19.その輝きは、
「わ、わたくしは本当に何も出来ることがありませんわ……!」
フィアナはわっと両手で顔を覆って俯いた。
リリーは慌てて背中をさする。
「そんな事ないよ?採ってきてくれた貝美味しかったよ?」
ね?とヴィントとオルフェに同意を求める。
面倒くせえ奴、とオルフェが悪びれずに呟いたのでリリーとヴィントから怒号が走る。
「本当の事ですわ……貝はアリオンが探してくれましたの」
「今は状況が状況だし、ね?ロマネストに戻れば出来る事、沢山あるよ?」
「お前そんなんでよく外を歩けるな」
「オルフェ!」
ヴィントの諌める声といい加減にして?とリリーの不機嫌な声が重なる。
「……ロマネストの大半は腑抜けだが……それにしたって一国の姫ひとり留学に放り出すか?侍従はどうした」
フィアナに対する非難かと思いきやもっともな指摘にリリーとヴィントは顔を見合わせた。
「侍従はわたくしが断りましたの……人魚族の大半は人間嫌いですわ。無理に連れて行く事は……」
「全てがお前の一存で決まる訳ねえだろ。自分の地位についてお前の方が良く分かってるはずだ」
フィアナは両手から顔を上げ、そのまま手のひらを見つめて思案した。
「わたくしは……」
いたずらに不安を煽るのはやめて!?とリリーの庇う声が聞こえる。
父からは、学費や生活周りを整えてもらっていて留学先のロマネストで何不自由なく暮らす事ができた。
しかし本当に、何不自由なくだっただろうか?
髪が絡んだ時も、制服についた皺も、部屋に虫が入った時も、助けに飛んできてくれたのは親友で、父からは一度も、様子を伺う連絡がなかったのだから。
「お前は!甘やかすとつけ上がって!」
ヴィントは声を荒げるとオルフェを後ろから羽交締めにした。
フィアナは困惑してとりあえず止めようと椅子から立ち上がる。
「リリー!ズボンの左ポケットだ!」
「ええっ何かやだ……えいっ」
やめろ放せ!と暴れるオルフェの足を器用に避けると、リリーはちょっとだけ嫌そうにオルフェのズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「なに、これ?」
リリーは首を傾げる。
手のひらに乗る白い歪なかけら。
例えるなら真珠のような艶と虹の輝きを伴っていたが、割れてしまったのか形が歪だ。
「これが何かちゃんと説明しろ」
リリーはフィアナの肩を抱いて部屋の隅まで下がり、オルフェから距離を取る。
「凄い魔力量……これ、アーティファクト?」
アーティファクトと聞いてフィアナがはっとする。
「まさか……これがアリオンの涙!?」
ええっと驚きの声を上げるリリー、ヴィントは乱雑にオルフェを離すと近づかないように襟首を掴んで言った。
「お前自身がフィアナさんに言うかと黙っていたが……目に余る。何故これを持っていたのか説明しろ」
オルフェは体を動かしてヴィントの腕を振り払うと、荒々しく椅子に座った。
「落ちてたんだよ!別に盗ったわけじゃねぇ」
「……宝物庫の奥を開けた時、盗賊は無いと言ったんですわ……わたくしやオルフェが足を踏み入れる前でした」
無言で不貞腐れているオルフェの靴先をヴィントが軽く蹴った。
オルフェは黙って強く蹴り返す。
「……毒が回って、気を失ってた」
フィアナは話を聞きながら気まずそうに下を向いて手元をいじくった。
オルフェは話を続ける。
「誰もいなかったから、目が覚めた後宝物庫の奥に入った。アリオンの涙が持ち出し済みでも他に何かあるかもしれないしな」
お前は……と呆れるヴィント、ここで逆上されて話が途切れてはかなわないとリリーは思い慌てて、中はどうなってたの?と続きを促した。
「アリオンの涙が安置されてたらしいガラスケースは割れてた。中には何も無かったし、ガラスが散乱してた。ガラスに紛れて落ちてたソレは……あの糞共は魔力量の高さが分からなかったんだろ」
「割れてた……?」
「わたくしたちの前に、誰かが立ち入ったという事でしょうか……?」
訝しむリリーにフィアナも疑問を呈する。
「──宝物庫でクラーケンが暴れただろう?その時に壊れたのかもしれない……とにかく、それはフィアナさんがディ・イ・タミラに返すものでお前のじゃない」
いいな、とヴィントはオルフェに念を押しまた口喧嘩を始めたが、リリーは気にせずお茶にしよう?茶葉ができたの、とフィアナを伴って炊事場にしている一階に降りた。
……クラーケンは用心深く、自身より強いものには手を出さない。弱いものから捕食したり攻撃するのだ。
……こんなにも魔力量の高いアーティファクトを狙ったりするだろうか?
リリーは頭の片隅に掠めた疑問を無理やり押し込めた。
ここでとやかく言ってもフィアナに不安を与えるだけだ。
眠くなったから休む、と言うリリーに付き添ってヴィントも部屋に入り、フィアナはひとり外のデッキに出た。
人数分の敷布団とを用意し、個室もあった方がいいよね、と部屋の改築まで行ったのだ、リリーは確かに疲れているだろう。
デッキに無造作に横になると、フィアナはポケットから取り出したアリオンの涙のかけらを見つめた。
かけらは月の光で柔らかく光り、虹色の燐光を浴びて美しい。
「いらないなら寄越せ」
いつのまにか側に来ていたオルフェにかけらを抜き取られる。
ふいとフィアナは横を向いてあげます……と小さい声で言った。
「意思薄弱」
「……これを持って、ディ・イ・タミラに帰ればお父さまに褒めていただけると思いましたの。でもそんなの……浅はかですわ」
持って帰ったところで、対して興味を示されないか、悪くて何故欠けているのかと責められるところだろう。
「お前の兄貴は見つけられなかったものだろ。兄貴には見せびらかして父親からは褒賞でも何でも貰ってくればいいだろ」
「そんなの。……そんな事は、ずるをしているようで嫌です」
「金出してくれるようなまともな親なら、かじり取れる時にかじりとっておけばいいだろ」
「……そうですわね、そうやって生きた方がきっと……──」
卒業後はディ・イ・タミラに戻り結婚するように言われている。
逃げ出すための資金が必要だ。
でも、親からねだるなんて。
「……ロマネストに戻ったら、アルバイトでもして稼ぎますわ」
「何か出来る事あんのかよ」
「わ、わたくしだって、お金くらいは数えられます。店番くらいは……」
……出来るだろうか。
なんかちょっと、治安の悪そうな不良に有り金寄越せとか言われたらどうしよう。
ディ・イ・タミラで会った盗賊を思い出してフィアナは身震いした。
「い、命に換えても守ってみせますわ……」
「どこの底辺で働くつもりだ」
「この世は無常ですわ。やってきたならず者にちょっとジャンプしてみろ、って言われてちゃりんちゃりんさせられてポケットの小銭まで全部むしり取られてしまいます……」
「どっからきたその知識」
「必ずや殴り倒してみせます」
「やめとけもう働くな!」
しまいには叫ぶオルフェにフィアナはふふふと笑った。
「……働いているなんて言ったら、お父さまは何て言うかしら」
ゆるゆると身を起こしたフィアナの赤銅色の髪が月の光を浴びて輝き、オルフェは目を逸らす。
堕ちる所を知らず、あまりにも純真でどうにかなると思っている。
……一度だって、どうにかなると思った事がない。
行き着く先は破滅なのだろうと。
眩し過ぎて目を逸さずにはいられなかった。




