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アンタレスの誘惑  作者: はなみ 茉莉
ロマネストの夏期休暇
7/24

6.有翼種は治外法権だ


「これは…………」


進むにつれ濁ってくる海水。

抉れた地面にリリーとヴィントは言葉を無くす。


「地面を擦ってる……ケートスが押し負けた……?」

「気をつけよう。彼らはとても耳がいい」


魔法で自身の魔力と気配を消してそっと近づく。

海獣たちは目が悪いので視覚では気がつきにくい。


(大きいわ……!)


近づくにつれて地面に横たわる鯨型の海獣──ケートスの姿が見える。

アリオンに攻撃されて力尽きたのだろうか。

黒い巨体からは生気を感じられず、ぴくりとも動かない。

ぴゅう、と甲高い鳥のようなアリオンの鳴き声が遠くで聞こえる。


「リリーさん」


後ろから腕を引かれ、リリーは驚く。


「フィアナさん!」


急いで来たからだろう、いつもの人型の姿ではなく人魚族本来の、腰から下が魚の姿である様相に戻っている。


「アリオンが、アリオンの声が、助けを求めています!」

「助け……?」


この繰り返し聞こえるぴゅう、という鳴き声は助けを求める声なのだろうか。

フィアナを託した後輩たちも遅れてやってきて様子を伺う。


「ここから先、ケートスの頭付近にアリオンの気配がします」


砂煙で濁った水の先を獣人の後輩が指を差す。

ケートスの親の襲来を警戒してヴィントとリリーは上空に上がり、フィアナと後輩はケートスの頭部を確認しに行った。


「銛突きの跡がある」

「まさか……」


ヴィントの指摘にリリーは絶句した。

基本海獣を銛漁する事はない。

海の生き物は獰猛で執念深く、一匹手負いにしただけで報復で町が滅ぶ事は古くから言い伝えられている。

法的にも違法であり、ケートスの亡骸に深く残る傷跡は不穏だ。


教師の努力だろう、ふいに上空に赤い魔法陣が浮かび上がり、校内全体に結界がかかった。

魔法で海水が引いていくにあたって二匹のアリオンも帰っていく姿が見えた。


「大丈夫だった?」


ケートスの亡骸の元へ戻るとリリーはフィアナに声をかけた。


「ええ……アリオンが一匹ケートスの下敷きに。おふたりの力添えあって無事救出できましたわ」


フィアナは後輩二人に目線を送って言う。

思えば片方が下敷きになったので助けを求めるアリオンの声だったのだろう。

力尽きたケートスは……何者かの銛漁に追われ、親とはぐれたのだろうか。

神妙な顔をするフィアナを後輩たちが気遣う。


「校内に戻ろう」


ヴィントの声に皆物言わぬケートスの亡骸が残る校庭を後にした。






教師たちは緊急会議に入ってしまい、生徒たちは教室に放置されている。

一応自習と指示されてはいるが、興奮冷めやらず皆雑談に興じている。


「クルカン先生のこと、リリーさんが救出してくれたらなあ」

「保安官に任せておけばいいだろ?」

「もうすぐ夏期休暇だよ?保安官が仕事すると思う?」

「しないかあー……」


すんと押し黙って後方の気配を探る。

「海水が寒かったの」「ケートス大きくて怖い」など声が聞こえた。

皆やや荒っぽく机に頬杖をついたり体を伏せたりしてゴン、と音が鳴った。

普段はだらしがないと咎める立場にあるフィアナも皆に倣ってちょっと頬杖をついてみた。

……意外と心地よい。

心地よいからこうして生徒たちは教師がいないと体を崩して座るのかもしれない。


「海水寒い。感じた事ある?」

「ないない」

「ケートス怖いて。前に自分より倍ある獣人後輩バリバリ倒してなかった?」

「倒してた倒してた」


ちらっと皆後方を見た。

見てから後悔した。

後方に座るヴィントは背中のドラゴンのような大きな翼を自身を抱き込むように体に回しており──何だか巨大なコウモリのようだ。

教室に戻るなりリリーはふらふらと「おうちかえる……」などと嘯き、ヴィントの懐に籠ってしまった。

……家か?家か……

時々ごそごそと体を動かしながら寒い怖い言っている。

どの口が。

リリーはヴィントの翼の内側から首だけにゅっと出して、


「私はクルカン先生を探しに行ったりしないからね!私だって、私だって、夏期休暇満喫したい……!」


とだけ言うとまた引っ込んでしまった。

勉強しろよ、っていうか君自分のクラスに帰りなよ、と万年二位の男生徒が小さすぎる声でぼそりと言った。


「夏期休暇はヴィントとふたりっきりで無人島に行くんです」


おお……とクラスメイトたちは色めきたつ。

そわそわ顔でふ、ふたりきりで何するんだよ、と男生徒。


「それはもちろん……やる事はひとつ……」


や、やだ、何聞いてるのよおとオーバーリアクションで男生徒をばしばしする女生徒の勢いにフィアナはのけぞって避けた。


「修行です!!普段使えない大魔法とか!ばんばん使って!鍛えるの!!」


にゅっとまた首を伸ばして力強く主張したリリーの頭をヴィントはなでなでしながら、よしよし、いっぱい強くなろうなと言いながらしまった。


……まだ強くなるのか……


最近スクワットが一日二千回いけるようになったんだけど、まだまだで……などとリリーはヴィントの翼の中でもごもご言っている。

陶器人形を思わせる繊細な体躯で一体何を言っているのかよく分からない。

有翼種ゆうよくしゅは治外法権だ!!と万年二位が金切り声で叫び、しばらくクラス内で流行る迷言となった。








「結局助けに行っちゃうの、先輩の良い所だと思います」


紫色のセミロングボブがよく似合う後輩、ミュシャが言った。


「できる限りサポートはしますが、相手がよく分かりません。充分に気をつけてください」


能力的に不足はありませんが、大人は狡い所がありますから、と語る赤毛の狼獣人の後輩、アルドラはかつてリリーに()()()()()をいただいたことのある一人だ。


「……他の生徒の手前黙っていたが、奴はわざと捕まった可能性も捨てきれない。慎重に行く」


と、ヴィント。


「わざと……確かにあの人強いもんね。何か理由があるのかも」


それなら尚更捕まえて聞き出さなきゃ、とリリー。

皆が寝静まった深夜に違法カジノを回ってクルカンの行方を探す戦法で、リリーは寮生活なのでアリバイ工作はリリーと同室のフィアナと後輩ミュシャに託す予定だ。

しばらくは寝不足が続くだろうが、あと一日で夏期休暇だ。二重生活は長くない。


「じゃ、行ってくるね」


後輩に挨拶するとリリーとヴィントは夜の闇に消えた。








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