凍土の幕開け――氷壁への第一歩
氷壁へ向かう手掛かりを得た一行は、意を決して雪原を踏破し始める。以前に命を救った男性から「亡霊」や「女」といった不穏なワードを聞き、北方の地に潜む大いなる闇を直感していた。
しかし、その氷壁に待ち受けていたのは、驚くほど広大な迷路のような裂け目と、そこに封じられていたはずの力が崩されているという事実。壁に刻まれた古い紋様や、明らかに“生者”ではない人影との遭遇からは、ただならぬ気配が漂ってくる。
亡霊のように彷徨う冒険者や、闇色の煙をまとった白い人形たち──氷の通路を進むごとに、未知の恐怖と悲壮感が増していく中、仲間たちの連携が試されることに。氷床を踏むたびに走る冷気や、時折吹きつける風が警鐘を鳴らすかのように、先へ進むことを躊躇わせる。
それでも「この奥に何があるのか、確かめなくてはならない」という思いが、主人公を含む仲間全員を奮い立たせる。この先で彼らを待ち受けるのは、果たして亡霊を操る“女”なのか、それとももっと別の存在なのか──。
翌朝、低い雲が空を覆い、微かな雪が舞うなか、俺たちは小屋を出発した。ナシアが呪いをある程度解いたおかげで、倒れていた男性は危篤状態を脱したが、意識が完全に回復するまでは時間がかかりそう。本人も「自分は戻る」と言うので、地図と最低限の物資を渡して送り出した。
やがて雪原を越えると、遠方に巨大な氷壁が青白く光っているのが見える。もしかすると、男性が言っていた“亡霊”や“女”がその奥に潜むのかもしれない。それを確かめるべく、俺たちは一路、氷壁へ向かうことにした。
午前のうちに雪原を横断して近づくと、目の前にそそり立つ氷の崖が裂け目をいくつも形成していて、まるで巨大な迷路の入口のようだ。セラが「魔力の流れを感じる……封印が壊されているのかもしれない」と低く呟く。
ナスティアが先頭を切り、ナシアやミレイが周囲を警戒、パサラとレナ、セラが中衛を固めてゆっくりと裂け目に足を踏み入れる。すると、内部はツララが幾重にも重なり、足元は氷床で極めて滑りやすい。
「足元気をつけて……」
レナが小声で言い、地面を少しだけ氷魔法でならしてくれる。パサラは光の魔法でほんのりと空間を照らし、セラは火球を小さく維持して明かりを確保する。
一歩進むたびに寒気が強まり、息が白く漂う。ときおり風が渦巻いて、この裂け目の奥へ吹き込んでいるようだ。
さらに数百メートル進むと、複雑に絡む通路が何本かに分かれ、壁には古い文字が刻まれていた。セラとレナが観察し、どうやら“封印”や“祭祀”に関する文様のようだが、氷で削られ大半が読めない。
「これは……誰かが意図的に封印を壊したか、あるいは自然に崩壊したのか……」
セラが険しい表情を浮かべる。ナスティアが鼻をひくつかせて、「人か獣か分からない匂いがうっすら混じってる。最近ここに誰か入ったんじゃないか」と言い、全員が身構えた。
やがて細い通路を抜けた先に広がったのは、天井の高い広間のような空間。氷の柱が何本もそびえ、中央には薄暗い空洞がある。どこかで水が滴る音がし、風がヒュウと吹き抜けるたびに氷が軋む。
「嫌な気配……。」
ミレイが警戒しながら、短剣を握る。ナシアもフードの下で目を光らせ、「亡霊の臭いがするわね。何かがうごめいてる」と小声で告げる。
次の瞬間、横の壁からふらりと人影が浮かび上がった。白く濁った瞳の冒険者らしき男が、そのまま腕を伸ばして唸り声を上げる。まるでゾンビのようだ。
「うわっ……！ あなた、生きてるの？ それとも……」
パサラが光を当てると、男の体から闇色の煙がもれ出し、ずるりと床に倒れ込む。セラが火球で牽制しながら様子を見るが、もう命がないとしか思えない。
亡霊やゾンビが闇に操られた可能性が高い。俺たちは奥へ進むと、さらに複数の白い人形が現れて襲い掛かってきた。激しい攻防の末に何体かを浄化するが、まだ先がありそうだ。
「くそ、まるで地獄の入り口だな……」
ナスティアが唇を噛む。ミレイは「なんとしても止めなきゃ。こんな悲劇を放置できない」と怒りをにじませる。レナやパサラは胸を押さえながら、「あんな姿、かわいそう……」と沈痛な面持ち。
狭い通路をいくつも乗り越えると、やや広めのホールに出る。氷柱の並ぶ奥に祭壇らしき台座がうっすら見え、その周囲を徘徊する亡霊の群れが見えた。闇色の霧をまとい、時折まるで誰かの指示を受けるように動く。
まさにここが、“亡霊”と“女”が潜む場所なのか――。
「気をつけて。何か大きな力が渦巻いてるわ」
セラが杖を構え、パサラが光のバリアを展開する。ナスティアとミレイが前衛に立ち、ナシアが後方から援護する形で、俺も光弾の準備を整える。
凍土の迷路を抜けた先に“何か”が待っている示唆を強く感じさせたまま幕を下ろす。女の存在、亡霊の祭壇、そして黒幕の影――すべてがこの奥で繋がっているのかもしれない。
吹きつける冷気に耐えながら、俺たちの足は止まらない。凍える景色の中、確かな闇の痕跡が行く手を阻むが、そこで何を掴むのかは、もう一歩先へ踏み込んだ先にあるのだろう。
