氷壁の迷路――レナの秘密
クヴァルの監視所での失踪事件を解決した翌日、俺たちはさらなる謎に立ち向かうため、北方の厳しい雪山へと調査に赴く決意を固めた。
古代の闇の術式が刻まれた「氷壁の迷路」と呼ばれる謎の地形に足を踏み入れ、そこで発見された古の石碑と、そこに隠された秘密に迫る。
仲間たち―獣人のナスティア、クールな魔術師セラ、そして雪国出身のレナ―とともに、厳冬の中で互いの力を合わせ、未知なる闇に挑む。
クヴァルの監視所での失踪事件を解決した翌日、俺――新堂 現太は街に戻って休む間もなく、さらなる調査に駆り出されることになった。
北方の雪山に謎の迷路のような地形が出現しており、そこに闇の術式らしきものが刻まれているという話が舞い込んだのだ。
最近のクヴァル周辺は、監視所だけでなくあちこちで“おかしな現象”が起きている。魔族や呪術師の影だけでなく、どうもこの地そのものが異常な魔力に蝕まれつつあるように感じられた。
「またあんな雪山を歩くのかよ……面倒くさ」
獣人の少女、ナスティアが尻尾をぱたぱたさせながら不満げに言う。とはいえ、闇の勢力を放置すれば被害が広がるばかりだから、彼女も意欲がないわけではない。
「そう言いながら、探知や先導役はあなたが一番頼りになるでしょ?」
クールな魔術師、セラ(セラフィーナ・デュボワ)が微かな笑みを浮かべる。互いにぶっきらぼうだが、前回の戦闘を経て連携にも慣れ始めたようだ。
一方、女騎士のノーラ(エレオノーラ・フォン・アルトシュタイン)は監視所の部下たちを指揮するため、しばらく街に戻れない様子。
「私たちは後から追いつくわ。監視所の補修や負傷兵の手当が終わったら、必ず合流する。何か分かったら報せてほしい」
そう言い残し、ノーラは監視所に残留を選んだ。
そうして、クヴァルを発って数時間。今回は**レナ(エレーナ・イリイナ)**も意欲的に参加を申し出た。氷や雪を扱う魔法に長けたレナは、雪山での捜索には欠かせない存在だろう。
「実は……あの迷路みたいな場所の話を聞いて、心当たりがあるの」
途中、馬車の中で小声でそう切り出すレナ。俺やナスティア、セラが耳を傾けると、彼女はうつむきながら言葉を継ぐ。
「私の故郷も、似たような氷壁の迷路があったの。自然にできたものじゃなく、古代の魔術で作られたって伝えられてた。……もしかすると、私が探している“手掛かり”がそこにあるかもしれない」
レナの故郷はクヴァルからさらに北へ向かった先にあるという。しかし彼女自身、詳しい場所や文化を語りたがらない雰囲気があった。
「そこには……私の家族にまつわる“秘密”があるの。でも、私も全部を知ってるわけじゃない。幼い頃に故郷を出てきたから」
「なるほど……それを探すために、レナは旅をしているんだな」
そう言うと、レナは少しだけ寂しげに笑みを浮かべて頷いた。
やがて着いた場所は、まさしく“氷壁の迷路”という表現がぴったりの地形だった。崖沿いに降り積もった雪と氷が複雑に入り組み、まるで人工的な通路のように区切られている。
「本当に迷路だな……迷い込んだら簡単に抜け出せそうにない」
俺がつぶやくと、セラは地図を見ながら頭を抱える。
「このあたり、もともとこういう地形じゃなかったはずよ。やはり“闇の力”か“古代の術式”で形が変わったか……」
足元は凍結していて滑りやすく、天井にも氷のつららがいくつもぶら下がっている。ナスティアが前を進み匂いを確かめ、レナが凍結部分を崩したり固めたりしながら安全に道を作る形だ。
雪壁のトンネルを進むたび、冷たい風が音を立てて吹き抜け、時には崩れそうな氷塊がゴロリと崩れる。
「わっ……!」
レナが足を滑らせて転倒しそうになり、思わず俺が腕をつかんで引き寄せる。二人が抱き合うような体勢になり、レナは頬を赤らめる。
「ご、ごめんね……ありがとう」
「いや、こっちこそ……」
やや気まずいが、あたたかな体温が伝わり、冷えきった胸に少しだけやわらかな感触が走る。
「お二人さん、いちゃいちゃしてないで先に進むわよ?」
横でセラが呆れたように言い、ナスティアは尻尾を振りながらにやにやしている。
「へへっ……現太、お前モテるじゃん」
「からかうなよ、ナスティア……」
ふと、レナはさらに気まずそうに目を伏せる。でもその横顔には、何かどこか嬉しさも混じった複雑な表情が垣間見えた。
そんなやり取りを続けながら迷路を進むと、次第に地形が開けてきた。広めの氷洞のような場所に出たとき、レナが足を止める。
「ここ……古代の紋様がある。私が子どもの頃、似た文様を見た覚えがあるんだ」
彼女が氷の壁をかすかに溶かすと、その奥に石碑のようなものが埋まっていた。そこには難解な文字とシンボルが刻まれている。
「これは……“封印”とか“浄化”を示す意が含まれているように見えるわね」
セラが目を細めて解析し始める。ナスティアは警戒しつつ周囲を見回し、俺はレナの様子を伺った。
「レナ、何か思い出しそうか?」
「ううん……はっきりしない。でも、懐かしいの。たぶん、私の一族や故郷にゆかりのある術式かもしれない」
レナがそっと手をかざすと、石碑の文字がかすかに青く光った。その瞬間、氷壁が震え、天井からバサバサと氷のかけらが落ちてくる。
「やばっ……崩れるかも!」
俺たちが慌てて身を伏せると、そこには人型の氷のゴーレムがいくつも姿を現した。まるで石碑を守護するように立ち上がり、こちらを威嚇する。
「どうやら“封印”の一部が解きかけられ、守護者が起動したのかもね……」
セラが素早く魔力を練り、火の属性を帯びた魔法陣を展開する。ナスティアはゴーレムに飛びかかり、爪で切り裂こうとするが、相手は硬質の氷で防御力が高い。
「俺も援護する!」
光弾を放つと、氷の表面に亀裂が入るが、すぐに修復するかのように再結晶化してしまう。厄介だ。
「レナ、氷対氷だと効果が薄いかもだけど、何か手はない?」
「うん……氷を操るだけじゃなく、温度差を利用して一気に砕く方法があるはず」
そう言ってレナは氷魔法を逆手に取り、“氷を溶かす熱”を生むために一時的に氷壁の魔力制御を変化させるという複雑な術を試みる。
一方、セラは火の魔法を基盤に、レナと同調させて“急激な温度差”をゴーレムに与える魔術を編み上げる。
「セラとレナの魔術連携……いけるか!」
魔術師二人の協力でゴーレムの表面を一瞬熱してから一気に冷却。すると膨張と収縮の差が大きくなり、ゴーレムに大きな亀裂が走る。そこでナスティアが決めの一撃を叩き込み、俺は光弾で各ゴーレムの核となる部分を破壊した。
バリバリッという音とともにゴーレムが砕け散り、落ち着く氷洞の空気。
「やった……! 連携がバッチリ決まったわね」
レナは息を切らせながら笑い、セラもうなずく。ナスティアは軽く血の匂いを嗅ぎながら、「大丈夫か? みんな」と周囲を確認。俺も軽い魔力疲れはあるが、大怪我はしていない。
戦闘後、何とか石碑へ近づき、その文字をセラとレナが読み解こうとする。しかし、古すぎて大半が欠損しており、断片的な語しか拾えない。
それでもレナは目を潤ませながら呟く。
「“雪と光の契約”……“世界を覆う闇を祓う鍵”……これ、私の故郷に伝わっていた話に似てる」
「レナ……やっぱり、あなたの故郷と深く関わってるんだね」
俺が声を掛けると、彼女は小さく頷く。
そうして残された文字から推測するに、この氷壁の迷路は**“過去に闇と戦った古代人が作り上げた結界の一部”**であり、それを封印として保持していた……らしい。
「もし封印が不安定化してるなら、闇の勢力がここを狙う可能性もあるかもね」
セラが厳しい顔で言う。確かに、ここは貴重な魔力の焦点になっているのだろう。となれば、闇の術式が入り込めば大変なことになる。
とりあえず氷壁の奥へ進む通路はさらに複雑に伸びているが、長居は危険だ。迷路全体が崩落する可能性も否定できない。
「引き上げよう。一度クヴァルに報告して、ここを管理できる人員を募る必要がある」
「そうね……私もこの石碑の写しをとりたいけど、長居するとまたゴーレムが再生するかもしれない」
レナは名残惜しそうだが同意し、セラが簡単な魔法で石碑の一部を拓本のように写し取る。
帰り道、レナは小さく息を吐きながら、俺の隣を歩く。
「ありがとう、現太さん。みんなも……私のわがままに付き合ってくれて」
「気にしなくていいさ。こっちも大事な情報が得られたし。……それに、レナの故郷の手掛かりがつかめたなら何よりだよ」
俺がそう答えると、レナは照れくさそうに微笑む。
「いつか……みんなで私の故郷にも来てほしい。きっとそこにも、闇を祓う大きなヒントがあると思うから」
胸中にあふれる何かを押しこらえるように、彼女は雪道を踏みしめる。氷の迷路が映し出した“レナの秘密”はまだほんの一端に過ぎないだろうが、これからの旅で彼女が探し求めるものも明確になっていくのかもしれない。
そうして俺たちは、多少の疲労と手掛かりを抱えながらクヴァルへ戻っていく。氷壁の迷路――それ自体がこの地の過去を示唆する大きな遺産のようにも思えた。
この世界にやってきたばかりの俺だけど、仲間たちと共に謎を解き明かせば、いつか闇に対抗する鍵を見つけられる気がする。
吹きすさぶ雪の中、レナが握りしめた拓本を、セラとナスティアも興味深そうに覗き込む。その光景を後ろから見つめながら、俺は少しだけ誇らしい気持ちで、ひとまずの帰路を急いだ。
氷壁の迷路を進む中で、俺たちは古代の結界が示す“封印”の断片と、レナの故郷にまつわる秘められた記憶に一筋の光を見出した。
激しい戦闘と仲間たちとの連携で、石碑の拓本を手にしたとき、俺たちはこの地に秘められた闇の力が、まだ全貌を明かしていないことを痛感した。しかし、同時に仲間たちの力強さと、確かな絆が、次の大きな試練へ立ち向かう糧になると信じる気持ちが芽生えている。




