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アンタレスの誘惑  作者: はなみ 茉莉
突然始まる遭難生活
21/26

20.嵐の日、間接的に嫉妬


ポツポツと降り出した雨はやがて激しくなり、大きな音を立てて屋根を打ちつけた。


「思ったより早くきたね」


拠点としている建屋は木造で防水処理を施し、満潮時には船のように浮かぶように作られドア部分は植物から紡いだ糸で編んだ薄い布地を間仕切りにしている。

構造の甘さは防護魔法で何とかなるように作られている。はず。


しかし嵐に耐えられる作りであるかは、誰にも分からなかった。


ギイと大きく揺らぐ建屋に足を取られ、フィアナはふらついてリリーにしがみついた。


「早く収まるといいんだけどねえ」


リリーはのんびりと告げると座っていて?と床に動かないよう魔法で固定した椅子にフィアナを座らせる。


朝早く精霊族のアリオンが海面に姿を現したかと思うと、会話ができるフィアナに嵐が来ると告げた。

彼らは安全な所に移動するつもりらしく、仲間と共に拠点を離れていった。

海面を跳ねるように泳いで移動するアリオンは、遠目に見るとイルカとそう変わらない姿だが、下半身の尾鰭部分が半透明なので朝日を浴びて美しかった。

そう、朝までは海は美しく、嵐が来るなどとうてい信じられないほど穏やかだったのだ。


「これは……なかなか、っ明日はあちこち体を痛めそうですわ……!」


フィアナは椅子の肘掛け部分に強く掴まりながら言った。

北へ南へ東へ西へと建屋は波に囚われて規則性無く大きく、小さく揺れる。

打ち付ける波は激しいが、幸い魔法が効いて入り込む海水はない。


「今日はお風呂に入れないね」

「風呂どころか食事も無理ですわ!」


リリーは相変わらず鷹揚で、緊張感なくフィアナの隣に座った。


「リリーさんは嵐なんて気にならないんですのね」


激しい大波に一瞬建屋が飲み込まれ、フィアナはひっと小さく悲鳴を上げた。


「生まれ故郷は激しい砂嵐の毎日だったから、外が荒れてると何か落ち着いちゃうんだ」


フィアナはリリーの顔を見つめる。

フィアナの意を汲み取ってリリーは続けて話した。


「……産まれたのはエライユじゃないの。ティースっていう、砂の惑星で産まれたの」


緑豊かなのどかな惑星・エライユ出身だとリリーは言っていた。

ずっと、産まれた時からそこで育ったものかと。


「太陽が尽きかけて、食べるものも少なくて、皆貧しくて、だけど誰もそこから出て行こうとしなくて、少しでも終わりが遠くなるように、静かに暮らしていたの」


建屋に大きな音を立てて雨と波が打ち付ける。

激しい嵐の音に反してリリーの声は穏やかで、どこか遠いお伽話を聞いているかのようだった。


「何か今日大人しいな」


黙って聞いていたヴィントが大人しく椅子に座って微動だにしないオルフェに話しかけた。


「……………………………………吐く」


わぁあ、と全員が慌てて立ち上がり、ヴィントが洗面所に連れて行った。

大きくえずく声と合間に触んな!というオルフェの叫びが混じり悲惨だ。


「……間接的に嫉妬してるのかも」


リリーはぽつりと呟いた。


「ヴィントって、オルフェに優しいでしょ。私、オルフェが嫌いなんじゃなくて、オルフェを見て勝手に……オルフェのお姉さんに嫉妬してるのかも」


ヴィントの元婚約者だというオルフェの姉。

リリーは会ったことが無いらしいが、その存在がどうも脳裏にちらつくようだ。


「……それだけ、ヴィントさんの事を深く愛しているんですのね」

「そのうち愛想つかされちゃったら、どうしよう」

「そんな事ありませんわ」


一際大きな波が打ちつけ、フィアナは悲鳴を上げ、リリーはフィアナの手を握った。


……間接的に、嫉妬。

そこに至るまでの深い愛情を、誰かに感じた事はあっただろうか?

フィアナはリリーの手を握り返しながらうねる波にひたすら耐えた。




◽︎◽︎◽︎





空が白み始め、朝を迎える頃には雨は収まり海は荒れているものの水位が少し引いた。

オルフェは布団まで行く気力がないのかそのまま床で転がって伸びている。

目を瞑っているが意識はあるようで、自分に回復魔法をかけているようだ。

フィアナも追加で回復魔法をかけようとするものの、やめろ、とオルフェから止められる。

その声は掠れていて痛々しい。


「……大丈夫なんですの?」

「…………に、かっ………………」


何か話?

喋っていろという事だろうか?

そんな事を急に言われても出てこない。

リリーとヴィントは家屋の点検と食事作りで部屋から出て行ってしまい、フィアナは悩んだ。

ちゃぷん、ちゃぷん、と高めの波が建屋の一階高床部分に触れて音を立てる。


「……ディ・イ・タミラの人魚族は、概ね魔力が高く、食事をそんなに必要としません……興味がないと言っても過言はないかもしれません。それでも海中はやはり塩味のものが多いので、若いひとを中心に甘いものが人気で、」


貴族向けの甘味店はロマネストから輸入した様々な菓子が並び、フィアナも入ってみたかった。

その時に気がついたのだ。

ディ・イ・タミラには同年代の少女たちが多く存在して、皆友達同士でそういう所に向かうのだと。

フィアナには友達が居らず、どうにも恥ずかしくて店に入る事ができなかった。

……いや、話したいのはそんな悲しい事ではない。


「……わたくしも、甘いものは好きですわ。ロマネストに来てからはクラスの子達と沢山食べに行きましたの」


初めて並んだ店ではまだ慣れない二本足で途中で足が痛くなり、痛いことを言い出せずに並んだ為食べる頃にはすっかり痛みで食べる気を無くしてしまった事。

ひと口食べたら、あまりの美味しさに痛みを忘れてしまった事。


「フルーツをチョコシロップに漬けて食べるのが美味しいと言ったら、クラスメイトの男子たちが庭にチョコの池を作ってしまって……衛生的に、誰も手をつけなかったし、教師にとても怒られていましたわ」


それから。

それから……


オルフェの呼吸が規則正しいものになり、眠っている様子が分かる。


「わたくしの、世間話には興味が無いのではなかったのですか…………?」


ディ・イ・タミラへ行く道すがら見た時と同じ、少し難しそうな顔をして眠るオルフェをフィアナはじっと見つめた。






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