7.ご主人様を探して
リリーは白いお皿に肉を取り分けるとソースをかけた。
余計に跳ねたソースを拭きとり、付け合わせの野菜を添える。
「あ、あの……このキッチン初めてで……上手く焼けたかどうか……」
もじもじしながらヴィントに差し出す。
「大丈夫。いただこう」
「はい!」
リリーは笑顔で黒い光沢のあるツイル生地のスカートを翻した。
白いブリム型カチューシャとエプロンが眩しく、モノトーンであつらえた様相はどこをどうみてもメイドだ。
「メイドが俺たちの肉焼いて食ってる」
「何でメイド?」
「ってかあいつ誰だよ……」
「しっ。静かにしてろ。またボコボコにされるぞ」
縛られて床の隅に追いやられた本来の部屋の主人たちがひそひそと話す。
「私たちクルカン様に使える家政なんですけどぉ、主様の行方が知りたくって」
あ、おにく美味しい、といまいち緊張感に欠けるメイドの少女がもぐもぐ飯を食っている。
「嘘つけ。どんなメイドだよ。態度デカすぎるだろ」
「えっ。それはぁ──」
リリーは目線をちょっと斜め上に見た。
あっこれ今理由考えてるやつ。
「主人はこのように振る舞えと」
さらりとヴィントがこともなげに答える。
どんな主人だ。
「俺たちはその……クルカン?って男のことはよく知らねえよ。上の奴らが連れてっちまった」
「どこに?」
「そこまでは……」
「ワインを開けるか」
「これが一番高そうなやつでした」
「待て待て待てちょっと待て!」
突然現れた謎のメイドと執事に蹂躙されたとあっては示しがつかない。
すでに高い肉は焼かれている。
これ以上の被害は防がなければ。
「い、今思い出すからちょっと待ってくれよ……」
「時間稼ぎか?」
「高そうな食器は全部貰って帰りましょうね。主様が喜ぶかもしれません」
いち、に、さん、と銀食器を数え始めたメイドを必死で止める。
……何だコレ。新手の強盗か?
「アリオンが!アリオンがどうとかって言ってた!」
「……アリオン?」
「細かい話は知らない!けどアリオンに関する何かで金が手に入るみたいだ」
「……密猟か?」
「執事サンはサンティークの眼を知らないのか?外での悪事は馬鹿でもやらないぜ」
魔法都市はロマネストはサンティークの眼と呼ばれる魔法による警備システムがひかれており、例え保安官が夏季休暇を長めにとろうとも犯罪が見落とされる事はない。
……故に地下や家屋の、内々の犯罪が横行するのだが。
違法カジノは最たる例だ。
「……ここ数日で銛漁の噂を聞いた事は?」
「冗談じゃねえ。銛ひとつきでサンティークに焼かれるか海獣のエサだろ。そんな命知らずがいるもんか」
「なるほど」
話を聞き終わるとヴィントはドンとテーブルに金貨の山を置いた。
「肉代。それと口止め量」
「主様をご愛顧頂きありがとうございます。では、わたくしたちはこれで〜」
メイドはスカートの裾を持ち上げて綺麗なカーテシーを披露する。
合わせて執事もボウアンドスクレープで挨拶をする。
思わず見とれているとはらりと魔法で拘束していた縄が解かれた。
「頭目が帰ってくる前に取り分は分けた方がいいぞ」
ヴィントは忠告するとリリーと窓から退室した。
均等だからな!と金貨を取り合う悪漢のひとりがいやここ三階だよな?と窓の外を伺う。
怪しいメイドと執事は跡形もなく消え去っていた。
「ふふ。主様きっとお喜びですね!」
「ああ、感動で涙が止まらないだろうな」
窓から飛び降りて翼で夜空に舞うふたりはくすくすと笑った。
クルカンをただ探すだけでは割に合わない。
少し痛い目に合わせてやれとリリーとヴィントはメイドと執事に扮して主人を探し回った。
自分たちの面を割らずに損害は全てご主人様に請け負ってもらう寸法だ。
屋根に降り立ったリリーはくるりと一回転をする。
「どうですか?メイドさん」
月の光を浴びて白く輝く紫がかった白銀の髪も、メイドエプロンやブリムカチューシャも、闇に溶け込みそうな黒いワンピースも瞳も愛らしい。
「とても可愛いが主人が気に入らないな。賃金は多めに払うから私に主人を鞍替えしないか?」
ヴィントは後ろからリリーを抱きすくめて言った。
頭頂部にそっと唇を落とす。
くすぐったそうにリリーは肩を窄めて笑う。
「およめさんと兼業できますか?」
「それはもう。公私共に朝から晩まで生涯全部占有させてくれ」
プロポーズ?ふふ、とリリーはまた笑って向き直った。
首に腕を回して抱きつく。
「生涯追いかけたくなるくらい毎日夢中にさせちゃうね」
後輩のミュシャとアルドラは幼馴染みで、春から留学生としてロマネストにやってきた。
初めての留学、心細かろうと両家の計らいでふたりは寮ではなく同じアパートに暮らしている。
つまり、両家公認の恋人同士なのだ。
お邪魔します、と小声で挨拶をしてリリーとヴィントは窓から後輩たちの家に入った。
「やはりご存じだったのですね」
窓枠に腰掛けて靴を脱いでいると後輩の一人、アルドラが話しかけた。
「……まぁ」
「ということは、」
「大体想像の通りだ」
「分かりました」
すっとリリーはミュシャに寄って、
「ねぇ、男の人ってちょっと言葉足らずな所あるよね?」
今ので何が分かるの?と言うと、ミュシャはこくこくと強く頷いて、ありますありますそういうとこ!と同意した。
あとでな、とヴィントはリリーの頬を人差し指でむにむにした。
アルドラはじっと自分の手のひらを見つめる。
恋人に対して、自分に足りない所は……そう言う所なのではないか?
いや、いくら恋人だからといってそう無遠慮に触って良いわけでは無い、いやいや、そんな事を言ってるからいつまで経っても距離が縮まらないのでは?
いやしかし。
だがしかし。
意を決してミュシャに触れてみようかと思い立った所でお茶淹れてきますね、とミュシャはキッチンに向かってしまった。
アルドラは僅かに──ほんの僅かに、頭頂の獣耳がしゅんと下を向いた。
「そもそもあんなに借金を作れるほど豪遊できる所は数多くありません」
魔法都市ロマネストの人間は商売っ気が無く、お金に興味の無い人間が多い。
ここなんですが、と魔法で空間に投影する液晶をアルドラが示す。
「クルーズ船?」
「外資系の企業が運営していて、ご丁寧にロマネストの為に魔力の高い人間を雇って運営しているようです」
リリーとヴィントは画面を見て考え込んだ。
ロマネストは惑星全体が魔法使いの国で、魔力が高い者以外は入国できないようになっている。
九割が海で締め、潮汐で陸地がしょっちゅう消滅するこの惑星では呼吸や水圧、体温など魔法で調整する術が無ければ生きていけないからだ。
その時ピリリ、と通信機の呼び出し音が室内にこだまする。
お茶を用意していたミュシャが慌てて応答する。
「はい、どうかし──」
『リ、リ、リリーさん!リリーさん!!』
突然のリリーの名前の連呼に全員で顔を見合わせる。
声の主はクラスメイトで、寮にアリバイ工作を依頼した女生徒だ。
『誘拐!誘拐だよ!』
確かにクルカンは誘拐されたが──……
『留学生!新しくきた人!フィアナさん連れてっちゃった!』
思いもよらない人物の名前に全員が立ち上がる。
「オルフェ!あいつ!」
「フィアナさん!どうしよう……!」
女生徒の呼びかけでフィアナたちの元へ急ぎ向かった。