16.眠れない帰り道
しんと静まり返った船内、最初に動いたのはフィアナだった。
「なんっ、なんて配慮が無いんですの!?その話、リリーさんがいないところですれば良いでしょう!?」
勢いよく立ち上がり、力説する。
船内は小さく、高さもあまり無いためフィアナが立つと天井にぎりぎりつくかつかないかくらいだ。
フィアナさん危ないよ、とリリーが諌めるも、
「関係なくは無いだろ。お前は黙ってろ」
とオルフェがフィアナに言う。
これでは火に油だ。
落ち着いて、落ち着いて、とリリーはフィアナの腰元に縋り付いて座るよう促す。
「た、確かに、関係はありませんが……言い方ってあるでしょう」
言葉尻が小さくなったフィアナはすとんと椅子に座る。
「……その件は、双方合意の元円満に解消してる」
そうヴィントがいうや否やてめえどの口でとオルフェが操縦席の後ろからヴィントの襟首を掴みかかる。
落ち着いて、ダメですわとリリーとフィアナがオルフェに飛びつきなんとか引き離す。
「定員を大幅に超えて乗っているのですから、大人しくしてください!」
「私はその話知ってるというか!あと歴代元カノのの話とか全部聞いちゃったから!」
フィアナとリリーは叫び、フィアナはえっとリリーを見た。
オルフェはきっぱりはっきり言った。
「お前、気持ちの悪いやつだな」
フィアナもつい後ろから追撃してしまう。
「そ、それはダメなやつですわ……」
「えーっダメだったの!?どうしよう!?もう聞いちゃった!」
今度はリリーが勢いよく立ち上がる。
「分かった、分かったから」
ヴィントが座るよう指示する。
「順を追って話すから、とにかく聞いてくれ。どうせロマネストまで時間はかかるし他にする事もない」
船は最初の操縦操作以外はほぼ自動なのだ。
リリーはフィアナの椅子の横に座り、オルフェは聞かねえよ、と背を向けて座った。
……事情を知っているらしいリリーと聞かないと主張するオルフェ、という事はフィアナに向かって話してくれることになってしまう。
何だか申し訳なくなり、でも、とフィアナは言い淀むもいいからいいから、とリリーに言いくるめられてしまう。
リリーはちらっと背を向けたままのオルフェを目線だけ動かして見た。
ああ、とフィアナは合点がいく。
聞かないとは言ったが、聞いてるだろうという判断だ。
今までのオルフェを見ていてフィアナも何となく分かる。
フィアナはヴィントの話を聞く事にした。
「……その昔、皆が魔王と呼ぶ存在が出現した頃の話だ」
「大戦の頃の……」
その昔、全ての生き物とも、魔物や魔獣などと呼ばれる害なす存在とも違う、全ての生き物を無に返す者……その存在を魔王と呼んだ。
その頃の話を人魚族は皆口を閉ざす。
とにかく、酷い戦乱の時代だった。
「惑星オルトロイアの次期騎士団長の私と、惑星ダウンジールの皇女マイアとの婚約もその時に決まった」
オルトロイア。
魔王の一撃を受け、一夜にして滅んだと言われている今は亡きヴィントの一族ドラグーンたちの故郷。
「戦乱というのは、弱いものから犠牲になる。女性、子供、老人、持病のあるもの……その全てを守る為にはより強力な後ろ盾が必要で、婚約自体もオルトロイアとダウンジールの同盟をより強固にする為の極めて義務的なものだった」
嘘つけ、とオルフェが吐き捨てるように言う。
「何が義務的だ、姉貴はお前の事を朝から晩まで追っかけてただろ」
……しっかり話を聞いている。
「そうだな、朝から晩まで強くしてやるとか寝首をかかれないようにする特訓だとか剣を持って迫ってきてたな」
…………。
「ずいぶん……能動的な……皇女様ですのね……」
ヴィントの元婚約者、オルフェの姉を悪く言う事もできず、フィアナは最適な語彙を何とか頭から絞り出した。
…………姉?
「あ、あなた、皇子なんですの!?」
今日一番衝撃的な話だ。
俺の話はするんじゃねーよ!とオルフェの苛立ちに、は、話が逸れましたわ、続けて下さい、とフィアナも何とか修正する。
気になりすぎるが、話の本筋とはずれる。
「……ここからは、聞いた話だ。知っている通り魔王の一撃でオルトロイアは滅んだらしい。私は気を失った状態で宇宙空間を漂っていて、偶然通りかかった船に保護されたらしい」
フィアナは両手で口元を覆う。
確かに有翼種であるヴィントは上位種で、宇宙空間でも呼吸を必要としない。
生き残っていたという事もあるだろう。
「目が覚めた時には、魔力もほぼ失われ立つのもやっとなくらいの全身の痛みがあった。だからダウンジールに向かって婚約破棄を申し込んだんだ……オルトロイアも滅んだしな」
「何だよその、魔力も失って全身の痛みって。お前、ピンピンしてるじゃねえか」
もうどうやらオルフェはしっかり会話に参加するつもりらしく、背を向けたまま相槌を打つ。
「ダウンジールの長老の話では魂を半分欠損していると言っていたな……どういうことかは分からないが、今に至るまで回復はしていないし普通に痛い」
うんうん、とリリーは同意する。
「たまに気絶してるよね」
はぁ!?と言うオルフェ、対してフィアナは覚えがあった。
やたら彼女を膝に乗せて悦に入る人だと思っていたがそうじゃない。
あれ気絶だ。
リリーがいつも甲斐甲斐しく回復魔法をかけていたが、あれは疲れた彼氏を労る回復じゃなくて、痛みで気絶している所を回復していたのだ。
「ど、どうやってロマネストに入国したんですの?一定の魔力が無ければ入国できないはずですわ」
「あれはね、私が半分魔力をあげたの。今も時々あげてるから、痛みはともかく魔力はそのうち回復するんじゃ無いかなあ」
「半分」
こともなげに言うリリーに、オルフェとフィアナは言葉が重複した。
半分って。
ほいとあげてなお学年最強って。
いったいどんな魔力容量なんだ。
「とにかく、婚約は双方円満に破棄された。婚約条件もオルトロイアで最強の者ということになっていたしな……もうどちらも存在しない」
「円満って、何だよ。だって姉貴は……」
姉貴は、と背を向けたまま呟くオルフェは子供のようにも見えた。
フィアナはちらっとリリーを見た。
リリーはこくこくと頷いた後声を出さずにしーっと唇に指を立てて示した。
……なるほど。つまり。
オルフェは姉のことを非常に……その優しさからかヴィントやリリーははっきりとは言わなかったが、姉をいきすぎた尊敬……しすぎていて。
早い話シスコンなのだ。
「たまには実家に帰ってマイアに話を聞けばいいだろう」
「帰らねえよあんな所!」
オルフェが声を荒げたところでギッ、と大きく船が揺れた。
きゃ、と小さくフィアナは悲鳴を上げるのと同じくらい早くリリーが椅子の上に覆い被さるようにフィアナを庇う。
その顔は真剣に外の様子を伺っている。
人魚族のフィアナの方が海に詳しいはずなのに、こういう時はリリーの方が強いのだ。
「あ゛?」
「あーあああ……」
「ああ……」
オルフェの威嚇、リリーの嘆き、ヴィントのため息それぞれのああにフィアナは窓の外を見て心がひっくり返った。
窓の外いっぱいにぎょろりとした丸い目が広がっている。
間違いなくクラーケンだ。
巻きつかれているのか船が軋む。
「深度は、」
「ギリギリ出れるかも……魔法で何とか……」
リリーとヴィントが武器を持って外に出ようとする。
「退治するおつもりですの!?いくらお二人が強くても……」
「雑魚が!八つ裂きにしてやる!!」
オルフェも立ち上がって船から出ようとし、待て待てとヴィントに止められる。
「お前が出たら誰が船を制御するんだ!」
「はぁ?お前がやれ」
「無理だ!大体お前は水圧に体が耐えられないだろう!」
「馬鹿にすんな!お前らにできるなら俺もできる!」
「ちょっと喧嘩しないで!」
ヴィントとオルフェの言い合いをリリーが遮るも、べきんと何やらマズすぎる音が鳴る。
「ど、どこか故障して……結界値が上がってますわ……保護プログラムが動いています……」
三人同時に動き、ハッチから出ようとわあわあ揉めているうちにばきんともうひと音。
ビービーと警報音が鳴り響き、たまらずフィアナは叫び声を上げた。
「三人とも連携が下手すぎますわ──!」
それは確かに。
みんなそう思った。