22.助け船
「……何なんだよ…………意味分かんねえ奴だな…………」
オルフェは外の炭置き場に集めてある炭の角を棒でつつきながら独り言のように呟いた。
ごみとして処理できない炭はひとまず建屋付近の一角に集めるようにしている。
炭を捨てたついでに独り溢すオルフェの後ろを通りかかったヴィントは軽くため息をつく。
「……何もできることが無いとか……ひとりだったらどうしようとか……」
ヴィントは目を丸くしてんんっと小さく咳払いをした。
……てっきりいつものリリーについての愚痴だと思ったのだ。
違う、これはフィアナの話だ。
リリーは、「フィアナさんね、オルフェの事が好きみたいなんだけど吊り橋効果だって自分で言うの」と眉根を下げて悲しそうな、顎に皺を集めて怒ってるようなよく分からない顔をしてヴィントに語った。
その時ヴィントは多分、同じような顔をした。
フィアナは生真面目で品行方正……常に悪い方へと足を向けたがるオルフェの軌道修正にはもってこいだが、フィアナにとっては険しい道だろう。
リリーには少し様子を見ようなどと柔らかく言ったが、上手いこと距離を取らせようかと思っていたところだった。
……もしかして、これは。
「……向上心はあるようだが、少し世間知らずなところがあるな。後見人とはいかなくても誰か常に側に置いておいた方がいいな」
お前だ、お前。お前が側にいるんだ。
オルフェに意思を汲む力が無いことは分かりきってはいるが、一縷の望みをかけて遠回しに焚き付ける。
「バイトもできないとか……ハァ……」
「そうだな、誰かと一緒に始めた方がいいだろうな」
「誰か………………お前、あの女にちゃんと言っとけ」
「………………違うっ!」
ヴィントは力一杯否定した。
何が違うんだよ、と怪訝そうなオルフェに適切な返答をする為ヴィントは高速で思考した。
「………………リリーは、花嫁修行で忙しい」
だいぶ厳しい言い訳になった。
「お前も大概馬鹿だな」
「…………今のは……ハァ……そうだな、そう思う、それでいいからとにかくフィアナさんがどうしたら働けるか考えておけ」
「何で俺が」
何でじゃない。
このまま殴り飛ばして縛り付けてオルフェを海に捨ててきたい所だが、いや待てよ、海に流したら記憶が吹っ飛んで助けに海に入ったフィアナといい感じになったりしないか?
だいぶ思考が絡まった所でやめよう危険思想は、とヴィントは首を横に振り、
「……とにかく、何もできないようではバイトも難しいだろう。お前、釣りでも教えてやったらどうだ?」
最大限、譲歩してふたりに関わりを持たせようと橋渡し案を出す。
「あいつに釣りは無理だろ。餌の虫に泣くし、針にも泣くし全部やってやってはじめて釣竿持てたぞ」
「そうか……」
あれ、何か思ったよりふたりの仲が進行している。
リリーとどうにかしてふたりきりになりたいあまり、短時間ちょくちょくオルフェとフィアナの前から姿を消していたらなんかちょっとそんな感じになっている。
懇切丁寧に誰かの為にしてやるオルフェなどはじめて聞く。
「ンだよ、いちいちアイツに構ってられるか!」
オルフェは持ってた木の棒をぶん投げて立ち上がった。
思考的にそれは合ってるが、できればその点気がつかないで欲しかった。
迂闊に発言してオルフェの神経を逆撫でしても良い事はない。
さてどうするかと顎に手を当ててヴィントが考え込んでいるとオルフェはずかずかと荒っぽく砂浜を歩き、焚き木の近くでしゃがみ込んでいるリリーとフィアナの側に寄った。
……寄った?
てっきり側を通り過ぎてひとり建屋に籠るかと思いきや、足を止める程度の寄り添う意思はあるらしい。
何か三人で話し込んでいるのでヴィントも近寄る。
「……何ンだそれ」
「今日拾ってきた……綺麗な石とか貝殻ですわ」
「……何やってんだよ……船とか作っとけよ……」
呆れるオルフェにすかさずリリーが言う。
「わ、何か感じ悪いね。聞こえるようにひそひそしちゃお?」
「本当ですわ、棒倒しで遊んでいた人が何か言ってますわ」
「遊んでねえよ」
「ふたりだけで夏期休暇満喫する気でしたのね」
「……満喫してねえよ」
「綺麗なのあげないからね!三人で山分けしちゃうんだから」
「……いらねえよ……」
ンだよ、こんなの集めて、とオルフェがひとつガラスのような透き通ったかけらを拾い上げる。
それはダメですわ!とオルフェの腕を掴んでフィアナが取り返そうとしたので、リリーはふん、と鼻から大きく息を吐いて、例の、悲しそうな怒っているような顔をした。
「船だ」
「本当!?」
ヴィントの声にリリーは駆け寄る。
海面遠く、確かに船明かりが見える。
「ここから救難信号が届くかどうか……」
「こんなところ、船なんて通るのね」
閃光弾に近い、強い光魔法を打ち上げる。
「船……?」
「こちらに気がついて寄ってくださると良いのですが……」
オルフェとフィアナも気がついてやってくる。
夜で良かったね、光が目立つし、と会話するリリーとフィアナを後目にオルフェがいきなりヴィントに掴みかかった。
「馬鹿!打ち上げたの降ろせ!!」
「お、降ろせと言われても消えるまでは降ろせない」
「アレ、クルーズ船だろ」
海面に輝く船明かりは大きく、高さがある船のように見え確かにクルーズ船かもしれない。
「アレはまずい、サブルムフォビアには派閥がある」
サブルムフォビア……どこかでオルフェが言っていたような。
怪訝なフィアナに、オルフェが所属している宗教団体だよ、とリリーが注釈する。
「船の連中はヤバい。殺しにかかってくるぞ」
チカチカと明滅する船から送られてくる信号は、明らかにこちらに気がついた旨の返答だ。
「……という事はお前はその、いわゆるヤバくない方に属していたという事か……?」
ヴィントの発言に、リリーとフィアナも何とも微妙な目線でオルフェを見た。
ンだよ、と心底嫌そうな顔でオルフェが返事をする。
「宗教活動なんて真面目にやってる訳ないだろ」
まあ、確かに、オルフェの性格的にそうかもしれない。
「建屋を壊せ、ここから離れてやり返す」
「だから何でだ、真面目に宗教活動してる方が殺しにかかってくるんだ」
「何でも熱狂的に信奉したら頭おかしくなるに決まってるだろ!」
リリーとフィアナはぴんと来ず顔を見合わせる。
「ここを要塞に作り替えちゃダメなの?」
壊す必要があるのかとリリーは問う。
「俺がいるって分かり次第砲台で蜂の巣だ」
「ク、クルーズ船に砲台……!?」
「何なんだあの船は……普通じゃないだろ」
ヴィントの呟きを皮切りに建屋を切り崩して逃げる作業にかかる。
先行きに不安はあるものの、こういう時オルフェは置いていこうと言わないのがリリーとヴィントの良い所だなとフィアナは思った。




