未知なる力と最初の試練
魔物や魔法が当たり前に存在する異世界で、突然“破格の力”を得てしまった新堂 現太。
ミレイとパサラという不思議な翼を持つ姉妹と出会い、彼はこの世界に適応しようと決意する。
王都の外れの荒れ地で見せ始める自分の力――その可能性に胸を躍らせつつも、危険な魔物を目の当たりにし、改めて世界の厳しさを思い知る現太。
それでもなお、未知の現実に足を踏み入れる彼の心に芽生えるのは、好奇心とわずかな自信、そして仲間との絆の始まりかもしれない。
ここから、彼らの冒険はどんな試練を伴うことになるのか。
翌朝、目を覚ますと既にミレイとパサラは起きていた。どうやら彼女たちは早起きらしく、宿の一階で朝食を済ませているらしい。宿の主人いわく、二人は以前から何度かこの宿を利用しているようだ。
俺が階段を下りていくと、ミレイが簡単なサンドイッチの朝食を用意してくれた。
「悪いな、世話になって……」
「気にしないで。あなたはまだこっちの通貨も持ってないんだから、今は私たちがサポートするしかないわ」
まったく面識もない俺にそこまでしてくれるなんて、お人好しなのか、それとも背に何か大義を抱えているのか――彼女の冷静な瞳を覗きながら考えてしまう。
朝食を終えたあと、ミレイとパサラに連れられ、王都の外れにある荒れ地へ向かった。街の石壁を抜けたあたりから急に人通りが減り、殺風景な景色が広がる。地面は乾いた土が露出し、ところどころ雑草が生い茂るだけ。
「ここなら少々騒いでも人目につきにくいから、あなたの力を試すにはちょうどいいわ」
ミレイが腕を組んで周囲を見回す。パサラも足を止めて、俺の方を振り返った。
「よし、早速だけど、現太さんができることを試してみようか」
正直、何をどうやって試すのかも分からない。でも、昨日の戦闘で身体が異常に軽かったことは確かだ。
「うーん……じゃあ、まずは軽く走ってみる……とか?」
戸惑いながらも地面を蹴ると、一瞬にして数メートル先まで跳んでしまった。自分の意志以上に脚力が強いのだ。
「うおっ……っと!」
バランスを崩して転びそうになるが、パサラが慌てて近寄ってくる。
「大丈夫? すごい跳躍力だね。でも慣れないうちは怪我しないよう気をつけて」
ミレイは顎に手を当て、じっと俺の動きを観察している。
「身体能力だけじゃないわ。何かエネルギーのようなものを感じる……おそらく魔力ね。この世界で“魔術”を扱うには不可欠な力。異界から来たあなたは、それを特別な形で使える可能性がある」
「魔術……か。じゃあ、ちょっと意識してみるわ」
俺は目を閉じ、身体の奥底にある何かを探るようにしてみる。そうすると、胸のあたりで熱を持った塊のようなものがふつふつと湧き上がってくる感覚がある。イメージとしては、身体の内部に小さな太陽があるような……。
「これ、どうやって外に出せば……?」
「最初はイメージが大事って言われてる。“光を集める”とか“炎を放つ”みたいに、具体的に想像するの」
パサラが優しくアドバイスする。
試しに「手のひらに光の塊を作る」とイメージしてみると、赤い粒子のようなものがぽつりと灯った。
「出た……でも小さい」
「でも、すごい。通常、魔術師だって数ヶ月~数年単位の訓練が必要なのに、こんなにすぐできるなんて」
パサラの目が輝く。ミレイも「噂以上ね……」と小声で呟いた。
そのとき、荒れ地の奥から大きな地鳴りのような音が響いた。振り返ると、熊に似た巨大な魔物がのっしのっしとこちらへ近づいてくる。体毛が灰色で、頭部はイノシシのような形状。凶暴そうな牙が剥き出しになっていた。
「まずい、こんなところにまで魔物が出るなんて……!」
「新人研修には厳しすぎる相手かもね。でも、こいつを相手にあなたの力を試すには……」
ミレイは短剣を構えようとするが、俺は思わず声を上げた。
「いいよ、やらせてくれ。俺、やれる気がするんだ」
もちろん怖くないわけじゃない。でも、さっき感じたこの身体の調子なら、勝算はある気がした。
「……分かった。無茶はしないで。サポートはするから」
ミレイがそう言うと、パサラはすぐに光の魔法陣を展開し、魔物の動きをやや緩めるような術をかけてくれた。
「今だ……!」
俺は手のひらに再び光の塊を作り出し、それを弾丸のように魔物へと放つ。ビュンと空気を裂く音がし、光弾は魔物の肩口を抉った。血飛沫が舞うが、魔物は痛みを堪えながら咆哮を上げ、突撃してくる。
「うわっ……早い!」
真っ向から牙が迫る。ギリギリで横へ飛びのき、後ろに回り込もうとするが、魔物も大型のわりに動きが俊敏だ。
「っ……危ない!」
叫びながら懐に潜り込み、拳を叩き込もうとするが、分厚い毛皮に阻まれて衝撃が吸収される。それでも身体能力は確かに上がっているらしく、普通に殴っただけで魔物がたじろいだ。
「やるね、現太!」
パサラが回復の魔術をいつでも使えるように待機し、ミレイはチャンスを狙って短剣を投げる。急所を外したが、その隙に俺が再度光弾を作って魔物の脇腹にめがけて撃ち込んだ。
「これで……どうだっ!」
ズガンッと大きな音がして、魔物の身体が横倒しに吹き飛ぶ。地面に転がりながら苦しげに吼え、やがて動かなくなった。
「か、勝った……のか?」
荒い息を整えながら呟くと、パサラが駆け寄ってきて魔物の様子を確認する。
「大丈夫、もう息絶えてる。見た目より手強かったけど、何とかなったね。すごいよ、現太さん……」
俺はその場にへたり込む。勝ったのはいいが、体力の消耗が凄まじい。特に魔力を放つ行為は慣れない筋肉を使ったような疲労を感じる。
ミレイも近づいてきて短剣を回収し、ちらりと俺の様子を見やる。
「あなたの力、想像以上に凄いわ。でも、今は無自覚に全開で振り回してる感じね。訓練を重ねないと危なっかしい」
「そ、そうだな……ごめん、無茶しちまった」
冷静に考えれば、魔物なんてゲームの中の存在だと思ってたし、実際に相手にするなんて初めてだ。下手すりゃ一瞬でやられていたかもしれない。
(けど、俺だって“何もできない”わけじゃないんだな……)
この世界には剣や魔法があるらしいし、人を超えた力を持つ魔物だっている。その世界で俺は確かに何かしらの“特異な力”を持っている。
「少し休憩して、戻りましょう。王都でも最近、物騒な噂が多いし……」
パサラが光の魔法で俺の擦り傷を治療してくれながら言う。こうして触れられると、彼女の手が温かくて心地いい。
「ありがとう。助かるよ、パサラ」
「ふふ、どういたしまして。私もあなたが無事で安心したよ」
そんな穏やかなやり取りをしながら、俺たちは荒れ地を後にした。足取りは重いが、胸には確かな手応えがある。
(この世界……案外、悪くないかもな)
そう思った矢先、薄暗い路地を通り抜けようとした時、遠くで悲鳴が上がった。すぐにミレイが耳を立ててそちらを伺う。
「また何か起きたのか……? 行く? でも、俺たちも疲れて……」
「あなたは無理しないで。私が少し様子を見てくるから、パサラと待ってて。王都の騎士団が出払ってるなら、手遅れになる前に止めないと」
そう言うと、ミレイは踵を返して全速力で駆け出す。黒い翼がばさりと動き、まるで風を切るように走る姿は、まるで闇の戦士のように見えた。
「行かないの?、パサラ」
「うん、姉さんはそういう時、一人で行動するから。それに必要なら合図してくれるよ。……私たちはここで待とう」
不安な気持ちを抑えつつ、パサラと並んでミレイの帰りを待つ。
空を見上げると、夕日が赤く染め始めていた。いろんなことが一気に起こりすぎて、まだ頭が混乱しているけれど――少なくとも、俺はこの世界で無力じゃないんだ。
こうして、俺の“最初の試練”とも言える魔物との戦闘は幕を下ろした。だが、この先にもっと大きな戦いが待っている予感は拭えない。
ミレイとパサラ。この不思議な翼を持つ姉妹との出会いが、俺の運命を大きく変えていく――それだけは確かなことだった。
現太が驚くほどの身体能力と魔力を発揮し、初めて本格的な“魔物”を相手にしたシーンでした。
研修とも呼べる実践で、無意識のうちに全力を出した彼には、まだまだ制御しきれない力が潜んでいます。
一方、ミレイとパサラの存在が、現太にとって大きな支えになり始めているのが印象的です。
彼がこの世界でどんな過去や因縁に巻き込まれ、そして“最初の試練”を糧にどう成長していくのか――今後のさらなる冒険と、翼を持つ姉妹との関係の進展に、どうぞご期待ください。