遺跡への突入――守護者の試練
主人公・新堂 現太は、冷え切った客舎から目覚め、窓越しに広がる真っ白な銀世界を前に、昨夜の戦いの余韻とこれからの試練に思いを馳せる。仲間たち―黒翼のミレイ、白翼のパサラ、獣人のナスティア、そして情報商人のナシア―とともに、クヴァルへ向かうための準備を整える一方、彼らの心には不安と希望が交錯している。寒さに耐えながらも、互いに助け合い、固い絆で結ばれた彼らの姿は、厳しい大地における温かい光となる。
クヴァルの街に到着してから二日が経つ。冷え切った石造りの建物の中、俺――新堂 現太は仲間たちと共に、ここで一息つきながら情報を収集していた。しかし街はまるで荒廃したように静まり返り、住民たちも怯えたように外へ出てこない。
聞けば、少し離れた場所にある古代遺跡に妙な集団が出入りしているという。そこでは“闇の力”を帯びた魔物がうごめき、戻ってきた者は少ない――まるで呪われた領域だと。
だけど、立ち止まってはいられない。俺たちは王都での情報やナシアの調査をもとに、この遺跡が“闇の儀式”と深く関係している可能性を強く疑っていた。
「もし本当にそこが黒幕の拠点なら、一刻も早く動くべきよ」
黒い翼を持つミレイが、冷えた宿のテーブルに地図を広げながら言う。彼女の表情には焦りと決意が混ざっている。
「でも、そんなにすぐに行って大丈夫かな……。住民はみんな『そこに近づいたら死ぬ』って口を揃えて言ってるし」
白い翼のパサラが不安そうに呟く。彼女はもともと古代の遺跡に興味があるものの、ここまで危険が噂される場所は初めてだ。
「それを言ったら何も始まらないさ。あたしは早く済ませて、里の問題も解決したいんだから」
獣人のナスティアが尻尾を揺らしながらやる気を見せる。冷たい外気に苛立っているのか、その口調は荒っぽいが、やる気だけは十分だ。
そして、情報商人のアタナシア・キリアがまとめ役として口を開く。
「いちおう地元の案内人を探したけれど、誰も名乗り出なかったわ。みんな“死の森”と呼んで忌避しているし。……仕方ないから、私たちだけで行くことになるわね」
「了解。装備と魔力の点検をして、明日の朝に出発しよう。すぐに決行よ」
ミレイの決断は早い。もともと悠長にしている時間はないし、俺も同意せざるを得なかった。
翌朝――
クヴァルの外れから北東へ向かう。寒風吹きすさぶ中、俺たちは馬車を使わず歩きで進むことにした。道なき道を行かねばならないし、遺跡周辺では魔物の襲撃も想定される。
道中、ナシアが確認していた地図によれば、森を抜けた先に広大な谷があり、その奥に遺跡への石段があるという。雪や氷で足元が滑りやすいが、パサラとナスティアが先導してくれるおかげで、どうにか転倒は防げている。
やがて森の木々が異様な静寂を帯び始めたころ、パサラが立ち止まった。
「……見て、あそこ」
視線を向けると、枯れかけた木の幹に謎の紋様が刻まれている。真っ黒い線で円が描かれ、その中にいくつもの歪んだ文字が並んでいた。
「何だこれ……魔族の文字か? それとも古代語の一種かな」
俺が呟くと、パサラは膝をついてじっと紋様を観察する。
「たぶん古い言語をねじ曲げたような……“封印を解く”みたいな意味合いがあるかも。でも、正確には分からない」
ここが既に何者かの手によって“汚染”されているのは明らかだ。
さらに進むと、森の奥から獣の唸り声が聞こえ、やがて魔物の群れが現れた。イノシシや狼といった姿をベースにしながら、体毛が所々抜け落ち、黒い液のようなモノを垂らしている。まるで闇に侵食されているかのようだ。
「くるよ……気をつけて!」
パサラが光の魔法で先制し、魔物たちの動きを一瞬鈍らせる。ミレイは翼を広げ、瞬時に短剣を投げて数匹を撃退。ナスティアは鋭い爪で肉薄して一掃する。俺も後方から光弾を連射し、狙いを外さないよう集中する。
数は多いが、一体一体の強さはそこまででもない。連携で少しずつ押し返していく。途中、ナスティアが爪で深追いしすぎて危険な場面もあったが、パサラの回復魔法でフォローできた。
「ふう……思ったより厄介じゃなかったな」
戦闘が落ち着いたころ、ナシアが周囲を見渡して言う。
「でも、これからよ。こんな雑魚だけじゃない可能性が高い。古代遺跡の中には“守護者”と呼ばれるゴーレムや、さらに強い魔物が潜んでいるって話だもの」
その言葉どおり、森を抜けると眼前に広がるのは深い谷。霧がかかったように視界が悪く、うっすらと雪が舞っている。谷底にかろうじて石段が続いているのが見えた。
「たぶん、あの石段を下った先に遺跡の入り口があるのね……」
ミレイが眼光を尖らせる。冷たい風に黒い髪がなびく姿が、どこか戦場の騎士を思わせる。
崖沿いの道を慎重に下りると、やがて岩壁に彫られた巨大な門が見えてきた。門の周囲には崩れかけた石柱や、破壊された像の残骸。まるで古い神殿のような神秘的な雰囲気だが、同時に不穏な空気が漂っている。
「ここが……古代遺跡、か。さっきの森の呪いも含めて、どうやら相当に禍々しい魔術を使われてるっぽいね」
パサラが身震いするのを見て、俺は思わず手を握った。彼女を守らなきゃという思いが沸き上がる。
門の先は薄暗い通路で、天井には古い文字や紋様が刻まれていた。石畳を踏むとコツコツと足音が響き、どこかで水滴が落ちる音もする。長年人が入っていないのかと思いきや、足跡のような痕がいくつも見受けられる。
「やっぱり誰かが出入りしてるのか……」
心臓が高鳴る。ここで何が行われているのか知りたい反面、危険が潜んでいるのは間違いない。
通路をしばらく進むと、突然、床が振動するような重低音が響いた。薄暗い広間に踏み入ると、中央に巨大な石像――いや、ゴーレムらしき守護者が立ちはだかっている。
「グウウウ……」
まるで意思を持ったかのように瞳を光らせ、轟く足音とともにこちらへ近づいてきた。
「こいつが遺跡の守護者か……一筋縄じゃいかなそうだわ」
ミレイが構えた短剣を握りしめ、冷静に分析する。ナスティアは攻撃の機会を伺うように低い姿勢を取る。パサラは後方で魔法陣を用意。俺は光弾の最大出力を放てるよう、魔力を高めていく。
ゴーレムが腕を振り下ろすと、床石が砕け散り、凄まじい衝撃波が広間を揺らした。素早く横に転がって回避するが、その破壊力は想像以上だ。
(やばい、まともに食らったらひとたまりもない……)
何とか攻撃を当てる隙を作ろうと、ミレイが囮になって疾走。ゴーレムの足元へ素早く回り込み、短剣で関節部分を切りつけようと試みる。しかし硬度が高く、刃が通りづらい。
「パサラ、光の拘束で動きを鈍らせられないか!?」
俺が叫ぶと、パサラは光の魔法陣を展開。ゴーレムの胴体に光の鎖が絡みつき、動きを止めかける。しかしゴーレムは強引に力を振り絞り、鎖を破壊。完全には封じられないらしい。
「ちっ……ならば!」
ナスティアが駆け出し、ゴーレムの背中をよじ登る。獣人の俊敏性を生かした荒技だ。爪で動力核らしき部分を狙うが、そこには硬い石の装甲が何重にも重なっている。
そのすきに、俺が最大級の光弾を形成。両手を合わせて魔力を集中し、一瞬で放つ。
「これでどうだあっ!」
放たれた光の一撃がゴーレムの胸部に命中。轟音と衝撃で石の破片が吹き飛ぶ。ここぞとばかりにミレイとナスティアが動きを合わせ、亀裂の入った部位をさらに攻撃して削り取る。
やがてゴーレムは呻き声を上げながら崩れ始め、バラバラに瓦礫となって床に倒れ込んだ。
「はあ……なんとか勝てたか」
息を切らしながら呟く俺に、パサラが駆け寄って回復魔法をかけてくれる。彼女自身もかなり魔力を消耗しているようで額には汗がにじむ。
「これが“守護者”ってわけね。……他にもいるのかしら」
ミレイが瓦礫を眺めながらつぶやく。ナシアは周囲を警戒しつつ、足早に奥の扉へ向かう。
「そっちにはさらに大きな広間があるようだわ。もしかしたら、闇の儀式の痕跡が残っているかも」
「よし……行ってみようか」
こうして、俺たちはゴーレムを乗り越えて先へ進む。冷たい空気と闇が満ちるこの遺跡の奥底に、いったい何が待っているのか。俺は胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
闇色の紋様、そして古代遺跡。これらすべてを結びつける“黒幕”らしき気配が、さらに深い闇の奥で俺たちを待ち受けている――。
商隊として北方へ向かう決意を固めた現太たちは、厳しい寒さと不安定な天候の中で、互いの支えを感じながら歩みを進めます。客舎での朝食から、凍える雪道を進む旅路、そして先に見え始めたクヴァルの影―これらは、彼らが直面する新たな試練と未知への挑戦の前触れです。仲間同士の微笑ましいやり取りや、厳しい状況の中で交わされる温かい言葉は、ただ戦うだけでなく、彼らの絆がいかに深まっているかを示しています。
この先、闇の勢力や未知なる脅威がどのように彼らに降りかかるのか、そしてその中で現太たちがどのようにして未来を切り開いていくのか――次章への期待を胸に、彼らの物語は続いていきます。




