峠の監視所と小さな騎士隊
クヴァルの街に到着してから数日が経ち、俺たちはこの北方の厳しい地で、魔物討伐や遺跡の監視に精を出していた。街は荒廃し、住民たちの表情には不安と恐怖が滲むが、我々仲間はその中で、闇の儀式の影響や古代の謎に迫る手がかりを求め、次なる行動を決意した。
ナスティア、セラ、レナの3人とともに、監視所の不気味な痕跡を確かめるため、命がけの調査へと踏み出す――。この決意の瞬間が、俺たちの新たな戦いの始まりとなるのだ。
翌朝、まだ暗い時間に宿を出た。ナスティア、セラ、レナの3人と俺の計4人。馬車を使うか迷ったが、地形が険しくなる峠ではかえって足手まといになると判断し、徒歩での移動を選ぶ。
クヴァルを出て間もなく、雪道の難しさを痛感する。除雪が行き届いていないし、地形の起伏も激しい。獣人のナスティアは「こんなの大したことない」と言いつつも、しっかりしたブーツを履いているのが微笑ましい。
セラはいつもの黒いローブの下に暖かい毛皮を着込んでいて、「見た目はともかく、耐寒は重要ね」とぼやく。レナは雪国育ちだけに慣れた足取りで先導し、凍結部分を氷魔法で滑りにくくしてくれる。
「この峠を越えた先に監視所があるはず。クヴァル領の北端を見渡す重要なポイントなんだけど……連絡が来ないなんて、嫌な予感しかないわ」
セラが地図を広げながら確認する。その横でナスティアは鼻をひくつかせる。
「魔物の気配もそうだけど、人が戦った匂いがうっすらするね。最近ここで小競り合いがあったんじゃないか?」
その推察はすぐに当たることになる。少し先の平坦な場所に出ると、そこに数名の騎士らしき人影が見えた。彼らはクヴァルの紋章を掲げており、兜や鎧をまとっているが、どこか疲弊している様子だ。
「あなた方は……? まさか、クヴァルからの増援ですか?」
騎士たちの前に進み出ると、リーダー格の少女が顔を上げた。まだ若く、整った顔立ちだが、険しい表情をしている。彼女こそエレオノーラ・フォン・アルトシュタイン(ノーラ)、いわゆる女騎士タイプだろう。
「ええ、監視所の調査に来ました。俺は新堂 現太。そっちはナスティア、セラ、レナ。……あなたたちもクヴァルの指示で?」
「ええ、ノーラ・フォン・アルトシュタインと申します。私たちは先に派遣された騎士隊なのですが……」
ノーラは悔しそうに眉を寄せた。
「途中で魔物の襲撃を受け、仲間の何人かが負傷してしまいました。監視所に辿り着く前に、じりじりと体力を削られて……」
俺たちは傷ついた騎士数名を手当てする。レナが回復の氷魔法を応用し、患部の炎症を抑えてからセラが治癒術式を使うという連携。ナスティアも応急処置の布を巻くのを手伝う。
「なんて連携だ……私たちの騎士隊よりよほど手際がいい」
ノーラが目を丸くして感嘆する。
「俺たちも散々魔物に苦しめられてきたからね。否が応でも慣れたっていうか……」
苦い笑みを浮かべながら、俺は周囲の雪景色を見回す。どうやらこの先にまだ障害がありそうだ。
隊を整え直し、俺たちとノーラの騎士隊は共に監視所を目指すことにした。幸い、騎士たちも戦闘力を失ってはいない。ノーラ自身がかなりの腕前らしく、剣さばきは確かなものだという。
しばらく進むと、峠の道幅が狭まり、崖沿いの危険なルートに入っていく。雪の吹き溜まりや氷の塊が足元を阻む中、ナスティアが偵察を買って出る。
「獣の耳があれば多少は気配を探れる。……あっちに何かいる気がするよ」
彼女が指し示す先には、山肌に開いた小さな洞穴が見えた。そこから魔物が出てくるかもしれないし、単なる空洞かもしれない。
騎士隊の何名かが警戒しつつ近づこうとしたとき、突然洞穴から狼型の魔物が飛び出してきた。4~5匹ほどの群れだが、一匹一匹が大型で凶暴そうだ。
「やるしかない!」
ノーラが先陣を切り、剣を構える。俺はセラに目で合図し、彼女が瞬時に呪文を詠唱して光の火球を放った。
魔物たちは不意をつかれ一瞬ひるむが、すぐに反撃に転じる。騎士たちが壁となり、ナスティアが素早い動きで背後を取って爪を叩き込む。レナは氷の槍を生成して放ち、俺は短い詠唱で光弾を撃つ。
連携を駆使した結果、魔物は討伐され、洞穴の中には何もいなかった。どうやら巣穴にしていたわけではなく、ただ寒さを凌いでいただけのようだが、油断すれば大被害を受けていたかもしれない。
「ふう……ありがとう、あなたたちがいてくれて助かったわ」
ノーラが息を整えながら笑みを浮かべる。さっきまで険しい顔だったのが嘘のようだ。
「いいえ、こちらこそ。二手に分かれてたら危なかったかもね」
セラが静かに頷く。今回の魔物襲撃で、互いに連携を取れることが分かった。騎士隊の存在は心強いし、向こうも俺たちを多少頼りにしてくれそうだ。
その後、峠をさらに進んでいくと、やがて監視所の外壁が見えてきた。雪原の先に建つ石造りの建物は……しかし、なんとも閑散としている。
「……誰の姿もない? おかしいわね、交代の騎士たちが常駐しているはずなんだけど」
ノーラが眉をひそめ、焦りを滲ませる。
この監視所はクヴァル領の最北端を眺める要塞の役割を果たすと言われている。少なくとも数名は常駐し、定期的に街へ報告を送る手はずなのだ。それが途絶えたということは――。
「中を見てみよう。気をつけて……嫌な空気が漂ってる」
ナスティアが獣人の嗅覚で警戒を促す。セラとレナは魔力感知の準備をし、ノーラも剣を握りしめる。俺も心臓が高鳴るのを感じながら、凍った扉を静かに押し開けた。
中は薄暗く、血の匂いもほとんどしない。けれど壁に大きな爪痕のような傷が走っている。家具や武器が散らばり、まるで逃げるように放置された形跡があった。
「誰かが襲撃して、ここを奪ったのか、それとも騎士たちが逃げたのか……」
ノーラが力なく呟く。もし闘ったあとなら死体や血痕があってもいいはずだが、それすらない。まるで人が霧散したように消えてしまったようだ。
セラが床に刻まれた模様を指差す。そこには闇の呪印らしき紋様がうっすら残っていた。
「これは……闇の術式。そんなに高度なものではないけど、複数人で展開した形跡があるわ。何らかの術で人を連れ去ったのかもしれない」
「くそ……」
ノーラは剣を握り込み、悔しそうに歯噛みする。仲間たちの行方がわからないままではどうしようもない。
こうして、監視所はほぼ廃墟状態だと判明した。だが、この峠を“敵”が支配している形跡もない。むしろ彼らはすでにここを通過し、別の場所へ移動した可能性が高いという結論になる。
「ここに留まっても情報は得られない。……もう少し先へ行ってみるか?」
俺がそう提案すると、ノーラも深く頷く。自分の仲間を探したいという気持ちが痛いほど伝わってきた。
「頼む。私もみんなも、あなたたちに協力させてほしい。何としても真相を突き止めたいの」
監視所を簡単に調べ終えたあと、外に出ると吹雪が少し弱まっていた。雪雲の切れ間から差す光が、凍てついた大地をわずかに照らしている。
「行こう。いずれは先へ進むしかない」
俺、ナスティア、セラ、レナ、そしてノーラたち騎士隊は、失踪した仲間を捜すため、さらに峠の奥へと進むことになった。
闇の術式の痕跡、散り散りになった監視所の騎士たち……不穏な材料が揃いすぎている。もし何か大きな陰謀があるとしたら、今まさに動き出しているのかもしれない――そんな予感を抱きつつ、俺たちは白一色の世界へと足を踏み出した。
監視所での調査と、失踪した仲間たちの謎に迫る戦いを終え、クヴァルの街は依然として暗く重い空気に包まれているが、我々は小さな勝利と確かな絆を手にした。住民たちの不安を少しでも和らげ、闇の儀式の痕跡に迫る情報を得たことは、次なる戦いへの大きな一歩となる。
まだ謎は残るが、仲間との信頼と共に、俺たちは未来を切り拓くため、さらなる闇へと挑む決意を新たにする。




