消えぬ影と決断―ナシアの旅立ち
幽霊のように人気の失せた廃村で束の間の安息を得た一行。しかし夜が明ければ、旅はまた「進む理由」と「進む方向」を問い直すところから始まる。仲間の一人――才腕の情報商人ナシアとの別れを軸に描かれる。
エレオノーラの亡霊儀式、黒翼の男、幻の集落──北方で次々と噴き出す異常事態は複雑に絡み合い、今や明確な目的地さえ霞んでいる。それでも闇の拡大を座視できないパーティは、残された手がかりを追って歩を進めるしかない。
ここでは「情報を外へ運ぶ者」と「現場で抗う者」という役割分担が鮮明になり、ナシアが去ることで浮き彫りになるのは“自力で生き延びる覚悟”だ。物資の補給と拠点の整備、足跡を消す雪原での警戒――地味なサバイバル描写の裏で、彼らは仲間が欠ける痛みと、新たな結束を同時に噛みしめていく。
別れの朝の静かなやり取り、残る者たちが再び背を伸ばして雪に挑む決意、そして何より「ここからは自分たちが闇の核心に迫らねばならない」という重責。
廃村の夜を越え、吹雪も小康状態になった翌朝、俺たち――新堂 現太、ミレイ、パサラ、ナスティア、セラ、レナ、そして情報商人のナシアは、簡単な朝食をとりながら作戦を話し合っていた。
「廃村で休めたのは良かったけど、この先どうするの?」
パサラが白翼を軽く畳み直して問いかける。昨夜はぐっすり眠れたおかげで顔色は少し良いが、体のだるさは拭えない様子だ。セラは火種をいじりながら「私たちはこれ以上どこを目指せばいいか、やっぱり定まっていないわね」と悩みを口にする。
あちこちで噂される“闇”や“幻”、さらには黒翼の男と亡霊の巫女エレオノーラという脅威の存在――それらがどう繋がっているか分からないまま、ただ寒冷の地を彷徨っているようにも感じる。ナスティアは尻尾を動かし、「仇の手がかりも曖昧だし、正直ムダ足かと思うこともある」と吐き捨てる。
「確かに、効率はよくない。それでも、私たちは立ち止まれないわ……」
ミレイが視線を下げ、黒い翼を隠すようにケープを抱きしめながら静かに答える。レナは同調するように「このまま引き返したら、本当に闇の好き放題になるし……」と呟く。
そんな空気の中、ナシアがフードを外して銀髪を揺らし、「ちょっと話があるの」と口を開く。
「実は、ここで一旦私、あなたたちと別れようと思うの。私には情報を王都やクヴァルに届ける義務があるし、物資や増援も調整したい……このまま闇を追い続けるには、あまりにも準備不足よ」
彼女の言葉に、一同がざわつく。セラは「ああ、やっぱり……」と納得顔を見せ、ナスティアは不満そうに尻尾を振り、「別に構わないが、一人で大丈夫か?」と問いかける。
ナシアは苦笑して「私を何だと思ってるの。情報商人はこういうとき単独行動も慣れたものよ」と返す。パサラが心配そうに「でも吹雪とか魔物とか……」と言うと、ナシアは「大丈夫、私の連絡網を使えば人里に戻るまでサポートが受けられるし、投げナイフも解呪道具もあるわ」とにこやかに笑う。
「それに……あなたたちが色々動いてくれたおかげで、闇の脅威がどれだけ深刻かも分かった。だからこそ、私が早く戻って大事な報せを届けないとね。きっと、もっと大きな力が必要になるはず」
ミレイは複雑そうにうつむき、「そう……確かにあなただけが持ってるルートも多いし、むしろそっちが安全かもしれない」と納得する。レナは「うん、増援を呼べるなら、それに越したことはないもんね……」と落ち着いた声を出すが、寂しそうな表情は隠せない。
俺も「ナシアがいるから助かったこと、たくさんあった。離れるのは惜しいけど……ありがとう」と感謝を伝える。ナシアはフッと微笑み、「私もあなたたちに感謝してるわ。こんな異常事態を生で見られるのは貴重だもの」と返す。
別れの支度
そうと決まれば準備は早い。ナシアは自分の荷物をまとめ、必要最低限の道具だけ残し、あとは王都やクヴァルへ戻る際に使う品をチェックする。セラが「あまり無茶しないで」と何度も念押しし、ナスティアは「ま、死ぬんじゃねえぞ」と素直に言えないままエールを送る。
パサラは長いフードの裾を直してあげながら、「また会えるかな……?」と不安そうに言う。ナシアは「ええ、必ず。私が戻ったころ、あなたたちが大きな発見をしてるかもね」とウインクする場面があるが、そこに艶めいた空気はない。あくまでさりげない仕草だ。
やがて朝日が昇り切った頃、ナシアはフードを被り直し、廃村の門の前で俺たちと向かい合う。
「じゃあ、行くわね。あなたたちはどう動くか知らないけど、気をつけて。深淵だの亡霊の巫女だの、あれこれ厄介が揃ってるから」
「そっちこそな。また会うときはもっと強くなってるぜ」
ナスティアがそれとなく声をかけ、ミレイやセラ、レナ、パサラもそれぞれ短い別れの言葉を交わす。俺も静かに「ありがとう、ナシア」と言うと、彼女は肩をすくめて笑う。
そしてナシアは雪原へ踏み出した。銀髪を揺らしながらスタスタと歩き、その背中は次第に小さくなっていく。しばらく見送っていると、視界の先でフッと風が巻き上がり、気づけば彼女の姿は白い霞に紛れていた。
「……行っちゃったね」
パサラがさみしそうに吐息をこぼす。ナスティアは口笛を吹くように息を吐き、セラは「私たち、ますます少人数になったわね。でも、あの人なら大丈夫よ」と優しく言う。
新たな目標を探って
廃村に残されたメンバーは6人。俺、ミレイ、パサラ、ナスティア、セラ、レナのいつもの陣容だ。王都やクヴァルの騎士に頼れない状況は変わらないが、ナシアが戻ってくれたら増援や物資を期待できるかもしれない。
「それまでは私たちだけでやるしかないね。どこか別の場所で闇の痕跡を探してみる?」
レナが小さく提案する。ミレイは頷き、「そうね……幻の集落や亡霊の動きがまだ続いているなら、こうして彷徨ってるだけでも何かしら見つかるかもしれない」と踏ん張る。
ナスティアは「俺は仇探しを続けるだけさ。あの黒翼の男や亡霊巫女が絡んでるなら、なおさら」と拳を握り、セラは「そうね。私も師匠の敵を探ってるし、どこかで手掛かりがあるはず」と意気込む。
パサラは「うん……怖いけど、やるしかないよね。深淵の話とかも放っておけないし」と白翼を小さく広げて意志を示す。俺はそんな仲間たちの表情を見回しながら、「じゃあ、しばらくはこの辺りを起点に動こう。闇が集まってる場所があれば突き止めよう」とまとめる。
朝食を済ませ、皆で廃村の家屋をもう一度見て回る。ついでに再利用できそうな燃料や道具を拝借し、数日分の物資を確保。ナシアが去ったあとだけに、俺たちも自力でやれることを増やさなきゃいけない。
幸い、廃村内にはまだしっかりした倉庫があり、少量の薪や古い布が残されている。腐っていない部分を使えば焚き火や寝袋の補修に活かせる。ナスティアとセラが協力して運び、ミレイとレナが仕分けしていく。パサラは回復と軽い清掃で助け、俺は見張りを兼ねながら警戒に当たる。
別れを抱えつつ
昼を回ったころ、廃村の倉庫に一区切りつけて、再び雪原へ足を踏み出す。目指す先は定かではないが、地形を把握しながら闇の痕跡を探すしかない。
内心、俺はナシアがいなくなったのを少し心細く感じていた。情報商人らしい冷静な観察眼や解呪道具、投げナイフの助けは大きかったからだ。だが、自分たちの力で足跡を辿り、闇を探る必要があることも分かっている。
パサラが翼を羽ばたかせて「雪が深いね……みんな、無理しないで」と声をかける。ミレイは短剣に手を当て、「ナシアはナシアで頑張ってる。私たちも先に進もう」と口を結ぶ。ナスティアは黙って尻尾をぱたつかせ、セラとレナは後ろから「うん。きっとどこかでまた会えるはず」と微笑む。
廃村を後にし、ナシアが一行を離れる決断をして去っていく様子を描いて終わる。仲間たちが1人減ったことで不安はあるが、ここまで培った連帯感は変わらない。黒翼の男や亡霊巫女が闇の深淵を企てているなら、いつか再びぶつかるだろうし、そのときはナシアが呼び寄せる増援も頼りになるかもしれない――。
引き締まる寒風の中、俺たちは白い大地を噛みしめるように歩き出す。この先、さらなる試練が待ち受けていようとも、決して足を止められない。それが、今の俺たちの選択だった。




