14.早い話荒療治
フィアナは自ら盗賊たちに近づいた。
兄二人は役立たずだし、オルフェの意識がまだ戻らない以上三人から距離を取らせるには自分が近づくしかない。
「無いって、どう言う事なんですの?貴方たちは求めている物がどういう形状か知っているとでも言うんですの?」
「そりゃもちろん──……」
王族であるフィアナすら知らない物を、いったいいつ見たと言うのだ。
言いかけた盗賊におい、と仲間から制止が入る。
──もちろん?もちろんって…………
兄弟三人揃ってれば王も話す気になるか、と頭目は言い、フィアナは盗賊たちを睨みつけた。
「……そうですわね、国庫とはまた別ですから、金品も強請たいならわたくしたち三人を無傷で父上の前に連れ出した方がいいかもしれませんわ」
フィアナたちは王の元へ向かう。
オルフェは置いてきてしまったが、盗賊の元から離せて丁度いい。
あとは兄たちが余計な事を口走りませんように……下に弟がいて四人兄弟である事は公表されていないので、盗賊たちは弟の事を知らないのかもしれない。
まだ小さな弟を危険に晒す訳にはいかない。
盗賊はフィアナの事も後ろ手に縛ると先に進んだ。
「そもそもお前たち、どうやってここに入ったんだよ」
盗賊たちをなるべく刺激しないように黙っていたフィアナと違って兄ストレラは不機嫌な態度も隠さず話しかける。
「普通に入国したに決まってんだろ。お前たち臆病者が人間を沢山入国させてくれるって言うんでなあ」
「何だと!」
「誰が臆病者だ!」
「身寄りのない人間を積極的に保護しているらしいが……お前らも見ただろ?深海の連中は魔力の弱い順から襲ってくんだよ」
クラーケンの触手に捕えられた盗賊の末路。
「ヒトが増えれば増えるほど、お前ら人魚族は安全だもんな」
「……どうして、こんなに警備の兵がいないんですの?」
オルフェが捕えられた時は確かに大勢居たはず。
フィアナの心の奥底で何かが警鐘を鳴らす。
ディ・イ・タミラに着いた時の落ち着かなさが再び鎌首をもたげた。
どうしてだろうな?とわざとらしくしらを切る盗賊。
「質問を変えますわ。誰の手引きでここまで来たんですの?」
手引き?内通者か!などと言い合う兄たちは完全にギャラリー状態で頼りにならない。
「まあいいじゃねえかそんな事は」
言うなり頭目はフィアナに肩を組むように腕を回す。
「何なんですの?離しなさい」
フィアナは不快そうに身を捩るも、後ろ手に縛られている状態では上手く躱せない。
露出している肩に触れられて不快極まりない。
「別にとって食おうってんじゃねーんだいいだろ?」
「そうではありません!不躾ですわ」
「あー?これはな、一般的な交流なんだよ。お姫様は初めてかァ」
頭目はぐいとフィアナの服の肩口をひっぱった。
それで胸元が露出する訳ではないが、フィアナの頭の中は真っ白になる。
仲良しってかあ、とゲラゲラと笑う盗賊たち。
──……何なんですの?
不躾に触られる事の不快感の正体……
兄たちになじられる時に通ずる、自分の意見が無視されるという相手を下に見る行為……
……下に?わたくしを?
フィアナは瞬時に頬が熱くなる。
羞恥心と怒りと憎しみをない混ぜにしたような感情が心に湧き起こり体の中心が煮えたぎるも、手足の先から感じる冷えるものが熱さを凌駕する。
こんなにも不当に感じているのにも関わらず、一体誰が助けてくれるというのだ。
きつく握り込んだ拳に自身の爪が突き刺さる。
例え反撃され腕を折られても、この男を殴らなければならない。
でも、ちっとも、腕が動かない。
盗賊は何かを言おうとし──ものすごい勢いで後ろに吹っ飛んだ。
とぷんと酸素を多く含む水が大振りの動きに合わせて泡を作り上げる。
フィアナの目の前に白いものが降りてきて、初めはアリオンかと思ったが違う。
二本の腕が伸びてきてフィアナの肩周りにかじりつき、ふわりと広がる……あぁ。見たかった、ずっと、会いたかった。
紫がかった銀の髪。
鳥のような、美しい純白の翼。
「コラーーーーーーッ!!」
そして少ない罵倒語彙。
リリーは降りてくるなり力いっぱい叫んだ。
リリーはフィアナから腕を離すと、あぁフィアナさん大丈夫?怖かったよね、と捲し立てながらぴっと拘束されていた縄を切り、ぱっと乱れた髪を整え、さっと衣類の裾も直してからまたぎゅうぎゅうに抱きつく。
しまった、加減が難しいな、と頭目を殴り飛ばし、涼しい顔で後ろに立っているリリーの恋人・ヴィントが言った。
「てめぇ……」
羽つき?どっから降ってきた?と騒めく兄や盗賊たちと違い、頭目はさっと体勢を立て直すと刃物を取り出し向かってくる。
ヴィントは切先を掴んで止めると、
「刃物の使い方を教えてやろうか?」
と言う。
「野郎……!」
頭目は何か魔法を使おうとしたのかヴィントの頭部に向かって手を伸ばすも、まばゆい閃光を伴う雷魔法をくらい気絶する。
「ひぃ……素手で刃物止めたバケモノォ……」
「ひぃ……周りを感電させない原理不明の雷魔法バケモノォ……」
同じく雷魔法を食らって気絶した他の盗賊たちの横で兄二人は震え上がった。
「……手か……足か……」
「ダメッ」
「耳か?」
「ダーメッ」
「……爪」
「ダメッたら」
「髪か」
「……まぁ、それなら」
何のやりとりかさっぱり分からないヴィントの発言にリリーがダメ出しするが、髪に決まったらしい。
「……どうしても女性に無体を働いてはならないというのが伝わらない場合がある。灸を据えると言ってな、早い話荒療治だ」
ヴィントはそう説明すると頭目の刃物を使い、気絶した盗賊たちの頭部を器用に剃り込んだりして……なかなか見栄えがちょっとアレに切り上げた。
……髪が無い髪型だったらどうするつもりだったのかは怖くて聞けない。
「これでどうだろうか?」
「わ、わたくしに聞くんですのお……?」
フィアナは安堵で泣く所だったが、ちょっとアレな状態に涙が引っ込んでしまった。
困って眉根を下げる。
「こっちもだったか?」
とヴィントは二人の兄を示す。
ひいい、と兄二人は悲鳴をあげた。
「……いいえ、何だか、胸がすく思いですわ!」
はっきりと結構ですと言わなかったので、兄二人は絶叫に近い悲鳴を上げる。
フィアナは晴れやかに笑った。