淡雪の希望―進み続ける誓い
頼れる情報源ナシアと別れ、六人だけになったパーティは、吹きさらしの北方で“進む理由”と“進む体力”の両方をすり減らしながら歩き続ける。本章では、明確な目的地を失った行軍の虚しさと、それでも歩みを止めない仲間たちの矜持を描く。
黒翼の男もエレオノーラも姿を見せず、幻の集落のような怪異も起きない──それゆえに、得体の知れない不安は雪より静かに積もっていく。廃村での休息、野営の夜、淡々とした魔物との小競り合い……派手な事件がない日々ほど、心は揺さぶられる。
同時に、進退を巡る議論が本格化する。「もう戻るべきか」「もう少しだけ粘るか」──各々の動機がぶつかり合い、わずかな決意がもう一歩を生む。
目的地なき雪原行軍、疲弊した仲間同士の本音、そして小さな遭遇戦の果てに沈む夕陽。静かな章だからこそ、次に訪れる波乱の余白が際立つ。足跡をすぐにかき消す風雪の中で、彼らは何を信じて前へ進むのか──
情報商人ナシアと別れてから数日、俺たちはミレイ、パサラ、ナスティア、セラ、レナ、そして俺――新堂 現太の六人で、雪原をひたすら歩いていた。目立った闇の襲撃や“幻の集落”のような怪奇現象は見当たらないが、安心できる状況でもない。黒翼の男や亡霊の巫女エレオノーラが裏で動いている気配を拭えないまま、日々を消耗している。
不安を抱えたままの行軍
日中は雪景色の中を移動しながら、小さな魔物や獣の襲撃をなんとか撃退する。ナスティアの嗅覚とセラの魔力探知が役立ち、不意打ちを回避しやすいのは救いだ。ミレイは前衛で短剣を巧みに扱い、パサラがバリアや回復でサポート。レナは氷魔法を状況に応じて使い分け、俺は光弾や指揮で仲間をフォローする形が確立している。
それでも、夜には吹雪が訪れたり気温が急激に下がったり、体力の消耗は激しい。たびたび野営を余儀なくされ、テントや廃墟を活用しての宿泊を繰り返していた。
いまだに残る闇の影
黒翼の男はどこで何をしているのか、手がかりは依然として掴めない。亡霊巫女エレオノーラについても、氷壁の祭壇を潰した後の動向は不明だ。ナシアがいれば情報収集が捗ったかもしれないが、今の俺たちにはそんな術はない。
「でも、ナシアは王都かクヴァルで動いてくれてるはず……いつか合流するチャンスはあるかもしれないね」
パサラが前向きに言う。ミレイもうなずき、「ええ、それまで私たちができることを続けるしかない」と瞳を伏せる。ナスティアは「無駄足かもしれねえが、俺は仇を探す」と尻尾を振り、セラは「私も師匠の敵や闇の真相を追い求めたい」と同調する。
ある晩、変わらぬ野営風景
その夜も、雪原の風を避ける岩陰でテントを張り、焚き火を囲んで食事を済ませる。セラが魔術書を確認し、レナは氷魔法の練習を控えめに行い、パサラが回復呪文で全員の細かな傷を癒やす。ミレイやナスティアは周囲の見張りだ。
「落ち着いた暮らしが恋しいわね……王都の宿屋でぐっすり寝たい」
セラが苦笑いを浮かべると、レナは「私も……いつか故郷に戻ったら、ちゃんと布団で眠りたいよ」と切なげに笑う。パサラは白翼を伸ばして「同じだね……私も家族みたいな温かさが恋しい」と口にする。
ミレイは黙って短剣を磨くが、その仕草からも疲労と切なさが伝わる。ナスティアは尻尾を下げて「仇だって……本当はこんな寒い地じゃなくて、もっと別のとこにいるかもしれないし、何やってんだろうな」と自嘲している。
俺は焚き火を眺めながら、皆の心情に言葉を添えることができず、ただ無言の時間が流れる。闇の脅威を放置できないから進んでいるが、成果は少ないし、日常に戻れる見込みも薄い。それでも、誰も引き返そうと言い出さないのは、互いを信じているからかもしれない。
予感と微かな希望
翌朝、雪が上がり、澄んだ空気の中に光が射す。まるで空が高く広がり、どこまでも白一色の大地が広がる様は美しく幻想的だが、実際に踏みしめると冷気で体が痛む。
ミレイが「次の目的地……特にないけど、とりあえず北西へ向かう?」と切り出す。セラは地図を見て首を振る。「ここにはもう大きな集落はないって話だし、物資が乏しくなるわ。王都かクヴァル方面に一度戻るのも選択肢よ」
ナスティアが考え込む。「確かにな……このまま奥に行っても死ぬリスク高いし、ナシアが支援を呼んでくれるなら、それを待って動くべきかも」
パサラは翼を揺らしながら、「うん……寒さに体力取られすぎてるし、あまり無理すると本当に倒れちゃうよ」と俯く。レナも「私もそろそろ魔力が切れてきたし、一度安全な場所で体勢を立て直したいかも……」と同意する。
皆が気づかぬうちに疲労と闇への不安が重なり、進む目的があやふやになっているのだ。俺も「確かに、まだ黒翼の男やエレオノーラの謎は解けてないけど……死んだら意味ないし」と自嘲ぎみに笑う。
するとミレイが短剣を握り、まっすぐ俺たちの目を見据えて言う。「でも、闇がこの辺りにも潜んでるのは確かよ。幻の集落に亡霊兵……何度も奇妙な事件を目にした。もし私たちが下がれば、誰が止めるの? 本当にいいの?」
その一言に、一同が沈黙する。セラは「……結局、自分で決めるしかないわよね。私は師匠の敵を追ってるし、何も得られずに戻るのは悔しいわ」と吐き捨てるように言う。ナスティアも「俺だってこのままじゃ仇を見つけられない」と拳を握る。
パサラは白翼をたたみながら、「もしナシアが増援を呼ぶとしても、すぐには期待できないだろうし……私たちだけでできることを、あともう少し続けようよ」と口を開く。レナはどこか恐る恐るながらも「わ、私も……何もしないで帰るのはイヤ。もう少し頑張りたい」と意志を示す。
俺は仲間たちを眺めながら、胸の奥に沸き上がる思いを言語化する。「そうだね……いつまでやるかは分からないけど、もう少しだけ歩こう。誰も傷つかずに済むならそれがいい。もし無理だと感じたら引き返すことも考えよう」
こうして合意が得られ、一行は再び北へ足を向ける。とはいえ厳しい地形に加え、物資も有限だ。王都やクヴァルへの退路を絶対に残しておかなければ死んでしまうだろう。
この先どうなるか分からないが、皆が“もう少し”踏ん張ることを選択したのだ。
夕刻の小さな事件
その日の夕方、予感のように雪がちらほら降りだした。視界が少し悪くなる中、ナスティアが耳を立て、「敵がいるかも……」と低い声を漏らす。全員が身構えるが、実際には小型の魔物が数匹横切った程度で大きな襲撃にはならなかった。
パサラが「よかった……」と胸をなで下ろし、ミレイも「さすがにこれ以上の大群と当たったらきついわ」と苦笑する。セラとレナは魔力を温存できたと安堵の息をつく。
闇そのものは姿を見せない。幻の集落や亡霊兵、黒翼の男やエレオノーラのような圧倒的存在感がないと、むしろ不気味なほど静かな夕方だ。
夜になればまた吹雪が来る可能性が高い。俺たちは急ぎ野営地を探し、簡易テントで身を寄せ合う形だ。冷えきった手足を暖め合いながら、自分たちの選択が正しいのか、答えのない問いに苦しむ。
旅は続く、誓いを胸に…
あくまで闇を追いつつも前進を決めた姿で終わる。ナシアは既に去り、増援を呼びに行ってくれたはず。俺たちは六人で道なき道を進み、黒翼の男や亡霊巫女の再来に備える日々が始まる。
夜のテントで交わす言葉は少ないが、互いを想う気持ちは通じている。パサラの光、ミレイの翼、ナスティアの牙、セラとレナの魔力、そして俺の光弾――全員が自分にできることを精一杯発揮し合い、死線を越えてきた仲間なのだ。
「絶対に、負けない……」
誰もがそう呟くように眠りに落ちる。外はまた冷たい風が吹き、白い雪が夜空を覆い隠している。
深淵の謎、黒翼の野望、幻の続く世界――すべては未解決のままだが、それでも進むしかない。小さな希望を胸に、仲間たちは凍える大地の上で再び朝を迎えるのを待つ。いつか、より強くなった自分たちが、全ての闇に白日の光を当てられるように――そう祈りながら。




