サイコパスの彼女1
ごゆるりとお楽しみください。(ネタ切れ)
告白が受理されてから私は感情が抜けたみたいに口をポカンと開けて帰っていた。それでも、僅かに足取りが弾んでいることから嬉しいのだと分かる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
校門を少し抜けて大通りに入れば静かな学校と違って、騒がしくなる。同じ町だとは思えないくらいの盛り上がりだ。ここには映画館やカラオケなど娯楽施設が揃っていて、もう少し進めばホテルもある。立地からして学生が泊まるにはふさわしくない。学校から近いということで、生活指導の監視が厳しく自由に楽しめない。遊ぶなら隣町まで行くのが普通だ。
路肩に停められたベンツからスーツ姿の中年女性が出てくる。彼女は品を重んじる私の執事だ。
「ありがと、栄子さん」
私は学校でするような優等生スマイルをした。栄子は私が車に乗り込んだのを確認して扉を閉める。重い鉄の扉がいとも簡単に閉じられた。
「お嬢様そのような姿勢をしてはいけません」
ミラー越しに鋭い栄子の視線が突き刺さる。それでも私はだらりとうつ伏せになっている体を起こすつもりはない。
「え~、いいじゃん。外から見えないんだし」
「そういう問題ではありません。普段の生活態度はどこかで出てしまいます」
「いいよ、別に」
栄子は深くため息をついた。いつものことだ。
「では事故を防ぐためにシートベルトの着用をお願いします」
私は適当に返事をして体を起こす。シートベルトを着けると車は発進する。足をフラフラとさせて鼻歌を歌った。
「『自分の運命は自分で決めるのです』って言ったよね?」
私は成功という快感を誰かと共有したくてたまらなくなっていた。
そして、一番に共有する相手は絶対に栄子さんだ。彼女には生まれてからずっと頼りっきりだ。それに私以上に賢い。
「ええ、申し上げました。何か良いことでもありましたか?」
「わかる? やっぱわかるか~」
「よろしければ内容を教えていただけますか?」
「私、彼氏できたんだよ」
突然の急ブレーキ、私は前の座席に頭をクリーンヒット。変な体勢で座っていたせいだ。ミラー越しに栄子さんを見たがそれどころではないというように驚いた顔をしていた。
「あのお嬢様が彼氏……」
「おいボソッと呟くな、聞こえてるぞ」
栄子は折り目正しい執事だ。決して主人を馬鹿にしたり、笑いものにすることはない。ない、はずなのだが今日の栄子は何かおかしい。
「お嬢様、言葉は正しく使うべきです。『好き』の類義語をたまたま噂で聞いたくらいでは彼氏にはなりえません。いいですか、彼氏というのは」
「いや、告白したよ!?」
「はっへ?」
またもや急ブレーキ、私は二度目のクリーンヒット。もちろん栄子は気に病む様子がない。やっぱりおかしい、今日の栄子はおかしい。
「男の子とお話もできなかったお嬢様が告白……!」
「おいボソッと呟くな、聞こえてるぞ」(本日二回目)
栄子さんは何か合点がいった様子でこう諭してきた。
「お嬢様、告白というのは『明日一緒に遊ぼうね』や『あなたと遊ぶの楽しい』と言うことではありません」
「いや、告白の意味ぐらい知っとるわ」
「では、仰ってください。意味を、さあ!」
揺るぎない勝ちを確信したような顔をしている。私はどれだけ世間外れだと思われているんだ。
「『好きです』って言って『付き合ってください』って言うこと」
「フガッ」
栄子はどこから出たかわからない声を出した。今日の栄子は……(以下省略)
そしてまたもや急ブレーキ、私の頭もクリーンヒット、そして当の栄子は(以下省略)
「悪かったな、私に彼氏ができて」
やっと我に返ったのか運転が落ち着きを取り戻してきた。
「いえ、とんでもございません。早速ご両親にも報告いたしましょう」
「いや、待ってなぜそこまで行くんだお前は」
栄子はいつになく張り切っていた。私を独身貴族予備軍とでも思っていたのだろうか。
「秘密にしますか?」
「当たり前でしょ、この年で親に『彼氏できた』とか言わないよ」
「そうでしたか、ですが私には報告義務がありますよ。お、じょ、う、さ、ま」
栄子は悪ーい笑みを浮かべて私を見た。頭の切り替えが早く狡猾、まだまだこいつには勝てん。相手が強すぎる、『報告義務』はチート。
「取引か、何が欲しい」
「姿勢のレッスン二時間とお作法一時間、休憩なしでどうでしょう?」
栄子は子供を脅迫して金をせびるような輩ではない。むしろ給料は目が飛び出るほどもらっているはずだ。だから私が大きい頼みごとをするときは必ずレッスンとの引き換えになる。お陰で優等生を演じるのは容易いが、これがまたスパルタすぎて……
「いいのか? 栄子さんよ、その取引だと彼氏の写真は見せられないぞ。一生」
一生の部分を強調する。負けてられない、この女の掌で転がされるのは我慢ならない。これが私なりの反抗期であった。
「一生……、わかりました。ではこうしましょう姿勢のレッスン一時間とお作法一時間、どうです?」
「無理に決まってんだろ! 一時間減っただけじゃねえか」
「言葉遣いのレッスンも必要ですか?」
一進一退の攻防の末、姿勢のレッスン45分で合意した。かなりいい条件を引き出せた。
栄子とのひと悶着が終わったころには家の前についていた。新築二階建て、無駄にだだっ広い敷地を誇っている。お屋敷街で唯一現代建築の家だ。
私は浮ついた気持ちが抑えられず早足で家に入る。両親は帰宅していない、風呂は栄子が沸かしていたらしく湯気が立ち上っていた。
私は気持ちを落ち着けるためにもさっさと服を脱いで湯船にダイブする。今になってクリーンヒットした頭が痛くなってきたが、包み込むような温かさで癒された。
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