封印の間と過去の亡霊
この章では、数々の戦闘を経た新堂 現太と仲間たちが、古代の秘密に満ちた遺跡の奥深くへ足を踏み入れる。ゴーレムを撃破し、重厚な石造りの扉にたどり着いた彼らは、古代文字に刻まれた「闇」と「光」の均衡の謎に挑む。扉を魔力で開けると、そこには荘厳な大聖堂を彷彿とさせる広間が広がり、壁面に刻まれた神々の戦いや天使と悪魔の姿が、長い時の流れと忘れ去られた儀式の痕跡を物語っている。しかし、その静寂を破るかのように、背後から現れた漆黒の翼―いわゆる「黒い翼の男」が、彼らの前に現れ、未知なる闇の力を示唆する。光と闇、古代の謎と新たな脅威が交錯するこの章は、次なる大きな試練への布石となるのだ。
ゴーレムを倒して奥へ進むと、次の大きな扉が見えてきた。それは重厚な石作りで、中央には奇妙な紋様と鍵穴のような穴が開いている。
「これをどうやって開けるんだ……? ただの物理鍵じゃなさそうだけど」
俺が扉を押してみても動かない。すると、パサラが扉の表面を手でなぞり、古代文字を読み解こうとする。
「たぶん……“闇”と“光”の均衡を解き放て、みたいな意味が書かれてる気がする。魔力を使った仕掛けかもしれないね」
仕方なく、俺は扉の紋様に向かって光の魔力を注ぎ込んでみた。すると、扉全体が薄い緑色に光り始め、深い音とともにゆっくりと開いていく。
「おお……やった」
「まるでゲームの仕掛けみたいだな」
ナスティアが尻尾を揺らしながら呟く。彼女も多少緊張しているのか、声に力がこもっていない。
開かれた扉の向こうは、まるで大聖堂のような広間だった。背の高い石柱が何本もそびえ、中央には大きな祭壇らしき台座がある。壁一面には古代の神々や天使と悪魔が戦う様子が彫られていて、いかにも神秘的だが、所々ひび割れて苔が生え、長い年月の放置を物語っている。
「ここが……遺跡の中心部なのかな。妙に冷える気がするけど……」
パサラが肩をすくめる。たしかに空気が凍りついているかのようで、息が白くなる。感じるのは冷気だけじゃない。得体の知れない“闇”の存在をひしひしと感じる。
そのとき、石柱の陰から何者かの気配が伝わってきた。反射的に構えると、背に翼を持つ黒いシルエットがゆらりと姿を現す。
――漆黒の翼。漆黒というより“闇色”と呼ぶべきか、見る者を威圧するような禍々しさを放っている。数日前に聞いた噂の“黒い翼の男”だろうか。
「あなたたち……ここまで来るとは。浅はかだね」
低くくぐもった声が、広間に反響する。男は黒い羽根をわずかに広げ、まるで俺たちを見下ろすように冷笑を浮かべる。
「誰だ……? こんな場所で何をしている!?」
ミレイが声を張り上げる。彼女も黒い翼を持っているが、男の翼とはまったく違う。オーラの質が明らかに“闇”に浸っているのが分かる。
男は答えをはぐらかすように鼻を鳴らす。
「名乗るほどの者ではない。私は“使命”を帯びているに過ぎない。……だが、お前たちが求める答えは、この先には存在せんぞ」
まるで何かを見透かしたように言うその言葉に、胸がざわつく。確かに、俺たちは“闇の儀式”を阻止しようとしているが、こいつがその中心人物なのか、あるいは単なる尖兵なのかは分からない。
「闇の儀式をここでやっているのなら、放っておけない。貴様を倒して止めさせてもらう!」
ナスティアが挑発的に爪を振りかざして叫ぶが、男は微動だにしない。
「はは……倒す? 面白いことを言う。私がお前たちと同じ次元にいるとでも?」
その言葉にカチンときたのはナスティアだけじゃない。俺自身も、舐められたようで腹が立つ。だが一方で、この男から感じる圧迫感は並大抵ではない。
すると次の瞬間、男の背後から闇色のオーラがうねり出し、広間の空気が一変した。祭壇周辺に黒い霧が漂い始め、それが二つの人影を形作る――黒い骸骨武者のような存在だ。
「あなたたち……まだ“試し”が足りないようだ。生き延びたければ、せいぜいあがくがいい」
男の合図を待つかのように、黒い骸骨武者が武器を掲げて襲いかかってきた。その動きはゴーレムよりはるかに素早い。
「くっ……こいつは面倒そうだ!」
即座に構えた俺は光弾を放とうとするが、骸骨武者は闇の盾のような力を纏い、ダメージを最小限に抑えてくる。パサラの光魔法も、今ひとつ効きが悪いようだ。
「だったら……肉薄して叩き潰す!」
ナスティアが爪で突進し、互いに激しい打ち合いになる。霧状の体に見えるが、しっかり硬さを感じる手応えがあるようで、簡単には削りきれない。ミレイが横合いから短剣を投げて牽制しながら、俺は懸命に光の力を高めて再度攻撃を狙う。
「姉さん、私、別の手段を試してみるね!」
パサラが翼を軽く広げると、頭上に古代文字の紋様が浮かび上がる。彼女は昔から“過去の記録”を大切にし、古い魔術の片鱗を使えると言っていた。どうやらその術を今、引き出そうとしているらしい。
「……光の律動を……ここに!」
眩しい輝きが広間全体を照らすと、骸骨武者の動きが一瞬止まり、その身体がグラつく。ここがチャンスだと判断した俺は、最大火力の光弾を連射し、二体を纏めて砕き散らす。
轟音と閃光。部屋中に黒い霧が舞い、そのまま骸骨武者たちは消滅していった。
「はぁ……やったか……」
肩で息をする俺たちを前に、闇色の翼の男は少しだけ楽しそうな微笑を浮かべる。
「ふふ……悪くない。だが、所詮は取るに足らん存在だな」
「何を……!」
ナスティアが食ってかかろうと前に出るが、男は手を一振りすると、黒い渦が足元に生まれ、その中に身体を沈ませていく。
「さらなる深淵を覗くことになるだろう……せいぜい足掻け、異界の力を持つ者たちよ。いずれは、全てが“運命”に収束する」
捨て台詞のようにそう告げ、男は闇の中へ消える。まるで最初からここで“試す”ことが目的だったかのようだ。
静寂が戻った広間で、俺たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。あの男が誰なのか、何の目的でこんな遺跡にいるのか――何一つはっきりしない。
「……結局、儀式の中心人物とは限らないのね。まだ奥がありそう」
ミレイの悔しげなつぶやきに、パサラやナスティアも肩を落とす。
祭壇の周囲に目をやると、何やら古い石碑や呪文書のようなものが散乱している。パサラがそれを拾い上げ、読み解こうとするが、書かれているのは断片的な文字だけ。
「“封印”……“世界の記憶”……“翼を持つ者”……やっぱり、何か不吉な内容が多いね」
「おそらくは闇の儀式に関わる記録かもしれない。でも、核心部分は破れてるようだわ」
ナシアが慎重に調べるが、使える情報は僅かだ。ともあれ、この遺跡が何らかの闇の拠点になっていたのは確かだ。
「まあ、ここまで暴れまわれば、向こうも警戒するだろうな。連中の計画がどう動くか……油断できない」
ミレイは闇色の翼の男を見送った扉のほうを睨みつける。その瞳には悔しさと怒りが混ざっているように見えた。
「でも、これだけは言える。奴らはまだ本気じゃないし、こっちを見定めてる。私たちも早く手を打たなきゃ手遅れになるかも」
こうして俺たちは広間を捜索し、わずかな手がかりを集めたあと、遺跡を後にすることにした。深入りしすぎて、あの男が仕掛ける罠にハマるのは得策ではない。
冷たい風が吹き込む出口を抜けると、光の差す外世界が眩しかった。雪の森を抜けてクヴァルに戻るまでの道のりは厳しいだろうが、ひとまず俺たちは命を繋げたのだ。
(あの翼の男はいったい……。誰かに仕えているような口ぶりだったが……)
疑問は尽きない。それでも、ここで得た情報がいずれ大きな意味を持つことを、俺は何となく直感していた。
激しい戦闘と古代の謎が織りなす一幕は、現太たちの旅にさらなる深みを与えました。扉の向こうに広がる荘厳でありながら不穏な広間、そしてそこから放たれる闇の気配―黒い翼の男の現れは、ただの敵ではなく、背後に隠された重大な謎の存在を予感させます。仲間たちは連携を深め、光の魔法と鋭い武器で闇の力に立ち向かいましたが、敵が残した最後の言葉は、今後の戦いが決して容易ではないことを示唆しています。
この章で明らかになった古代遺跡の秘密と、闇の儀式の痕跡は、次なる展開へと続く伏線です。光と闇、運命と自由――。新堂 現太たちの冒険は、まだ始まったばかりであり、真の脅威に立ち向かう日が近いことを静かに示しています。




