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アンタレスの誘惑  作者: はなみ 茉莉
突然始まる遭難生活
22/26

21.融通とは


椅子に浅く腰掛け、力無く座っていたオルフェは救助来ねえ……と誰に言うわけでもなく呟いた。

フィアナは建屋の二階部分から何となく外を覗いた。

下では並んで歩くリリーとヴィントが見える。

楽しそうに話をしていて、途中口付けている様子が見えた。

フィアナは建屋の窓代わりの薄い布地にぱっと隠れる。

……まじまじと見るものではない。


「このまま、ずっとひとりだったらどうしましょう……」


オルフェとは違う方向に向けた椅子に座るフィアナは小さく呟いた。


「世界最後の日に、何かこう……太陽とか落ちてきて、」


はぁ?とオルフェの怪訝な声。


「落ちてこないだろ」

「落ちてきたとして!です!……暑くて痛くて怖いのに、ひとりぼっちだったらどうしましょう」

「知らねえよ。あの二人と一緒に居ればいいだろ」

「恋人の間に挟まるのはイヤですわ!気まずすぎます!」

「……どうせ皆死ぬなら一人でも変わらないだろうがよ……」


すんすんとフィアナは両手に顔を埋めてしまった。

……よく気落ちする女だ。

オルフェは、はぁ、と軽くため息をつき、


「大体太陽が落ちてきそうになるって何だよ。どうせあいつらが何とかするだろ」


と、リリーとヴィントについて示した。


「……それは……まぁ…………それもそうですわね……」


少し拗ねたような、納得がいかないような、何かちょっと投げやり感のある返事をしてフィアナは唇を尖らせた。





◽︎◽︎◽︎






「わ!砂糖発光しちゃった」


発酵?とフィアナはリリーの弄る砂糖の入った器を覗き込んだ。

木の実の殻で作られた器に入った砂糖はなるほど、確かに光り輝いていて発光している。


「生成の途中で何か混じっちゃったのかなあ……まぁ甘かったら砂糖ってことでいいよね」

「……食べたら体が光輝くかもしれませんわね……」


砂糖が光らなくなる魔法って……それとも食べて体が光ってから考えた方がいい?などと言っているリリーの話より斜め前で繰り広げられる雰囲気下降気味のオルフェとヴィントの会話の方が気になる。


「タコだろ」

「イカ」

「タコ!」

「イカ」


クラーケンが蛸であるか烏賊であるか、世にも不毛な会話である。


「テメーふざけんな表出ろ!」

「手加減はしないからな」


建屋から飛び出していくヴィントとオルフェに、フィアナはまたですの?と困惑する。


「今日は二十三回目の喧嘩だねえ」


のんびりとした口調で発光砂糖をかき混ぜるリリーは特に気にした様子もない。

ロマネストの住民は自己中心的というか、他人をそんなに気に留めない国民気質なので基本的に喧嘩などの衝突はないし、フィアナの兄ふたりはフィアナをいじめる事はあっても兄弟で喧嘩する事は滅多になかった。

何故こんなにも喧嘩をするのか。


死ね!!と物騒な台詞を吐き捨てたオルフェが砂浜に木の棒を突き立てているのが見えた。

……なんですの、あれ。


「魔法を使って喧嘩すると体力を消耗するだけだって気がついたんだねぇ……えらいねえ……」


幼児を褒める老婆のような、穏やかすぎる慈愛の雰囲気でふたりの喧嘩を表するリリーは止める様子もない。


「あれは何をしているんですの?」


見た目からして他人の生死に関わる行動には見えないが……


「棒倒しだねえ。波打ち際に木の棒を立てるの。棒が波にさらわれちゃったら負け、で、より海に近い方に立てた棒が残ってた方が勝ちなの」

「はぁ……」


つまり遊びで決着をつけようという訳だ。


その程度か!吠え面かくなよ!と応酬しながら一心に棒を立てているオルフェを見て本当に、本当にあんな人が好きなのか……?とフィアナは心に疑念を抱く。


「……リリーさんは、ヴィントさんがあんな……その、わりとああいった感じでも好きなんですの?」


あんなとかああいったとかふわっとした表現にリリーはふふっと笑って返事をする。


「ヴィントはね、何でもできて、紳士的でカッコいい!って所を私に見てて欲しいの。だからね、ああいった感じの時は、」


ちらっとリリーは目線で海を確認する。

ヴィントが翼を使って大きく飛び上がり、魔法を使ったのか大きく海が割れて木の棒をぶち立てている様子が見えた。


「見なかったことにしよっかな、って」


神妙な顔でフィアナを見つめて言う。


「好きになるって、覚悟もいりますのね?」

「融通かもしれない」


あぁー、とフィアナは感嘆の声を上げリリーと頷きあう。

建屋の外からオルフェの殺してやる!!という叫び声が聞こえた。


聞かなかったことにした。






「クソが!あそこで棒が折れなきゃ絶対勝ってた」


この場合、何と声をかけるのが適切なのだろうか。

フィアナは悩んだ。

すぐ後ろでは「はい、あーん」「美味いな」などとリリーとヴィントが憚らず繰り広げ適切に油を注ぎ、「うるせえ屑!視界から消えろ!」などとオルフェが炎上した。


「……棒自体に魔法をかけて強化しておけば良かったのではなくて?」


何とか絞り出したフィアナの答えにオルフェはテーブルに潰れた。


「……もっと早く言え」

「突然棒倒しを開催した方が悪いと思いますわ」


ハァ……とオルフェは大きくため息をつき、


「何食ってんだよそれ」


とリリーがヴィントに食べさせていた発光砂糖について指摘した。

フィアナは何と説明しようか迷い、これは……と砂糖の器を持ち上げると同時にリリーが、


「食べると強くなる魔法の粉、」

「きゃーいや!?」

「あっそうじゃなくてぇ!?」


……じゃなくて、発光する砂糖だよ、と冗談を交えて話そうとした途端にオルフェがフィアナの腕を掴んで器を引き寄せ、残りを強引に口に突っ込んだ。

フィアナの悲鳴、そうじゃなくてと慌てて説明するリリーも虚しく、オルフェは盛大にむせた。


「自分で言うのも虚しいが、種族的に消化器官が強いから口にしたのであって……お前、輝くぞ……?」


お前輝くぞ、とは何とも奇妙な自身の突っ込みにヴィントは耐えきれず口を覆って笑いを堪えた。


「輝いちゃうの……?」

「輝くんですの……?」


複雑な顔をするリリー、純粋に驚愕しているフィアナだがそれすら神経に障る。


「……………………………………吐く」


な、何か魔法!輝かなくなるやつ!?ああわあとフィアナとリリーは止めに入った。









タコ!イカ!タコ!イカ!

大遅刻ごめんなさい……







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