8.悪魔の証明
「……あるかどうかも分からないものを追い求めてどうするんですの?」
フィアナは後ろを向いたまま尋ねた。
食堂は教師誘拐事件の後片付け中で皆食事どころでは無くなり、余った食料をアリオンにあげようとウッドデッキまで足を運んだのだ。
「モノにできそうなら手に入れる。手に余るなら売っぱらう」
返事は返ってこないと思っていたので僅かな驚きと、呆れ半分でフィアナは言う。
「どちらも手に入る前提じゃないですか。存在しないとか、手に入らないとか考えないのですか?」
「サブルムフォビアは惑星随一の宗教団体で、特に情報収集能力と資金力に優れている。知ってるか?」
「……何の話……」
「根拠のある噂の出所って事だ。変な教師は行方不明……お前、あの女と離れて出歩いて良いのか?」
背筋に冷たいものを感じ、フィアナはニ、三歩後ろに下がった。
──あの人はね、魔力封じの土魔法を使うの。距離を取れば魔法がかかりづらくなるからあまり近づかないようにね──
「あの女から何か聞いてるな」
距離を詰めるオルフェから慎重に距離を取る。
フィアナは首を横に振って言う。
「ディ・イ・タミラにはそのような物は。仮にあったとしても、わたくしは……家族の中でも地位が低く、近づけない……はずです」
「人質くらいにはなるだろ」
「地位が低いと言うのは!……価値が無いという意味ですわ」
後半は声が小さくなる。
心臓の鼓動が早いのは、緊張しているからではない。言いたくもない事を言ったからだ。
「その時は哀れな女がひとり死ぬだけだろうな」
掴んできた手はひどく冷たい。
「……海底へ向かう手段はあるんですの?」
「そのくらいは用意してる」
「……では夜に」
反論しようとするオルフェを遮ってフィアナは言う。
「昼から出れば海底に着くのは夜です。海獣が活発になる夜に船を動かすなど正気とは思えません……どうせ、休暇中には実家に戻るのですから。拉致より学友を伴って帰宅という体のほうが、事が上手くいくと思いませんか?」
「調子いい事ばかり並べやがって。信用できるかよ」
「それはお互い様ですが……立場は同じでしょう。どちらも後ろ盾が無いのですから」
僅かに風が吹き、フィアナの揺れる前髪から覗く瞳をオルフェは見た。
フィアナの腕から手を離す。
「……時間には遅れるな」
掴まれていた腕を庇うように、目を逸らし物憂げに佇むフィアナの目は他人を拒絶する目だ。
人を信用しない、閉ざされた者の目。
思ったよりあの女と仲が良い訳でもないのかもしれないと判断し、オルフェはフィアナを解放する。
時間と場所を約束するとフィアナは足早にその場を後にした。
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「──どこに行くつもりだ?」
クラスメイト達には万年二位万年二位と大変不本意なあだ名をつけられてはいるが、なんて事はない。出し抜けばいいのはあとたった一人で、その一人を抜きさえすれば万年二位の雪辱は果たせるのだから。
とにかく、万年二位──自身は暫定万年二位のつもりの万年二位はオルフェを引き留めた。
「失せろ」
およそ同年代のものとは思えない恐ろしく冷たい眼光で吐き捨てるように言われ、ひゅっと万年二位は息を飲んだ。
「ま……まあ、まあ、待て。ここは寮だぞ。抜け出れば速攻で通報されるぞ。だが実際はどうだ?みんな好き勝手抜け出てる。通報されてない」
事の重要性を説くように、手振りは大きく、騒ぎにならぬよう声は小さく万年二位はオルフェに言う。
「みんな協力し合ってる。一人ではうまくいかない」
構わず出て行こうとしていたオルフェは足を止めた。
「……見返りは何だ」
「外に飲料販売機がある。炭酸買ってきてくれ」
「………………はぁ?」
「ん?嫌いなのか?」
「……そうじゃねえ」
もっと強請れよ、とオルフェは小声で呟いた。
「君、炭酸を馬鹿にするなよ、それを倍価で他の生徒に売り捌くんだからな」
言いながら万年二位はオルフェに金を渡し、続けて言う。
「おい、その金でいかがわしい物を買うような想像はするなよ、僕には金がいるんだ──参考書は結構高い。あの女は学力でしか殴れない」
お人形顔の凶悪万年一位には魔法と体術で勝てる気は全然しない。
やるなら学力一本勝負。
オルフェは一瞬なんというか変な顔をした。
オルフェはリリーと旧知の仲だというし、腑に落ちたのかもしれない。
警備の穴をつくルートを記したメモを渡し、オルフェと別れた万年二位だが、周囲を射殺しそうな顔つきのオルフェの崩した顔に少しだけ興味を持ち……こっそり後をつけた。
リリーは何にでも首を突っ込むお人好しな性分で、そこにも強さがある気がしていた。
彼は一体どこに行くのだろうか、とほんの興味本位で首を突っ込んでみたのだ、その時は。
「──と、いうわけなの!!」
深夜の闇に紛れ、こっそりと水泳場の更衣室に潜り込んだリリー達はクラスメイトから事のあらましを聞き出す。
曰く。
抜け出すのでアリバイ作りをして欲しい、と懇願するフィアナの話を聞けば、大変動揺してどうもリリー達と合流するつもりではないらしい。
対して男生徒(万年二位)、寮で堂々と抜け出るオルフェを引き止め、その後をつけたところでフィアナを心配しあとをつけた女生徒とかちあい……
「恋人同士の甘い雰囲気じゃかったよ」
「脅されているようには見えなかったが……フィアナさんとはタイプが違いすぎるからな」
糸の切れた凧のようなロマネスト人とは違い、謹厳実直なフィアナとオルフェではタイプが違いすぎる。
各々証言するクラスメイトに、
「話は大体分かった、すぐ追いかける。噂が立てば困る事もあるだろう、ロマネストを離れる事は上手いことはぐらかしておいてくれ」
とヴィントは言う。
「それはかまわないけど……帰ってきたら何でオルフェさんと仲が悪いか教えて?」
女生徒の問いにヴィントはげんなりし、リリーは後ろで口元に手を当てた。おっ?あれは事情を知ってる顔。
「三日かかる」
「夏期休暇は貸しコテージみんなで泊まるってやつね!」
「三日だと?もっと要領良く話せるだろうもったいぶるな、勉強の片手間で良ければ聞いてやる」
メガネを押し上げながら僕は親が貸しコテージ持ってるなどと男生徒は言い、ひゅーやるね、決まりじゃん!と女生徒は盛り上がった。
「みんなでお泊まりはちょっと惹かれるかも」
リリーはヴィントを期待の目で見た。
ヴィントは肩をすくめる。恋人に言われてしまってはスケジュールはほぼ決まりのようなものだ。
「あと何でメイドと執事のコスプレしてるかも教えて!」
急いで来たので着替えを失念していた。
もうこのまま行くしかない。
「無事帰ってきたらね」
水泳場に魔法で船を呼び出し、リリーとヴィントは乗り込む。
「君、何でも持ってるな」
渋い顔の男生徒に、
「ホント、何でも持ってそう!国とか惑星とか」
女生徒はキラキラ笑顔で言った。
「少々持ちすぎて荷が重いが……こういう時には役に立つ」
とヴィント、二人は行ってくるね、と挨拶してハッチを閉めた。
「持ちすぎて荷が重い、だって……」
「人生で言うやつそう居ないな……」
クラスメイトは波間でぽつりと呟いた。
お読みいただきありがとうございます。
ロマネスト編終了となります。
次回からは二章、深海編となります。
ストック分は出し切ってしまったので不定期更新ですすみません……