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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

積み込んだ少女

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 この世に見える色は、光の反射によるものである。

 仕組みを知ってしまうと、賢くなれた気がする反面、ロマンをどんどん削られる感じがするの、私だけかしら?

 タネが分からないうちは、いろいろなことを想像できるものね。手品とかを相手にするときと同じく。

 ああじゃないか、こうじゃないかと、現実的なものから突拍子のないものまで、イメージは羽根を広げていくわ。

 正解を導くことにつながらなくても、そうして思考回路に電流を走らせることそのものだって、なかなか心地よいことだものね。


 昔の人が伝える話も、想像によるものがけっこうあったとは思う。

 無知なのか、誇張なのか、扇動なのか。

 真意が分からなくても、誰かの心に残すのが目的なら、こうして現在に伝わっている時点で大勝利といえるかしら。

 私も小さいころに、地元の昔話を聞いたことがあるけれど、一番の最初に聞いたのが「積み込んだ少女」の話しだったわ。

 つぶらやくんも知っているかもしれないわね。けっこう派生があると聞くけれど。

 よかったら、聞いてみない?



 むかしむかし。

 とある村にいた女の子は、早くに親を亡くしてしまい、天涯孤独の身となってしまったみたい。

 母親は彼女を産んですぐに亡くなってしまい、父親は戦に駆り出されて、ある日からずっと戻ってこなかった。

 村の皆が帰ってくる段になっても、父親は現れず、崖下へ落ちた姿を見たような……という証言より後は、詳しい情報は分からない。


 ほどなく、親戚へ引き取られた彼女だったけれど、日がな一日、寝て過ごすばかりだったそうね。

 まだ10にも満たない子には、耐え難い心の重荷。親戚一家も彼女のことをおもんぱかって、泣けるだけ泣くことを許してくれたみたい。

 食事をはじめとする、生理機能を保つ行い以外は、ずっと蔵の中へ閉じこもり、彼女は泣き通したわ。蔵の外へ嗚咽が響くこともあったとか。

 そうして、何日も過ぎるうちには、なんと蔵の下から涙が染み出すまでになってしまったとか。

 蔵の床である地面は、たっぷりと水をたたえている。そこに尿が放つような特徴ある臭みはなく、純粋に涙がため池となっているのだと分かったわ。

 尋常じゃない事態だと悟ることはできたけど、肝心の彼女はいまだ泣き止まず、その涙も止まることはない。

 最初に蔵へ入ったのは彼女たっての希望であったわけだけど、親戚一家は彼女を無理にでも家の中へ連れていき、様子と面倒をみようと心がけたのだとか。


 それから彼女が泣き止むまでには、実にひと月の時間を要したらしいわ。

 明らかに摂取した水の量とは釣り合わない涙の量。いったいどこからひねり出したのか、あるいはどこから取り入れたのか。

 彼女は泣き止んでからも、ろくに口をきくことはなく、今度は丸一日を泥のように眠って過ごしたみたい。

 それからは他の子供たちとも少しずつ言葉を交わすようになり、胸をなでおろすようになった親戚一家だったけれども、すぐに新たな不安要素が持ち上がったわ。


 夜中になって、みんなが寝入るころになると、彼女がしばしば姿を消してしまうの。

 ある晩、たまたま目覚めて、そのことに気づいた親戚の奥さんが明かりを手に持ちながら、家を出て彼女を探したらしいの。

 近辺では見当たらない。夜陰に潜む獣などに出くわさないように気を付けながら、少しずつ範囲を広げていく奥さんは、やがて村から少し離れた廃墟の屋根上にたたずむ彼女の姿を認めたわ。

 彼女は一心不乱に、星を見つめているようだった。

 奥さんが声をかけても、どうにか屋根に乗っかって声をかけても、まともな反応をすることなく、ただただ真っすぐに。

 肩を揺さぶっても反応がない。もう、こうなったら負ぶってでもと、彼女の身体へ腕を回しかけたところで。


 ほんのわずか、奥さんの服の袖が彼女の眼前をかすめた。

 とたん、彼女の神速の張り手が奥さんの腕を打ち払ったの。

 鈍器で殴られたような重い一撃に、奥さんは不意打ちの衝撃も手伝って、ついその場でうずくまってしまったわ。

 けれども、それだけにおさまらない。

 彼女の眼前をさえぎってしまった、奥さんの服の生地はきれいにちぎれて、なくなっていたの。

 それだけじゃなく、生地の下に隠れていた腕に関しても、ちぎれてなくなったのと同じ形に肉がなかば陥没し、青黒く腫れていたのだとか。

 ちぎれた生地は、どこにも落ちていない。けれども、奥さんがおそるおそる彼女の横から、視界を塞がないように横から見ると、そのまなこの中には奥さんが身に着けていた生地の姿がはっきりと映っていたんですって。

 その目線の先に、生地の姿はない。まるで目の中へ吸い込まれてしまったようで。

 痛みをこらえながら、奥さんが空を見上げてみると、この満天の星空にあって、彼女の見る先の空だけは、不思議と星たちの光が確認できなかったとか。



 翌日。

 村の人たちは昼間にもかかわらず、星々の輝きが青空へ浮かんでいるのを、見て取ったというわ。

 時が経とうと動く気配なく、西の空へたたずみ続ける無数の光点の並び。しかも目の良いものは、その星々の中にまじって、一片の布切れを思わせる広がりが、中へ混じっているのを確かめたとか。

 あの晩、何とか連れ帰った彼女は、朝までは家にいたものの、この昼の星が見え始めたときには、またこつ然と姿を消していたみたい。

 奥さんをはじめ、動けるみんなが探して回ったけれど、見つからなかった。

 ただ陽もいよいよ西へ傾きかけるころ、まるで流星のように空を左下から右上へ駆けあがる光が見えた。

 ほんのわずかな間だったけど、それは手を広げた子供の姿のように思えたと語る人が大半。ほどなく、昼の星たちは見えなくなり、本来の夜の星たちがぽつぽつ浮かび始めたとか。


 彼女はもう、二度と見つかることはなかったわ。

 一説には、彼女は涙とともに人間として必要なものをすべて捨て去ってしまい、代わりに天の一員となるに必要なものをすべて積み込んで、天へのぼっていったのだろう……と考えられているみたい。

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