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アンタレスの誘惑  作者: はなみ 茉莉
突然始まる遭難生活
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25.ひとの心は更に難しい




出口を探してオルフェと歩くリリーはため息をついた。

もう話しかけるなとオルフェににべもなく言われてしまう。

相当怒ってるに違いない。

それもそうだ。恋人が危ないからといって魔導書で殴っていいなどという法律はない。

たとえヴィントが危険だったとしてもそれはそれ、殴る事はこれはこれなのだ。

司法なら完全に負けている。


リリーは何とか謝ろうと思うものの、そういう雰囲気ではない。


仕方なくこれまでの事を振り返りながらこの先どうするのか考えることにする。


連れて行かれたクルカンの行方……これはオルフェとは関係が無さそうだ。

例の宗教団体との関係は分からない。

無くなったアーティファクト、アリオンの涙の行方……これもあまり追及せず保安庁任せにした方が良さそうだ。

あまり首を突っ込んでは友人や後輩たちまで危険に晒してしまうかもしれない……もう充分首を突っ込んでしまった気もするが。

発砲してきた集団は今ごろヴィントが捕まえている頃だろう、こちらも保安庁送りで良さそうだ。


……クルカンの行方を追うつもりが……謎ばかり、増えている、ような?


「……サブルムフォビアには派閥が二つある」


リリーは目を丸くしてオルフェを見る。

もう会話するつもりはないのかと思ったのに。


「……宗教を布教したい穏健派と、異教徒は全部殺したい過激派だ。お前、新興宗教って分かるか?」

「えっ?えーっと……できてからまだ日が浅い宗教のこと?」

「規模の小せえ新興宗教が異教徒を皆殺しってどんだけイカれてるか、分かんだろ」


確かにそれは尋常ではない。


「元々アリオンの涙の奪取を計画したのは過激派だ。俺は奴らより前に回収を命じられたにすぎない」

「……でもあの人たち、オルフェが持っているような口ぶりだったわ」

「考えられるのは内部分裂して横槍を入れてきたか……本当に無関係の第三者か」


……第三者は困る。話が余計にややこしくなる……!


「……ディ・イ・タミラにはかなり人間が入り込んでた。相当計画を練ってるんだろうな……一度教団に戻って探ってくる……後は分かるな?」

「………………えっ?」


急に話を振ってこられて、リリーは声を上げる。

何も分からない。


「……チッ」

「えっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!」


リリーは焦って脳内を高速回転させる。

分かるな、って、何を!?

ディ・イ・タミラに人が多くて!?アリオンの涙を奪った犯人は過激派または第三者で!?あとは分かるなって!?何も分からない!謎しか増えてない!しかしここでオルフェの神経を逆撫でしては本当に謝るタイミングを逸してしまう。


「……あっ、えっと、その、教団に戻ってる間の事でしょ?ま、任せて?」


当たり障りのないふわーっとした返事をしてしまう。

本当に分かっているのか疑わしい、とオルフェの無言の目線が突き刺さる。


「……どうして、そんな危ない宗教団体に身を寄せるの?偉い人が人格者……とか…………」


追求から逃れるために思わず口から出た質問だったが、オルフェは目を逸らして小さい声で呟いた。


「宗教には興味ねえよ。俺に必要なのは求心力だ……」


いつもの怒った顔でも、不機嫌そうな顔でもなく、全てを拒絶するような顔を見てリリーは言葉が途切れた。


まるで神などいない、と、決めつけるような顔つきだった。









洞窟を抜け出した先は浅瀬で、船が停まっている。

先程の宗教団体の乗ってきた船だろうか。

リリーとオルフェは草影に隠れると様子を伺う。


「……さっき言ったこと忘れるなよ」


言い捨てると乗り込む気なのかオルフェは立ち上がった。


「ま、待って。危ないよ。私も行く!」

「引っ込んでろ。お前が来ても足手まとい──」

「──足手まとい!?」


ついていくつもりですでに臨戦体制、そこら辺の木の棒を拾ったリリーとオルフェは睨み合ってお互い口籠る。

足手まといという可能性はちょっと無い、むしろリリーの方が強いまである……という空気感。


「──っ引っ込んでろ!!」

「あっ!やだあ!」


しゃがんでいたリリーの頭をぎゅーぎゅー地面に向けて押して立てないようにするオルフェに、やだひどい髪やめてとリリーは抵抗する。


「貴様本当にそこら辺の岩にくくりつけて沈めてやる!!」

「んがっ!」


感動の再会……ということにはならず、乱入したヴィントが飛び蹴りでオルフェを吹き飛ばし、砂地で取っ組み合いになる。

リリーはしばらくぽかんとしていたが岩……岩……と岩を探し始める。


「もう!何で!あなたたちいつもそうなんですの!?敵陣の前で始めるのどうにかならないんですの!?」


ヴィントの瞬足に置いて行かれたフィアナが遅れてやってきて声を張り上げる。

一同はっとしてヴィントはリリーを、オルフェはフィアナをひっつかんで再び草影に隠れた。


何か言おうとしたオルフェの合間にフィアナは体を捩じ込ませて、


「わたくしがここ!もうっ!離れて!距離をとって!いちいち喧嘩するのはやめてくださいませ!」


憤慨した。

確かにその通り、フィアナが正しい。

四人揃って草影は手狭だが、しゃがみこんで小声で会話する。今更ながら。


「……船内は防音が効くんですの?あれだけ大騒ぎしたのに……」

「船の性能までは……」


フィアナの問いにヴィントが答える。

オルフェは無言で立ち上がると、


「俺は行く。お前らはここに」


いろ、と言うまでもなくヴィントに上着を引っ張られ止められる。


「やめろ!危険なことはするな!」

「お前らといても碌なことにならねぇ!仲良くする気はねえって何度言えば──」


乱暴に船の扉が開く音がして、リリーもオルフェの上着を引いたのでさすがに耐えきれずオルフェは後ろにひっくり返った。

怒号を上げそうになるオルフェの口をフィアナは必死で塞ぐ。


「あーあ。大して強くもねぇくせに手間かけさせやがって」


ひとりの髭を生やした壮年の男が、縛られた男たちを砂地に降ろし、ガンと靴先で蹴った。

フィアナはん?と首を傾げる。髭の男には見覚えがある。

あれは確か──……


「アレお前んとこの部下だろ。ガラ悪ィな。海賊かよ」


フィアナの両手を自身の口から引き剥がしてオルフェが言う。

そうだあの男!

ヴィントの屋敷の庭師ではないか、とフィアナは思い出す。

はぁ、とため息をついてヴィントは顔を手で覆った。

部下?とリリーに目線を向けるとははは、と乾いた笑いで躱されてしまった。


「金目のものがこれっぽっちもない!しけてるー!」

「しけてる!」


カンカンと軽やかに船の階段を駆け降りて子供がふたり降りてきた。

こ、子供……?

フィアナが驚いて見つめていると、


「あれお前のところの双子だろう。ガラが悪いんじゃないのか」


今度はオルフェがリリーとヴィントからつんつんなじられている。

お前のところの、ということはオルフェが面倒をみている身寄りのない子供のことだろうか。


……ということは、どういうことなんですの?


さっぱり状況が飲み込めずにフィアナは首を傾げた。












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