雪に溶ける幻―消えた集落の灯
どこまでも続く雪原に現れるという“幻の集落”──そんな噂は、空想か怪談だと片付けられがち。しかし、過酷な北方を彷徨う一行が実際に目にしたそれは、いくつもの灯りに導かれ、一夜の宿を取ったかと思えば、夜明けとともに形ごと消え失せる不気味な現象だった。
闇の術や呪術師の存在が囁かれるこの地において、姿を留めない建物や人のいない村が示す事実とは何なのか。一夜だけの安息を与えたかに見える幻影が、翌朝には音もなく溶け去るその光景は、ただの自然のいたずらとは思えない。
世界が白く凍りついたかのような寂寥感と、寒さを凌ぐための必死の探索が交錯する中、仲間たちは奇妙な現象に怯えながらも先へ進む決意を固めるしかない。闇を追う道のりが長引けば、それだけ彼らの疲弊も大きくなるだろう。それでも、彼らはその足を止めない──“幻”すら生み出せるほどの強大な力が、これからどんな脅威をもたらすのかを見届けるために。
消えゆく集落を前に途方に暮れる一行の様子や、その謎を解き明かそうとする意志が描かれる。
黒翼の男と亡霊の巫女エレオノーラ・ヴァレンティーナ・クロスターニという大きな闇の影がちらつくなか、俺たちは北方の雪原をじりじりと進んでいた。先の氷壁での激戦を経て、当面の脅威は一旦退いたように見えるが、どこでまた襲われるか分からない。闇の術や魔物がいくらでも潜んでいるだろうし、気を抜くわけにはいかない。
俺――新堂 現太は、ミレイ、パサラ、ナスティア、セラ、レナ、そして情報商人のナシアとともに、吹雪の合間を見つつ移動を続けている。目的地ははっきりしないが、ナシアの情報網によれば「北方のどこかで別の闇の噂が広がっている」とのこと。放っておけばクヴァルや王都方面にも脅威が及ぶかもしれない。
一行の状態
- ミレイ:黒翼を隠すようにケープを羽織り、短剣を握りしめて警戒中。氷壁での怪我はだいぶ回復した。
- パサラ:白翼を胸元で畳み、回復魔法の魔力を温存しながら歩く。時折「寒い……」と震えを漏らすが、笑顔は崩さない。
- ナスティア:獣人らしい尻尾をぱたつかせ、鼻をひくつかせながら敵や危険のにおいを探る。
- セラ:魔術師として各種呪文を使うため、杖を大事に抱えつつも体力温存に努める。
- レナ:雪国育ちで氷魔法にも慣れているが、近頃の乱戦で魔力消耗が激しく、やや疲れ気味。
- ナシア:フードを深く被り、荷物の調整をしながら歩く。小型のノートで断続的に何かを書き留め、情報をまとめているらしい。
吹雪の中、怪しい灯火
そんな中、午後も遅くなってきた頃、遠方の雪原にぼんやりと光が見えた。まるで集落の窓灯りのように揺らぎ、複数の明かりが並んでいるように見える。
「まさか……こんな辺鄙な場所に集落なんてあるの?」
ミレイが目を細める。ナスティアは「匂いは薄いな……人が大勢住んでる感じはしないんだけど」と尻尾を振る。
セラとレナは「でも、ちゃんと並んだ明かりに見えるよ。もし本当に人がいるなら助けになるかも……」と期待をにじませる。パサラは「吹雪の夜に外で野営するよりいいかも」と賛成する。
ナシアは少し考え込み、「そうね。危険かもしれないけど、先に進むより今は安宿を借りたほうが生き延びやすい。行ってみましょう」と決断を下す。俺も「他に選択肢はないしね」とうなずき、一行は灯火を目指して歩きだした。
辿り着いた集落の不気味さ
雪を踏みしめ、寒風吹き荒れる中を進む。十数分ほどで、確かに建物がいくつも並んだ一角に到着した。形はまるで小さな村のようで、屋根や壁が雪に覆われているが、それなりに整然と立ち並んでいる。ただ、人の気配がやたらと薄い。
「こんにちは……!」
レナが扉をノックしても、反応がない。窓にはぼんやり灯りが見えるが、中から物音が聞こえないのだ。セラが「おかしいわね。ランプだけ灯しっぱなし?」と首を傾げる。ナスティアは「誰も住んでないんじゃねえか」と鼻をすすった。
少し先の家も試してみるが、やはり応答がない。ドアを押せば開き、中に入ると家具や暖炉があり、完全な廃墟というわけでもない。だが、人の姿どころか生き物の気配すら感じない。
「これ、本当に人が住んでる場所……?」
パサラが落ち着かない表情であたりを見回す。暖炉の灰はまだ少し暖かいが、誰がいつまで使っていたかは分からない。
「嫌な感じ。まさか呪術か結界か……一種の“幻”とか?」
セラが渋い顔をしていると、ナシアが思い出したかのように「昔、こういう“消える集落”の噂を聞いたことがあるわ……」とポツリと呟く。
異様な夜の静寂
外は吹雪になりかけており、引き返すのは危険だ。結局、俺たちは比較的しっかりした家に入り、とりあえず夜を凌ぐことに決める。暖炉を焚き直せば部屋はそこそこ暖かく、家具も残っている。食糧は持ち込みがあるので何とかなりそうだ。
「だけど人がいないなんて……こんな集落、普通じゃないね」
レナが怯えた様子。ナスティアは戸締まりを確認してから、「ここで待っても誰も来ないだろ。そもそも住んでないんだよ」と唸る。
夜が更け、吹雪の音が窓を叩く中、家の中で皆が雑魚寝の形で眠ろうと試みる。だが、床に体を横たえると変な足音や囁き声が時折聞こえる。ミレイやパサラがドキリと身を起こし、ナスティアが「気のせいじゃねえぞ、廊下に何かいるのか?」と警戒する。
セラとレナが見に行っても、人の姿はどこにもない。ナシアもフードを被ったまま耳を澄ますが、「誰もいないわ。でも壁越しに話し声が……」と困惑を見せる。
この不気味な現象に、皆が神経をすり減らしながらも、吹雪の夜なので外に出るのは得策でない。仕方なく交代で見張りを立てながら朝を待つ。床から伝わる冷気と恐怖でろくに眠れないが、野営よりはまだましだろう。
夜中、廊下を誰かが歩く音や、窓が開くような音が何度か聞こえては消える。何人かが確認に行っても不在。むしろ建物が半透明になったかのように薄暗い瞬間まである。パサラは「気のせいじゃないよね……?」と震える声を出し、ミレイは短剣を握りつつ「こんなの初めて」と青ざめる。
やがて朝になり、吹雪が止んだころ、外へ出て周囲の建物を確認してみると、なんと隣家がほとんど形を失っていた。まるで雪の中へ溶け込み、瓦礫にもならず消えかかっているのだ。
「え、嘘……こんなことあるの?」
ナスティアが絶句し、レナが口元を抑えて後ずさる。セラやパサラもドアを開け放してみるが、夜には確かにあったはずの建物が、今は輪郭すら曖昧だ。
俺も言葉を失う。まるで“幻”だったとしか思えないが、たしかに家の中で暖炉を使い、一夜を過ごしている。バリバリと雪が崩れる音がして、集落のほとんどが霧散しつつあった。
集落が消える衝撃
ナシアはフードを握り直し、「やはり噂どおり“消える集落”だったわね……。これは呪術か古の結界か、真相は分からないけど、実体と幻が入り混じってるみたい」と息をつく。セラは「理屈じゃ説明できない……」と首を振る。
ミレイは唇を噛み、「こんな不可思議な事象、あの亡霊の巫女や呪術師の仕業じゃないかしら? 黒翼の男も関与してる?」と憶測するが、確信はない。レナは「怖いよ……こんなことができるなんて、いったい誰が……」と怯えている。
いずれにしても、この場所に留まっても建物が消えてしまうなら安全を期待できない。俺たちは急ぎ荷物をまとめ、消えかけている集落の通りを後にする。吹雪の痕跡は残っているが、空は晴れ渡って視界は良好だ。
振り返ると、そこにはもうほぼ何もない。木材らしき破片が転がっているが、形のある建物は確認できない。まさか夜だけ出現して、朝には消える“幻の集落”が本当にあるとは。全員が言葉もなく、ただ茫然とその跡地を眺めた。
**“幻の集落”**なる異様な体験で幕を下ろす。家々を見つけ喜んで泊まったはずが、翌朝には跡形もなく消失し、一夜限りの幻だったとしか言いようがない。
誰が、何のためにこんな術を展開しているのか、謎は深まるばかり。黒翼の男や亡霊を操る存在とは別の仕業か、あるいはすべて同じ闇の源に通じているのか――。俺たちは途方に暮れながらも、また白い雪原を進むしかなかった。




