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サイコパスは騙されない

ソファにでも座ってごゆるりとお楽しみください。

サイコパスは騙されない

 「榊本君……私と付き合ってみませんか?」

 耳を疑うとはまさにこのことだ。賢い彼女のこと、恋愛云々に現を抜かすはずがない。

 万が一そうであっても僕を選ぶ理由がない。僕以上の優良物件など数えきれないほど存在する。

 

 僕を選んだ意味とは何なんだ?

 わからないことが多すぎる。 

 

 僕は頭を切り替えて状況を分析する。何通りも考えていた候補手に一つも当てはまらない行動――桐生由香、彼女を侮っては足元をすくわれる。

 

 恋愛という感情を知らない僕にとってこの対面は不利すぎる。もし『勘のいい男』であれば桐生の思惑を察することができるだろう。しかし、僕は人の気持ちが分からない愚かなサイコパスなのだ。

 恋愛のれの字も知らない人間が、相手の恋心の有無など判別できるはずがない。


 僕が一番危険視している可能性は一つだ。それはこの告白が罠であるということ。十分あり得る。


  でも、なぜそんなことをする? 一体どういう罠なんだ?

 

 考えられるのは、僕の普段の行動に違和感を感じて接近し調査するというもの。人間というのは仲間と違う動きをする人間を敵とみなすことがある。僕は今グレーゾーンにいて、白か黒か判定されているのではないか。きっとそうだ、でなければ辻褄があわない。


 僕は一気に脳が醒めていくのを感じた。人生のほとんどは作業ゲームと同じである。ゴールのために何をすべきか考えてすぐに実行する。躊躇など必要ない。


 ゴールは決まった。桐生が僕を調査するなら『白』と太鼓判を押せるように行動するだけだ。


 いつもの僕であれば、一秒と経たずに告白は断っているはずだ。特定の相手と付き合えばボロが出る可能性があるし、別れれば何かと問題が起こる。しかし客観的に見てここで告白を断れば、それこそ何かあると言うようなもの。弱点を晒す必要などない。


 そして、これは好機でもある。桐生由香は女子のリーダー的存在だ。僕は人畜無害なただのお人よしと欺くことができれば女子からの信頼を勝ち取ることができる。人は一度懐に入れると決めたら疑うことを忘れてしまう。得ることが難しい女子からの信頼を、桐生の前で演技するだけで得られるのであれば得な話ともいえる。


 相手の策を見抜いて逆用する。これが僕の生き方であり、モットーだ。

 

 やることが決まれば即行動に移す。これが唯一の長所だ。


「だめ、かな」

 まずい、考えすぎて相手に不信感を募らせてしまったか。

 な、なんだ? 

 

 桐生はさっきの真剣な顔つきと違って可愛らしい上目遣いをよこしてくる。そして、絵にかいたような美しい笑みも浮かべている。どこか儚げで拒まれることを恐れているようにも見える。

 

 もしや、断らないように誘惑している? 確かに普通の男子高校生がこの顔を見れば一瞬で承諾してしまうだろう。断ろうと思っていてもこんな顔をされてしまえば気が変わってしまうかもしれない。


 危険視すべきとの判断は間違っていなかった。賢いだけでなく狡猾、人生最大の危機は彼女によってもたらされると言って差し支えないだろう。僕も全力で迎え撃たなければならない。


 僕は悟られないように深く息を吸った。

 激動の時代が始まる。


「わかった、僕なんかで良ければ」

 謙遜で一ポイント挙げておく、こうして地道に点数上げをするのが一番の近道だろう。僕は顔を引きしめた。さあ、腹の探り合いだ。


「やっぱりそうだよね……」

 桐生は悲しそうに俯いた。上目遣いをしていた目は悲しそうに伏せ、美しい笑みも悲しみを表現している。

「ん?」

 

 僕は反射的に首を傾げた。

 今度はどういうことだ!?

 今日二度目のカウンターだ。ボクシングなら今頃ダウンしているに違いない。


 策に嵌った僕を憐れんでいるのか? それこそ喜べばいい、まんまと策に嵌ったのだから。

 わからん、そもそも人の気持ちが理解できない時点でこういう駆け引きには勝てない。せめてもの抵抗でポーカーフェイスを決め込んでおく。


「い、いや。ありがとう?」


 なんで疑問形なんだ! わからん! 

 可能性としては……

 だめだ、きりがない。いちいち考えるのはやめて作業に徹しよう。得意分野で戦うんだ。


「連絡先交換する?」


 まだ黙っている彼女へ当たり前の提案。本来なら誘ってきた方がするのだが、作戦かもしれない。

 僕はスマホを差し出してQRコードを見せる。一般的なチャットアプリの一つだ。おそらく日本人の九割近くがダウンロードしている。


「うん、お願い」

「わかった」


 桐生もQRコードを出してきたので画面を切り替えて読み込む。可愛らしいぬいぐるみの熊が表示される。対して僕のアイコンは『未設定』。そんな学生がいるのかと聞かれるが僕のアイコンは薄い人の影――すなわち未設定。何を載せればいいかわからず、考えるのも億劫になってやめたというだけだ。


 交換が終わったのに桐生は僕をじっと見つめて動かない。

 顔に何かついているのか、それとも敵同士の睨み合い? 


「できたよ、どうした?」

 桐生はぱっと我に返ったようだ。スマホをさっと鞄に直した。

「ううん、ありがと。また明日会おうね。透君」


 彼女はくるっと回転してその長い髪を揺らす。かすかにシャンプーの香りがした、おそらく○○○のシャンプーだろう。帰り際に小さく手を振ってそそくさと帰ってしまう。


 僕はガクンと項垂れた。椅子がギシギシと悲鳴を挙げる。どっと疲れが押し寄せてきた、これで彼氏彼女の関係――しかも通常のものとは違い『探り合い』と『演技』を伴う が構築された。時計を見れば十分弱しか経っていない。


 たった十分で彼女はここまで僕の体力を削ることができる。

 意表を突く行動、計算されつくした策、どれも僕を屠るには十分な危険性を持つ。

 一つ一つに対処していかなければ。

 また、あのようなことになってしまう。


 僕は立ち上がって頬を二回叩く。怯んでいてはいけない、作業化して淡々とこなす。ただそれだけだ。


 未来を暗示するかのように夕日が僕に長い影を落とした。

  

 

  

 

 

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