3.才女のスパダリ
遠く遠く星の彼方、エライユという惑星から留学生としてやってきたリリーという少女は、見目美しく、背中に白い翼を持つ稀少な有翼種、何をしても成績優秀で人当たりも良いとあって、誰もが彼女を注目した。
そして遅れて留学生としてやってきた、彼女の恋人だというヴィントという青年にも注目が集まるのは当然の事だった。
ヴィントも俳優かモデルかという程顔立ちが良く……やっぱ顔かあ、と才女の恋人について男生徒たちはため息をついた。
「ばかねえ、お金よ、お金」
と女生徒。
曰く。
宇宙を航行するには一般的に生涯年収と等しい金がかかる、と言われている。
惑星エライユという彼方の星からやってきた時点で金がある、には間違いがないが。
何をどうしてそうなったのか、リリーとヴィントは同時期に留学せず、一度リリーを送り届けてからヴィントは遅れて留学している。
何度も船を飛ばせる財力があるのだ。
「親の金かもしれないだろ」
と男生徒、
「親の金か国の金だとしてもよ、あの人ロマネストの一等地に家建てて暮らしてるのよ。どんな権力よ」
と女生徒は言う。
ヴィントは寮には入らず、魔法都市ロマネストに屋敷を構えて暮らしている。
留学生の身分で家を建てられるとは、財力だけの問題ではない。
「あの人はねえ、リリーさんのスーパーダーリンなのよ!」
女生徒は力説した。
その噂の男、ヴィントを標的として攻撃を仕掛ける新しい留学生──オルフェ。
いったいどんな因縁だろうか、爆発で皆一度は逃げ出したものの興味津々で隅から覗いている。
防護魔法で無事だった一角に悠然と足を組んで座るヴィントは美術彫刻のように美しく──足を組み替え、軽く鼻から息を吐いた。
「それで?わざわざご丁寧に挨拶に来たのか?お利口だな?」
そう言うとふっと笑った。
あ、煽った──!?
「テメェ……今日という今日はぶち殺して やづ」
オルフェは最後まで発言する事が叶わず、背後からいきなり殴られた。
なんかちょっと分厚めの魔法書である。
「おまっ、」
「ふんっ!!」
勇ましい掛け声と共に追撃、オルフェを失神させたのは校内一の有名人。
才女・リリーである。
「あ、あー……コホン、」
リリーはわざとらしく咳払いをすると話はじめた。
「ここは魔法学園ですから、魔法を学ぶのは大事な事です。でも時には、武力も必要な時があります」
じゃそういうことでオホホと皆が呆気に取られているうちに気絶したオルフェの足を片方ずつ恋人と持ってひきずって退室してしまった。
どういう事?
フィアナは研究室の扉を恐る恐る開けた。
案の定研究室の中は大騒ぎだ。
「どうしてあの人学校に入れちゃったんですか!」
「返答次第ではただではおかないぞ!」
「や、もう既に!ただ事ではないよねこれ!?」
椅子に座った教師をヴィントががっくんがっくんと襟首を掴んで揺すり、その横でリリーが教師の肩口をぼこぼこ叩いている。
例の新留学生は……何か雑な感じに長ソファーに投げ捨てられていた。
フィアナはできる限り遠回りして新留学生を避けて通り、リリー達のそばに寄った。
「……また同郷の方なんですの?」
リリーとヴィントと同様、この教師も惑星エライユの出身であるという。
違う、とリリーとヴィントは双方否定を唱え、リリーは
「クルカン先生たちのせいでエライユが変人御用達みたいな印象になったじゃないですか」
と言った。
あっはそれ僕のせい?と教師──クルカン・アウラングはへにゃりと笑った。
「同郷でないとして、知り合いであるならこうなる事を想定していなかったんですの?」
フィアナは呆れた口調で問い詰める。
「想定してたけど?」
「想定してたけど……?」
「面白いからいっかって思って」
退職届、退職届、と呟きながらリリーは教卓を漁った。
「退職?人生から退場するか?」
物騒な事この上ない台詞がヴィントの口から溢れた気がするが、気にしたら負けだ。
クルカンは襟元を正すとふふんと自信ありげに語った。
「僕はね?教師って天職だと思うんだあ」
「どの口が」
「他人の人生上から目線って最高!」
「今までありがとうございました」
ヴィントとリリーから次々突っ込まれ、退職しないよ!?と掛け合う三人にフィアナはため息をついた。
結局新留学生との関係性は不明な上に何の解決策も出ていない。
「いちいち暴れてないで、大人しくしてなよ?そしたら君の望むものが返ってくるように掛け合ってあげるから」
いつの間にかソファーで伸びていた新留学生──オルフェはむくりと起き上がり、クルカンの問いかけを黙って聞いていた。
……望むもの?
「……………………その女。今後カドのある物持たせるんじゃねぇぞ……」
リリーはささっとヴィントの影に隠れると、では面で、と小さい声で答えた。
一触即発、また大騒ぎになる前に寮には門限がありますから!とフィアナはリリーとヴィントの背を押して強引に研究室から転がり出た。