再会の情報屋――ナシアの足音
前回、倒れていた男性を発見し、仲間たちは荒れた雪原を懸命に移動しながら小屋へと運び込んだ。深刻な負傷と厄介な呪いに蝕まれた彼を救おうと、回復魔法や看病を続けるうちに、状況は少しずつ好転していく。しかし、完全に意識を取り戻せない男性のうわ言からは“亡霊”や“女”、“氷壁”といった不穏な単語が飛び出し、どこか大きな闇の存在を予感させるばかり。
そんな中、深緑色のフードをまとった情報商人アタナシア・キリアが、厳しい雪の道を越えて思わぬ再会を果たした。彼女は闇の噂を探っていたという経緯を口にし、陰鬱な空気が漂う小屋の中へ合流を果たす。彼女が持つ解呪道具や情報網は、一行にとって大きな助けとなるだろう。
一行は男性の回復を待ちつつ、再び氷壁へと向かうための作戦を練り始める。果たして氷壁の奥には何が潜み、“亡霊”と呼ばれるものがどのように関わっているのか。男が呟く“女”とはいったい誰なのか――。冬の白い大地を舞台に、仲間たちの絆と不安が錯綜しながら、新たな局面へと足を踏み出すための準備が進んでいく。
深まる闇を目前に、情報商人のナシアが加わったことで、一行は手探りながらも糸口を見出そうとする。
廃小屋での療養生活が三日続いた。倒れていた男性はようやく体力を少し取り戻し、息をするのも幾分楽になったように見えるが、完全には意識がはっきりしない。どうやら深い呪いを受けているらしく、セラやパサラの魔法だけでは浄化しきれない部分があるらしい。
昼下がりの曇天の下、ナスティアは小屋の外で見張りをしつつ、地形や敵の気配を探っていた。すると急に「誰か来る!」と声を上げ、俺たちが慌てて武器を構える。雪の中から姿を現したのは、なんと深緑のフードを被った女性――情報商人のアタナシア・キリアだった。
「ナシア……! どうやってここまで? 久しぶりね」
ミレイが短剣を収め、安堵の笑みを浮かべる。パサラも驚きと同時に安堵の表情。ナスティアは少し渋面で「ちょうどいいや、力を貸してくれ」と吐き捨てる。
ナシアはフードを下ろして銀色の髪を揺らし、「あなたたちが北へ向かったって噂を聞いてね。私も闇の情報を集めていたら、このあたりが怪しいって分かったの」と肩をすくめる。
さっそく小屋へ連れて行き、男性の容体を見せると、ナシアは苦笑しながら鞄を探る。
「案の定、闇の呪いが残ってるわね。私の解呪粉がどれだけ効くか試しましょう」
黒い粉を傷口にかけると、パチパチと小さな音がして微かな闇の煙が弾け飛ぶ。パサラの回復魔法と組み合わせると、男性の呼吸が安定してきた。
「すごい……助かるわ、ナシア」
セラが息をついて礼を言う。ナシアは「何でも屋みたいなものよ」と笑いつつ、フードの端を直そうとして胸元が開き、あわてて隠す動作が少し艶っぽい。ナスティアが「見せるなら堂々としろよ」と冗談交じりにツッコミ、ナシアは「やめてよ」と軽く舌打ち。
いずれにしても男性は大きく回復傾向にある。意識がまだぼんやりしているが、少なくとも命の危機は脱したようだ。俺たちはほっと胸を撫で下ろす。
夜、焚き火を囲んで情報交換の時間を設ける。ナシアが北方の噂を話し、「どこかに強い術者がいるらしく、亡霊や呪いが増えてる」と告げる。ミレイやナスティアも「この男性が氷壁の奥で女に襲われたらしい」と補足する。
「女……黒翼の男も姿を消したままだし、また面倒なことになりそう」
ナシアはため息をつきながらフードを脱ぎ、髪を指で梳かす。その仕草が妙に色っぽく、パサラとレナが目を伏せて「大人の余裕……」と呟く。セラは呆れ笑いし、ナスティアだけ「なんでもいいが、役立つなら助かる」とぶっきらぼうだ。
「まあ、今はこの男性が回復するのを待つしかないわね。そこから実際に氷壁に向かい、祭壇とやらを確認するのが筋でしょう」
セラがまとめ、全員一致でそうすることに決まった。
翌日、男性が少し喋れるようになった。傷の痛みで断片的な言葉しか聞き出せないが、「氷壁のさらに奥に空洞があって……そこで見たんだ、亡霊と……恐ろしい女を……」と震えながら語る。
仲間たちは氷壁を攻略すべく準備にかかる。小屋で数日休養しても状況は好転しないが、重傷の彼を強引に連れていくわけにもいかない。男性も「自分はこれ以上足手まといになる」と言い、回復したら森を抜けて戻るつもりらしい。
ナシアは「一応、最低限の支援物資を用意してあげるわ」と手持ちの薬や保存食を少し分け与える。
夜、出発準備を終えた俺たちは、小屋の片隅で雑魚寝をする。セラが「私が解呪を少しでも勉強していれば……」と嘆き、パサラが「ううん、私ももっと回復力を高めなきゃ」としょげる。ナスティアは黙って刃物の手入れをし、ミレイは静かにマップを描こうとしている。ナシアだけが外に出て、星空を見ながら何か考えているようだ。
俺はそんな仲間たちを見回し、気づけば少し胸が締めつけられるような安心感を覚える。こんな過酷な土地で、共に戦い、共に笑い合っている――それ自体が奇跡のようだ。
寝袋や毛布を広げ、全員が身を寄せ合う形で夜を越す準備をする。狭い室内に雑多な荷物があるため、自然と体と体が触れ合う。パサラの白翼が横から当たって「わわ、ごめん!」とあわて、ナスティアの尻尾がミレイの足に絡んで「んもう……」と文句が出る。しかし誰も本気で怒らない。寒さを凌ぐために仕方ないことだし、これが仲間である証でもあった。
闇が深まる頃、外の風は意外と静かだ。明日には氷壁へ向かい、亡霊と女の正体を突き止めなければ。ナシアは解呪の道具や情報の裏付けを得られると喜んでいるし、セラやレナも何か封印があるなら放っておけないと意欲を示す。ミレイやナスティアも実戦を想定して心構えを新たにしている。
「よし……明日こそ、動こうか」
俺がそう声に出すと、全員が小さく頷く。誰も浮ついた様子はないが、わずかな士気が高まり、闇の中の小さな灯火になっている。
ナシアの合流によって次へ向かう準備が整ったところで幕を閉じる。闇の気配がますます高まりそうな氷壁の奥へ、一同は覚悟を持って足を踏み出そうとしていた。




