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サイコパスの彼女2

大掃除の休憩にでもお楽しみください。


 私の両親は何者か、私に関わる人は全員が口をそろえてそう尋ねる。無理もない、桐生家は決して名の通った名家ではないし歴史も浅い。分かりやすく言えば、田舎出身の両親が成金なのだ。


 一時間に一本しか電車が来ない田舎から都会にやってきて一代で財を成した二人。ゆえに嫌われることもしばしばあるが、礼儀もへったくれもない彼らは一切気にしない。このお屋敷街でも散々陰口を叩かれているが『やるならかかってこい』のスタンスを崩さない両親に負けることが多い。殴り込みもあったが、イノシシを素手で狩っていた父に敵うはずもなく。


 ならば父親不在の時に、と凸られることもあった。しかし、母は熊をハエ叩きで追い払ってしまうような人間。お坊ちゃんやお嬢ちゃんが勝てるわけがない。こうして、桐生家はお屋敷街で唯一景観をぶち壊すような家を構えている。両親の憧れだったようで、日本家屋風に建て替えることは一生無いそうだ。


 お陰で私は何の苦労も無しに広々とした自室でくつろぐことができる。時刻は六時を回るころ、重役出勤、重役退社の両親が帰宅する。二人とも別々の会社を経営しているのに何故か帰宅するタイミングは同じだ。


 あのおばさん、いや栄子さんは家にはいない。おそらく両親を迎えに行っているはずだ、私は忍び足でキッチンに向かった。うまい具合に壁に隠れてキッチンをチラ見する。すると、そこにいた中学生くらいの女の子が振り向いた。ばれちゃった。


「ユカさまー、おかえりだったんですね」

「グフッ」


 『抱きつく』という名のタックルを腰に喰らい一メートルほど吹っ飛ばされる。彼女は杏子と言って両親が孤児院でもらってきた子だ。一人っ子の私には話し相手が必要と思ったらしい。杏子は明るくて元気な中学一年生だ。本人の強い希望で料理係を任命されている。


「た、ただいま」

「お風呂は済ませましたか? 私今帰ってきたところでして夕食にはもう少し時間がかかります」

「済ませたけど、手伝うよ」


 今日は気分がいいので普段はしないこともしようと思った。杏子は目をまん丸とさせたかと思うと、ポロポロと涙を流し始めた。な、なんだ!? ヤバいことでも言ったか?


「やはり、私の料理は美味しくなかったのですね。申し訳ありません! あと、三日。あと三日だけご猶予いただけませんか。必ずや絶品をお出しします」


 自分が料理係をクビにされると思ったらしい、私は背中をさすって宥める。涙でキッチンに水たまりができそうだ。相当気にしていたようだ。


 実際、彼女の料理は美味しい。中学入学後まだ一か月半しか経っていないが、杏子の成長には目を見張るものがある。基礎は栄子に叩き込まれておりそもそも美味しかったのだが、アレンジの感覚を掴んでからは家族全員胃袋を掴まれている。


「そういうことじゃないよ、今日は良いことあったからさ。幸せのおすそ分けってやつだよ」


 ここで優等生スマイルを浮かべる。十年以上も一緒にいれば宥め方のテンプレができる。杏子は涙を拭いて「ユカ様は優しすぎます」と言ってキッチンから私を追い出した。目的は今日の夕食が何か探ることだったので大人しくリビングへ向かった。


 無駄にたくさんのソファが置いてあり、テレビも二台ある。成金って感じの調度品も幾つか飾ってあった。私は一人用ソファを選んで緩くだらんと腰かけた。


「ユカ様、良いことって何ですか?」


 キッチンとリビングには隔てる壁がなく近いことから会話が可能だった。

 

 杏子は同姓で歳の差も大きいわけじゃない。彼女ならいいかと思って今日あったことを話した。途中で何やら包丁の刃を猛スピードで研いでいたが気にしない、気にしない。


「あのユカ様に、彼氏……」

「おいボソッと呟くな」

 このやり取り何回目だろう、それより私ってそんなにモテないと思われてた!?


「その方の、お名前と住所を教えてください」


 まずい、これは違うパターンだ。杏子を見れば俯いて綺麗に研がれた包丁を持っている。顔には影が差していた。

 もしかして、透君を殺そうとしてる? 

 そして耳を澄ませば何やらボソボソと呟いているのが分かる。


「ユカ様は私のもの、ユカ様は私のもの、ユカ様は私のもの、ユカ様は私のもの……」

 

 聞いちゃいけない感じがしたので黙っておく。杏子は私への執着が強すぎる、というか桐生家にまともな人間を求めるのが間違いなのだ。


「お、お腹すいたなぁ」


 そらし、そらし。杏子はハッと我に返って猛スピードで食材を刻んでいく。


「お任せください、一秒もお待たせしません!」

「無理でしょ」


「うふふふふふ」

 どこかから忍び笑いが聞こえてきた。私は目を見開いて後ろを振り向いた。すると、項垂れた父とそれを見て爆笑する母の姿が。

「栄子ーー、貴様ーー」


 杏子との会話を盗み聞きされていたのだ。父の様子からして結構前から聞かれているはずだ。私は盗み聞きを止めなかった栄子に鋭い視線を浴びせる。しかし彼女はどこ吹く風といった様子だ。

 狡猾な女め。


「不可抗力です、お嬢様」

「ユカ、姿勢のレッスン45分頑張ってね」

 母によって栄子との約束を思い出した。まさか、栄子レッスンのことだけ報告していたのか。


「彼氏さんのこと、詳しく聞かせてね。ユ・カ」


 母のウインクで私はダウンした。ソファも私を支える気はないらしく床にするりと落とされてしまった。


「うぉぉぉぉぉぉぉー」


 閑静な住宅街に私の叫びが響くのであった。

 

 

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