9.微睡み行く道
クラスメイトとは勿論、ルームメイトとも距離を置いた。
勢いに任せて留学したはいいものの、同年代の子と何を話したらいいのか分からず、話しかけられても二の句が続かず会話が広がらない。
そうこうしている間に『皆と距離がある厳しい人』になってしまった。
「ねえ見て、フィアナさん。これ、ノイケンの新型潜水艦」
別段愛想良くした訳でもないのに、ルームメイトのリリーはいつも穏やかに話かけてくれた。
リリーは新聞を持って隣に座り、
「搭載している電動機自体が魔法でできてるんですって。今流通しているのは魔法と電動機半々で動くものだから全然違うのかな……?」
思案顔で写真を見つめていた。
「えぇ……」
確かに惑星ノイケンのチブク公国で開発しているという話は故郷ディ・イ・タミラで聞いたことがあった。
リリーはあっ、と口元に手を当てて、
「ごめんなさい、潜水艦の話なんか急に。フィアナさんの故郷は海だから、興味あるかなと思って……」
すまなさそうに眉尻を下げた。
きっと反応が薄いせいで興味がないと思われたのかもしれない。
挽回したいのに、うまく言葉が出ない。
教室でお菓子なんか食べちゃ駄目でしょう、と言った時もひどく冷たくて、非難したような声になってしまった。
「えーっ?どうして?」
「次に机に乗せるものが汚れてしまうでしょう?」
「なにそれ?拭けば大丈夫だよ?」
あはは、とクラスメイトに郎らかに返されて、非常識はこちらだと詰められた気分になりいたたまれなくなる。
「フィアナさん、ちょっと、」
リリーに袖を引かれ、廊下に出る。
切羽詰まったような顔だ。リリーは小声で言う。
「もしかして、食べ物の匂いとか苦手だった?」
「いえ、そういうわけでは……」
「えっ!?あっ、そうなの!?苦手だったら大変と思って連れ出しちゃったの、あ、ああーっ」
よほど焦っていたのかばさばさと手に持っていた魔導書やペンケースを床に落とし、リリーはしゃがんで拾いはじめた。
もー、私、そそっかしくて、恥ずかしい、と言いながら拾い集めるリリーを手伝うためにしゃがんだフィアナはほんの小さな声で言った。
「全然、うまくいかなくて……」
濃紺色のリリーの丸い目と目線が合い、何を言っているのか急に気恥ずかしくなり残りを急いでかき集める。
「私ね、友達が、靴に画鋲を入れられたら入れ返してやれって!画鋲をたくさんくれたの。でも全然使ったこと無いの……入れられたりしないし……」
おかしいでしょ、みんなには内緒ねと笑いながら人差し指を口元に当てたリリーを見た。
教室では変わらず歓談が続いていて笑い声が上がる。
そうだ、いつだっていじめられた事などない。
皆優しいのに、ひとり壁を作って避けている。
「……今から、お菓子を食べても、変じゃないかしら……」
「全然。一緒に行きましょ?」
「でも画鋲はおかしいと思いますわ」
「それはね」
ふふふ、とふたりでひとしきり笑った。
さぁ行こう、とリリーに手を引かれ、フィアナは笑いすぎて目尻に溜まった涙を反対の手で拭った。
◽︎◽︎◽︎
「ノイケンの新型潜水艦……」
フィアナは潜水艦の内壁に触れて呟いた。
「こんな最新型の潜水艦……いったいどこから持ち出したんですの?」
操縦席に座るオルフェからの返事はない。
はぁ、と小さくため息をついてフィアナは勝手に話し始める。
「わたくしは両親と、兄二人と弟が一人の六人家族で……」
おい、とそこでオルフェから静止がかかる。
「お前の世間話には興味ねえ」
「わたくしは!……何も自己紹介からはじめようっていう訳ではありません。必要最低限の情報は必要でしょう?」
憤って反論しようとしたが、確かに家族構成は必要なかったかもしれない。
後半は声のトーンを落として冷静に説明する。
「アリオンの涙があるとすればおそらく最下層の宝物庫でしょう。後で地図を渡します。それから、人魚族はプライドが高く……二本足で歩く全ての生き物を見下しています。あまり良い扱いはされないかと」
ん、と小さな、返事だか鼻息だか分からないレベルの反応が返ってきた。
なぜ協力的なのか、そもそもどうして行く気になったのかなど聞いてほしいのに、こちらにはまるで興味が無いようだ。
潜水艦は自動運転なのですることも無く、電動機の音もソナーの音も届かない船内はおそろしく静かだ。
手持ち無沙汰になりフィアナは椅子を倒した。
……急に出てきてしまって……リリーさんは心配したかしら……
勝手に出て行ったくせに、今にでもあの綺麗な銀の髪を靡かせて潜水艦に飛び込んできてくれたらいいのに。
ねぇどうしてひとりで行っちゃうの。
一緒に行きましょうよ。
そう言ってくれたら。
いつの間にかうたた寝してしまったらしく、目を覚ますとうっすら暖房がかかっていた。
深く潜り始めたのだろう、気温の低下を感知して潜水艦が自動で空調に暖気を入れたのだ。
すぐ隣ではオルフェが何か難しい顔をして眠っていた。
……全然歩み寄らないのに、寝る時は近すぎますわ──!
まあ狭い船内、操縦席よりは広さのある後部座席で寝るのは当然と言えば当然ではある。
白銀の髪から覗くオルフェの顔は眉間に皺は寄ってはいるが、いつもの剣呑とした雰囲気がいくらか和らいで少し幼く見える。
もしかしたら意外と歳は近いのかもしれない。
「目線がうるさい」
「……目ってお喋りしないんですのよ。病院にかかるんでしたらお早めに」
「地図」
フィアナはひくっと頬が引き攣るのを感じる。
何でこんなに偉そうなのか、会話を最低限で済まそうとする魂胆も気に食わない。
目を覚ましたオルフェはフィアナに王城の地図を要求する。
「どうぞ」
冷静に、冷静に。
ふたりきりの密室で怒りを爆発させたところで不毛なだけだ、こちらが年上……ということにして、多めに見てやるとフィアナは自身に言い聞かせた。
「いい。覚えた」
「はぁ……」
本当に覚えたのか興味が薄いのかは分からないが、地図を突き返されフィアナは覇気のない返事をする。
……結局戻ってきてしまった。
フィアナにとって生まれ故郷ではあるが、この海底深くに佇む人魚族の居城、ディ・イ・タミラ付近には巨大な海獣が数多く棲息し、恐ろしく、逃げ出したくてしょうがなかった。
それよりも、そんな事よりも、本当は家族から逃げ出したかった。
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