23.根に持ってる?
慌ただしく拠点を最低限崩し、上陸するなら砂浜側からだと踏んで島の切り立った崖側に向かって移動する。
「……歩きにくいですわ……」
「噴火の跡かもしれない。脆いから気をつけた方がいいな」
フィアナの光沢のある女性向けの装飾靴では所々空洞がある軽石質の足場は歩きづらいだろう。
ヴィントは歩く速度を下げ、リリーはフィアナをいつでも補助できるよう横についた。
フィアナは申し訳なさで眉根を下げ、オルフェの早くしろ!という声にむっとした。
「大体どうして殺しにかかってくる程連中から目をつけられたんだ」
「………………………………別に」
別にとは何だとくってかかろうとするヴィントをリリーがちょっと待って、と止める。
「……ディ・イ・タミラに来た盗賊とは本当に無関係なの?」
「あいつらは知らねえ」
「クルーズ船にクルカン先生は捕まってると思う?」
「……何?」
怪訝な顔をしたオルフェにこれまでの経緯を説明する。
本当はクルカンを探していた事、クルーズ船にいるらしいと突き止めたところでフィアナ行方不明の報告を聞きディ・イ・タミラに来た事。
「……クルーズ船のガワは外資系だが、船は元々サブルムフォビアのモンだ」
「ガワ、って……」
「教団が売りつけて、営業自体は他所だ。だが中の土産類やカジノなんかは教団が経営してる」
「宗教団体なのに、お金稼ぎをするんですの?」
目を丸くしたフィアナに、リリーも不思議そうだ。
ふたりとも宗教とは縁遠い。
「神を信じましょうって言ってそう人間素直に信じるかよ。金稼ぎやら慈善事業やらで人を送り込んで布教すんだよ」
「……カジノの経営自体が教団なら、クルカンとは無関係か……?」
「あいつならいつどこで目をつけられてもおかしくはないが……あいつに手出すようなら相当狂ってるぜ」
ふん、とリリーは鼻から大きく息を出した。
謎が深まるばかりで、答えはひとつも得られない。
「……どうして目をつけられたか、何で言えないの?」
リリーは早足でオルフェの隣に並び、話を聞き出そうとする。
オルフェはちらっとリリーを見てから額を人差し指で弾いた。
「痛あ!?」
「お前っ……」
「近いんだよ。俺はお前らとも仲良くやるつもりはねぇ」
ヴィントは慌ててリリーに駆け寄って額を撫でている。
仲良くやるつもりはなくても何だかもう充分仲深まってしまった気がするのだが、違うのだろうか?とフィアナは考える。
不親切という訳ではない。
何か暴言を言われた訳でもない。
でも友達ではないし、仲間という訳でもない。
だったら一体、
止まれ、というオルフェの制止に四人は足を止める。
向かいからやってくる人影が見えた。
「……アリオンの涙を持ち逃げしたと教団から報告が上がっている。大人しくこちらに渡せ」
「ンなもん持ってねえよ」
「アーティファクトは所有者なくして効果は成さないはずだ。何故それを求める?」
ヴィントの問いに男たちの目線がヴィントに集まる。
男のうちの一人が囁く。
「紺の髪に金の瞳……同行者は翼ある者では?」
構わん、と囁かれた男は話を遮り言う。
「魔剣を持たぬお前に何ができる。大人しく渡せ」
「魔剣……そういえばお前、魔剣はどうしたんだ?」
「………………………………ない」
ヴィントの問いに気まずそうに推し黙ったオルフェは言葉を絞り出す。
「ない?ないって何だ」
「……ッ!取られたんだよ!入国する時!公僕に!」
「こ、は!?税務官か!?んな、ロマネストの!?」
「税関でなんとかって……」
「馬鹿な!?魔剣は所有者以外が所持すると魂を抜かれるから魔剣なんだぞ!?」
「んなこと知らねーよ!あっちが勝手に持ってったんだよ!」
「持ってったも何も何で持ち込めると思ったんだ!」
「ごちゃごちゃうるせえな!知らなかったんだよ!」
「し、知ら、」
ちょっとちょっと、とリリーが二人の間に慌てて割って入る。
「何であなたたちっていつもそうなんですの!?今言い合いする事ですの!?」
フィアナの剣幕にオルフェに掴みかかりかけていたヴィントはう、と距離を置く。
「舐めてかかりやがって。剣一つで強さが変わるかよ。全員殺してやる!」
「こ、殺しちゃダメでしょ!?」
剣を鞘から抜き構えるオルフェにリリーは慌てて掴みかかる。
男たちが構えた武器を見てヴィントは表情を険しくする。
「銃か……!」
銃は魔法とは相性が悪い。
魔法なくても武器で凌げるオルフェやリリーはいいとしてフィアナには圧倒的不利だ。
放せ、とリリーを振り切ろうとしてオルフェが踏み込んだ片足の地面が抜け、あ?と声を上げる。
「んええええ!?」
あっという間に地面の底が抜け、オルフェが落ちるも、かろうじて襟首をリリーが叫びながら捕まえる。
発砲音が響き、交渉は決裂とばかりに戦闘が始まってしまう。
「リリー!」
引き上げられるかの問いだろう、ヴィントの叫びにリリーは必死に声を振り絞る。
オルフェの足先は真っ暗闇だ。
落ちた所で何があるか分からない。
「……だ、ダメ、ものすごく、おもい…………!」
支えきれず、オルフェの襟首を掴んだままリリーは落下した。
「んああ、痛い!やだ!怖い!」
騒ぎながら落ちていくリリーの声が暗闇に反響する。
穴の中は意外と広く、洞窟のようだ。
翼で浮遊しているのか落下速度がゆるやかになり、ばさばさと羽ばたく音がする。
「うるせっ……」
オルフェは抗議しようとするものの襟首が詰まって上手く喋れない。
「やだやだ何か当たる!んえええ……」
リリーは後半意味不明な悲鳴を上げながらも無詠唱で光魔法を放ち、あたりを照らす。
ギィギィと小さな鳴き声を上げながら逃げていくコウモリが体に当たったようだ。
「待ってね、動かないで、絶対ダメだから……」
冷静なのか慌てているのかどっちつかずだがリリーはものすごい力でオルフェを掴んで忠告する。
「……もう大丈夫、足元に浮遊魔法をかけたの、もう底抜けたら嫌だし……」
はあはあと肩で荒く息をするリリーは顔を紅潮させ髪も乱れ、あちこち泥だらけで翼も小さな羽根がところどころ折れて逆立っている。
落ちてきた穴の上空から何度か銃の発砲音が聞こえ、リリーは心配そうに上を見上げ、何とか上がれる所を見つけないと、と言った。
「……何で一緒に落ちんだよ。捨て置けばいいだろ」
「えっ?」
「あいつらだって、アリオンの涙は俺が持ってるって思い込んでただろ」
はぁ、はぁ、とリリーの荒い息だけが反響し、沈黙する。
「…………もしかして、角で殴ったの、根に持ってる!?」
「………………カド?」
「ま、魔導書の角で、ゴンって」
……そういえば殴られた。
ロマネストでの出来事がはるか昔に感じられる。
「いつの話してんだよ」
「だって、私、そんな、そんな、そこまでひどくない……」
たぶん、と小声でリリーはつけ加えて、ばつが悪そうに乱れた髪や衣服を正した。
「……出口探すぞ」
オルフェは振り切るように先陣を切って歩き出す。
……きっと、自分が腕を切り落とされようが足を切り落とされようが噛みついてでも反撃してやると考えている間に、こいつは角で殴る程度でいいと思ってるのだろう。
どいつもこいつも。
長く一緒にいるもんじゃない。
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長く風邪を拗らせて以降更新が滞ってしまいました……
ぼちぼち更新再開します
よろしくお願いします。




