亡霊の祭壇――囚われた騎士たち
クヴァルの監視所での失踪事件を解決した翌日、俺たちは急ピッチで街へ戻り、得た新たな知見を有力者や防衛隊長に報告した。その中で、北東の集落から再び騎士が行方不明になったという衝撃的な知らせが舞い込んできた。住民たちの証言によれば、そこでは「亡霊のような存在」が祭壇を築いていたとさえ。これまでの戦いで、対面したことのある闇の呪術師の使いかもしれない暗黒の力が、また別の形で襲いかかっているのではないか。仲間のノーラをはじめ、セラ、ナスティア、レナといった多彩な力を持つ仲間たちと共に、俺たちは新たな脅威に挑むため、雪山を越えて未知の領域へと踏み出す決意を固めた。
氷壁の迷路を見て回った直後、俺たちはクヴァルの街へ戻り、新たな知見を有力者や防衛隊長に報告した。迷路が古代の結界に絡む可能性があること、いずれ大掛かりな調査が必要になること――そんな話をしている最中、思わぬ知らせが飛び込む。
「北東の集落で、再び騎士が行方不明になった。魔物の襲撃を受けたらしいが、今度はより組織的な手口だと聞く。生存者の証言では“亡霊のような存在”が祭壇を築いていたと……」
報告をしたのは、先日まで一緒に戦った女騎士のノーラだった。どうにか監視所の復旧を済ませ、駆けつけてくれたらしい。その表情には疲労と怒りが入り混じっていた。
「また闇の呪術師か……? それとも別の勢力が?」
セラが眉をひそめると、ノーラは「今回も騎士が数名攫われたようだ」と歯噛みする。
先日は監視所で失踪した騎士たちを救出したばかりなのに、同じような事件がまた起こるとは。クヴァル周辺に潜む敵はしぶといにも程がある。
「放っておけない。亡霊のような存在……祭壇……嫌な予感しかしないわね」
レナが集落の位置を地図で確認する。そこは雪深い森の奥にある小さな集落で、近頃まで人が住んでいたというが、この厳冬期では往来が少ない場所だ。
ナスティアが尻尾を揺らしながら言う。
「行くか。今度こそとっ捕まえて、どういうつもりなのか吐かせてやりたい」
こうして俺たちはノーラを加え、再び雪山の奥へ向かう。途中、魔物の出没や天候不良に悩まされるが、ノーラの騎士仲間が道案内をしてくれ、思ったよりはスムーズに進めた。
やがて辿り着いたのは、吹雪に埋もれた寂れた集落。数軒の家が建ち並んでいるが、人の気配はほとんどない。
「本当にここに亡霊が……?」
俺が訝しむと、ノーラが低く頷く。
「一部の住民は避難できたらしいけど、数名は行方が分からない。騎士も3人ほど攫われたままだ。最奥の大きな家に“祭壇”があると報告があったの」
スノーブーツを軋ませて、一行は集落の奥へ足を進める。そこには、古めかしい屋敷が一棟だけ残っていた。壁には黒いすすのような汚れがあり、不気味な雰囲気が漂っている。
「気をつけて……ここ、闇の魔力を感じる」
セラが呟くと、レナも青ざめた顔で頷く。どうやら相当強い呪いか、術式が張り巡らされている模様だ。
扉を押し開けると、中は広めのホールのようになっており、床には黒っぽい液体が染みついている。天井には謎の紋様が描かれ、まるで昔の教会のような荘厳……いや、不気味な神聖さが感じられた。
「これが……亡霊の祭壇ってやつか?」
ナスティアが肩を震わせつつ辺りを見回す。確かに中央には台座のようなものがあり、そこに何人かの騎士が縛られていた。うち二人は気絶しているが、一人生きている騎士がかすかにうめき声を上げている。
「助けないと……!」
ノーラが駆け寄ろうとしたそのとき、ホールの端で空気が揺らぎ、ローブ姿の集団が姿を現した。
「また呪術師か? 何度同じことを……」
俺が身構えると、彼らの中心にいる一人が言う。
「貴様ら、また邪魔をしに来たか。これは“亡霊”となった我らの師の意志……生贄の魂があれば、いずれ世界を覆う闇を解き放てるのだ」
胡散臭い台詞だが、彼らが何を狙っているかは明白だ。暗い力を蓄えて、いずれは大規模な儀式を行うつもりなのだろう。セラとレナが即座に魔法陣を展開し、ナスティアとノーラが突入態勢を取る。
「騎士たちを返せ!」
ノーラが叫ぶや否や、ローブの集団が呪文を唱え始める。ホール全体が黒い霧に包まれ、床からは亡霊兵士のようなものが浮かび上がった。
半透明な兵士の姿は、その姿を見た騎士たちに恐怖を与える。彼らは人の負の感情から生まれる残留思念とでもいうのか――いわば“死者の亡霊”を具現化したような存在だ。
「来るわよ……!」
セラが警告し、俺たちは迎撃体勢に入る。ナスティアは狼の耳をぴくりと動かし、突き出てきた亡霊の剣を紙一重で回避。ノーラも剣を振るって反撃するが、相手は半ば霊体なので手応えが薄い。
「現太、どうにかできないか?」
ナスティアが焦った声を上げる。俺は光弾を形成し、亡霊兵士へ叩き込んでみる。すると驚いたことに、光の力が直撃し、悲鳴のような音を発して霧散する。
「光魔法が有効みたいだ! みんな、手分けして光属性の攻撃を試してくれ!」
セラは自分の火力を少し光寄りに調整し、レナは氷魔法と組み合わせて幻想的な“氷の光輝”を放つ術を発動。ノーラや騎士たちは剣に光の付与を受けて亡霊を斬る。
呪術師たちも黙ってはいない。ホール中央の祭壇を包むように闇のバリアを張り、囚われの騎士や住民を人質にとっている。
「くっ……どうやって突破すれば!」
ノーラが苛立ちを見せる中、セラが一計を案じる。
「私たちが亡霊兵士を引きつけている間に、ノーラとナスティアで祭壇に肉薄して。囚われた人々を救い出して」
ナスティアは一瞬視線をやり取りし、「了解!」と即答。俺やレナ、セラが光弾や氷魔法で亡霊兵士の動きを封じる間に、二人が周囲を回り込んで祭壇へ向かう。
作戦どおり、ナスティアが素早く床を滑り、ノーラは大きく剣を振りかざしてバリアを叩く。とはいえ闇のバリアは頑丈で簡単には破れない。
「ノーラ、一斉にやるぞ!」
「ええ、わかった!」
ナスティアが爪に魔力を込め、ノーラが剣を輝かせるとき、祭壇前の呪術師が「それはさせん……」と闇の衝撃波を放つ。激しい衝撃が二人を襲うが、寸前でナスティアが爪を地面に突き立てて踏ん張り、ノーラは剣を盾代わりに受け止める形で耐える。
「今度はこっちの番だよ!」
ナスティアが闇のバリアに爪を叩きつけ、ノーラが剣を重ねるように斬り込む。一瞬の火花が散り、バリアにひびが入る。呪術師が悲鳴を上げて後退した隙に、ナスティアとノーラが一気に祭壇上へ飛び乗った。
囚われている騎士たちの縄をノーラが素早く断ち切り、ナスティアは住民らしき人々を担ぎ上げて祭壇から降ろす。
「離れろ……!」
呪術師の一人が闇の刃を形成し、背後から二人を襲おうとするが、タイミングを見計らった俺が光弾を投げ込んで動きを阻止。さらにレナが氷の矢を突き刺して仕留める。
怒り狂う呪術師たちだが、亡霊兵士の大半はセラや俺の光攻撃で打ち消され、祭壇は陥落。まさに敵の“儀式”は崩壊寸前だ。
最後の一人が「我らが師は、いずれ世界を深淵へ導くだろう……」などと不気味な台詞を吐きながら逃げ出そうとするが、ノーラが剣を投げつけて足元を止める。ナスティアが一気に制圧して捕らえることに成功した。
戦闘後、闇の呪術師を何人か捕縛し、祭壇の封印を解いて囚われた騎士や住民を救出。彼らは弱っているが命に別状はないという。ノーラはほっと胸を撫で下ろして、「本当にありがとう」と深く頭を下げる。
「あなたたちがいなければ、きっと手遅れだった。……それに、闇の術式を破壊できる力を持つなんて、すごいわね」
「いや、俺たちだけじゃ無理だった。ノーラの騎士道と、仲間を想う気持ちがなければ……」
そう言いかけると、ノーラは顔を赤らめて口をつぐむ。
隣でセラとレナ、ナスティアがにやりと小さく笑うのを見て、俺も気恥ずかしくなった。
ともあれ、祭壇が潰れたことで“亡霊”を生み出していた邪悪な術は停止したらしい。呪術師の一団も大半が倒れ、捕縛された数名をクヴァルへ引き渡せば取り調べが進むはず。
しかし、その呪術師たちが口にした「師」という言葉――もしかすると、黒い翼の男や、さらに背後にいる大いなる存在を指しているのかもしれない。俺たちはまだ真相にたどり着いていない。
救出された騎士たちが意識を取り戻し、弱々しく「ありがとう」と微笑む。再会を喜ぶノーラの姿を見て、俺はこの世界にやって来てよかったと思うと同時に、襲い来る闇の根源を断ち切らなければと決意を新たにするのだった。
激しい捜索と戦闘を経て、俺たちは監視所付近で消えた騎士たちの手がかりを掴み、亡霊の祭壇を打破することに成功した。救出された仲間たちの微笑みと、ノーラの涙混じる感謝の言葉は、我々の連携と信頼の賜物だ。しかし、呪術師たちが口にした「師」という言葉――それが示す本当の闇の存在は、まだ遠い未来の戦いの影として我々の前に立ちはだかっている。
仲間たちとの固い絆を胸に、次なる大きな脅威に立ち向かうため、俺たちは決して後退することなく、未来を切り開く覚悟を新たにするのだ。




