央にぽつねんと残った青銀の兜を拾う。
“氷魔公”ジェラルド・クロスターニ。
倒したはずなのに、冬虫の繭のような寂寥が胸に絡みつく。
もう仲間と呼べる少女ティーナは、兄の遺骸を探すように視線を彷徨わせていたが、氷塵に混ざった霊光へそっと祈りを捧げるだけで何も言わなかった。
ノーラが剣で浅い穴を掘り、小さな柴を集める。
「騎士として、敵であっても埋葬は欠かさない」
そう言った声はわずかに震えていて、俺たちは黙って手伝った。
ミレイが影走りで乾いた枝を集め、ナスティアが爪で粗い棺を刻む。
パサラは白翼の光で風除けを作り、セラとレナが凍結した土を融かしながら簡易の祭壇を固めた。
ティーナが最後に兜を置き、ほつれた銀髪を整える。
「兄さま……凍った祈りが、雪解けに変わりますように」
炎は短いが明るかった。
ジェラルドを守銭奴でも怪物でもなく“兄”として見送るティーナの背で、巨大な紅門の残骸が細い光の筋になって天に昇る。
灰が風に散るとき、俺は小さく呟いた。
「第三の道は……選べたんだろうか」
「選んだから、こうして朝を迎えられた」セラの返事は、火花より柔らかかった。
その日の午後、俺たちは城塞跡を離れた。補給は底を突きかけ、ティーナは深い疲労で立ち眩みを繰り返す。
「クヴァルへ一度戻るべきだ」ノーラが即決し、全員賛同した。
行軍前の最後の休憩で、ティーナが凍った指を火にかざしながら訊く。
「……仲間って、どう守ればいいの?」
ナスティアが乾いた肉片を齧って笑う。「難しいさ。でも背中だけは預け合うんだ。牙でも翼でも爪でも、同じように」
ティーナは初めて僅かに口角を上げた。
こうして“兄の葬炎”は終わり、春を運ぶための帰路が始まった。
凍てつく沙塵の中、銀灰の兜を抱いたティーナはじめ八人は、兄への最後の祈りと共に裂氷の城塞を後にした。
戦いの傷はまだ癒えず、補給は尽きかけている。しかし背中を預け合った絆は確かな火花となり、冷たく澄んだ午後の陽光へと転じた。
「仲間を守る」とは――牙や翼や爪ではなく、互いの背を、そして弱さをも支え合うこと。
そうして始まる凍土からの帰路は、春を運ぶための新たな旅の序章である。




