凍光の帰還――闇夜に集う焔
果てしなく白と蒼が支配する氷壁。その裾野に開いた雪渓は、夜の帳に溶け込む深い闇の海のようだった。凍てつく風が頬を切り裂く中、俺――新堂現太は仲間たちと肩を寄せ、炎が恋しいほどの冷気に耐えながら足を進める。
情報商人ナシアが五日前に王都へ急ぎ去り、帰路と補給線はいまだ暗闇に揺れている。皓々と輝く月もやがて峰に隠れ、仲間たちの吐息だけが白く浮かぶ。生き延びるため、小規模の光球と焚き火の赤い灯を頼りに、俺たちはいま氷壁の核心へと向かおうとしていた――。
氷壁の裾野に開いた雪渓は、闇に沈む海のようだった。月の光さえ吸い込む白と蒼の起伏を、俺――新堂現太は仲間と肩を寄せ合って下りる。
ミレイの黒翼が夜気を裂き、パサラの白翼は冷気を緩衝するかすかな風を起こす。獣人のナスティアは尻尾を巻き、雪の匂いの中から獣や血の成分を研ぎ澄ませた嗅覚で選り分けていた。セラとレナは凍えた指で魔術書と氷結石を抱え、節約した灯明の代わりに小規模の光球を交互に浮かせている。
情報商人のナシアは五日前、王都とクヴァルへ「闇の異変と物資不足を知らせる」使命を負い、吹雪の向こうへ姿を消した。その背を見送りながら、俺たちは補給線も帰路も曖昧なまま、氷壁の調査を続けてきた。
やがて月が山稜に隠れ、暗闇の深度が増す。岩棚の窪みを見つけ、即席の焚き火を起こすと、乾いた枝がぱちぱちと短い悲鳴を上げて弾けた。火影が頬を照らすたび、不安と疲労が影絵のように現れては溶ける。
「そろそろ“中”を偵察しない?」ミレイが低く切り出す。
黒翼の彼女は無表情を装いつつ、俺の瞳に映る焦りを読み取っている。
「資料も地図もないままは無謀だ」セラが頁を閉じ、焚き火に影を落とす。「いま踏み込んで遭難すれば、帰投の選択肢すら失う」
パサラは黙って白翼を畳み、残り一瓶となった回復薬を胸元に抱いた。「でも待つだけじゃ雪に埋もれる。ノーラさんが来てくれれば……」
その名を口にした次の瞬間だった。
稜線で氷狼の断末魔と鋼の衝突音が連続し、暗闇を貫く銀色の雷光が走る。雪煙を砕き、青い甲冑の影が滑るように降下――そして、焚き火の前で膝をついた。
「第六騎士隊長、エレオノーラ・フォン・アルトシュタイン! 増援要請に応じ、ただいま参陣!」
息は白く、肩口の噛傷から凍りついた血が染み出している。パサラが光癒を注ぎ込み、レナが氷軟膏を当てると、ノーラは荒い呼吸を鎮めながら巻紙を差し出した。
そこには粗い線で描かれた自然要塞《裂氷の城塞》と、中心で脈動する紅い門柱、そして護衛将“氷魔公ジェラルド・クロスターニ”の名。
「門柱は未完成。でもこのままなら二日で起動するわ」
紙と共に放たれた情報は重くて鋭く、俺たちの背中に突き刺さった。
ナスティアが牙をのぞかせ、尻尾を叩く。「デカい敵がいる方が燃えるってもんさ!」
ミレイの影が焚き火に揺れ、セラとレナは無言で術式計算に没頭する。
俺は薪をくべ、微かな火花に宣言を刻んだ。
「夜明けと同時に突入する。ここで凍えるより、勝ち筋に賭けよう」
火影は七つの輪郭を伸ばしては縮める。
失われた仲間、奔走するナシア。けれど焚き火の熱は胸の拍動と重なり、
“進め”と脈打った。
凍えた焚き火の前に降り立ったのは、第六騎士隊長エレオノーラ・フォン・アルトシュタインその人だった。凍傷と戦いながらも掲げられた巻紙には、自然要塞《裂氷の城塞》と脈動する紅い門柱、そして“氷魔公ジェラルド・クロスターニ”の名が記されている。
これまで誰一人信じがたいと嘆いていた補給線――しかし増援は確かに到着し、襲来までのカウントダウンは始まっている。ナスティアの昂ぶる叫び声、ミレイの頼もしい影、セラとレナの厳しい表情。七人の輪郭が揺らめく中、俺は薪をくべながら決意を込めて言った。
「夜明けと同時に突入する。ここで凍えるより、勝ち筋に賭けよう」
焚き火の揺らめきは、俺たちの胸に宿る一筋の熱を映し出していた。次なる戦いの幕開けは、赤い門柱の向こうだ――。
イラストは真ん中が現太、前列は左からレナ、ミレイ、パサラ、数話前まで登場していたナシア、後列は左からナスティア、セラです。




