24.心の内側
早さが主導権を握る戦闘において、銃というのはかなり上位に位置する武器だ。
銃に対抗する様に魔法はより呪文が短縮化され、無詠唱化され、銃は銃で魔法と複合型へと発展を遂げる。
しかしどんな強さを誇ろうとも、所詮使い手次第というわけだ。
「…………穴からふたりを探すんですの?」
オルフェが所属する教団の者だという男たちは銃を所持しており、フィアナはどこまで通ずるのか分からないが腹を決めていざ戦闘、という、腹を決めて、のあたりで雌雄は決してしまった。
男たちは反論の余地なくヴィントに気絶させられ、ヴィントは底が抜けると危ないからそこを動かないように、とフィアナに伝えると慣れた手つきで男たちを縛り上げた。
「いや、魔力でどこにいるかは追えるから……落ちた先は洞窟だろう。出口を探そう」
その場を後にしようとするヴィントにフィアナは遠慮がちに声をかける。
「この……ひとたちはこのまま、ここに置いていっていいんですの?」
はぁ、とヴィントは軽く息を吐いて額に手を当てて顔を覆った。
すぐに顔の前に手を掲げ話す。
「……すまない、その、焦っていて、」
男たちを引きずっていくと木の根元に縛り直した。
「リリーは……その、すごく可愛いから、」
「はぁ」
前振りなく突然惚気るのはやめて欲しい。
おかげさまでフィアナはぎりぎり相槌ほぼため息の返事をする羽目になった。
「あいつが、リリーの事を好きだと言い出したら……」
「心配はそこでいいんですの?怪我がないかとかそういう……」
「それは多分大丈夫だろう」
「はぁ……」
ヴィントはまともそうに見えて、リリーが絡むと大概おかしくなってしまうのだ。
……出会った頃はもう少し……精巧な人形のような整った顔をして、余裕がありそうな……そう、大人っぽくて素敵、などと学友から囃し立てられていたのだ。
「もしあいつが何か良からぬ事を言い出したらどこに埋めればいいか……」
「リリーさんに手を出す人をいちいち埋めていたら土地が足りなくなりますわよ」
人が良く愛想も良いリリーは人気があるのだ。
様子のおかしな彼氏が財力と謎の権力をちらつかせて背後霊のごとくはりついていなければもっと人が寄っていただろう。
「土地を……」
「土地を増やす計画はおやめくださいませ!」
止めなかったら何かそこらへんの無人島でも買いかねない。
洞窟の出口を探しに歩きながらフィアナは少し考えた。
──本当にオルフェがリリーの事を好きだと言い出したら?
嵐に動じず適応力があり、洞窟に落ちたオルフェを助けだそうとする胆力もあり、フィアナには何一つ、持ち得ない要素だ。
湧き上がる感情がちくりと胸を刺す。
今はそんな事、考えてる場合じゃないのに。
「──早くリリーさんを探さないと……わたくし、やっぱり、リリーさんの側じゃないと。どこでもやっていける気がしませんわ」
半分、自虐。
ひとりでは何もできないと。
茶化さなければ、内側から溢れたもので溺れてしまう。
「できればそうしてくれ。あの子は人から必要とされたがってる」
歩けそうか?とヴィントはフィアナに声をかけてから続ける。
「リリーは親を亡くしてから……もうずっと寂しいと言えないでいる。人から必要とされる事で、寂しさを埋めている」
リリーは誰にでも手を伸ばす。
優しさの、心の内側。
ディ・イ・タミラに助けに来てくれた時、大丈夫?怖かったよねと飛び込んできたリリーは泣き出しそうで。
いつだって自分のことばかり、リリーの気持ちを本当に汲み取ろうとしたことがなかった。
愛している恋人がいるのだ、ふたりきりで過ごしてもいいだろうに無邪気にフィアナを追う所はリリーの幼さなのだと思っていた。
「慣れない事は緊張するよね、私はボタンのかけ方が違ってたらどうしようとか、フォークの持ち方が違ってたらどうしようとか、あぁあとね、大勢で寝る時は枕投げするっていうのは実は物語の中だけなんじゃないかって思ってたの──」
「……本当にあるんですの?枕投げ?」
たくさんの気遣いと同調のあとに、いつも少し笑える話を混ぜ込んでくる。
投げちゃった!と言って軽やかに笑っていたリリー。
あの時も。
リリーに黙ってディ・イ・タミラに戻った夜も。
本当は、寂しかった?
「……振り回しすぎて、愛想を尽かされてしまったかもしれません」
振り回す、復唱してヴィントは神妙な顔をした。
失礼、とフィアナの腕を取り歩きやすいように支えると、
「本物の振り回しのプロは、裸で歩き回ったり住居を吹き飛ばしたりしていたが……」
まさか君も?と目線に言葉を含めた。
「ち、違いますわ!何なんですの!振り回しのプロって!?」
「そうだろうな、フィアナさんは至って真面目だし……私も振り回し力が足りなすぎてリリー逃げられてしまった」
「振り回し力」
そういえばヴィントはリリーを追いかけてここロマネストまで来たのだった。
振り回し力についてのくだりはさすがに場を和ませる冗談だと思いたいところだが……クラスメイトが緑色に変色しても、机と一体化しても「あら、まぁ……」くらいで治してしまうリリーには確かに胆力があった。
「わたくし、この歳で人との付き合いかたに悩みを感じるようになりました……幼さを恥じ入ります」
「悩めるくらいが丁度いいんじゃないか?」
「そうでしょうか……」
兄は何故、両親は何故、友人は何故と思ったところでどうにもならないのに……
オルフェの事を考えるともっと悩みが深くなる。
フィアナは深くため息をついた。
「わたくしの許容量に問題があるというのは分かりました」
「壁にぶつかった時が伸びしろじゃないか?」
「……ちょっとこう、焚きつけるみたいな言い方じゃありません?」
「煽りすぎとはよく言われるな」
……自覚はあるようだ。
フィアナはヴィントについても詳しく知らない。
あまり聞くのもどうかと思うし、友人の恋人というのはどう接したらいいものかよく分からないところもあった。
でも思い切って話してみるものだ。
何か分かったわけではないが、話してみなければ分からないこともある。
今度、リリーともゆっくり話してみよう。
自分の家族について聞き返されたくなくて、深く聞いた事がなかったリリーの家族の事。
裸で歩きまったり住居を吹き飛ばしたりする振り回しのプロとはどんな人なのか。
話したい事がたくさんある。
逃げ出している場合ではない。
更新間が空きまして申し訳ありません……!




