サイコパスと優等生
お茶でも呑みながらごゆるりとお楽しみください
サイコパスと優等生
怪しいなと思い専門医に診てもらうとサイコパスという診断を受けた。意外ではなかったがどこかで正常であってほしいという願いがあった。
別にそれは問題ではない。サイコパスだって普通に生活することはできる。問題はサイコパスであることをどうやって隠すかだ。
中学ではカッコいいという人間もいるが、大抵の人はサイコパスと聞くと距離をとりたがる。僕自身もそれが正常な判断だと思うが、そうなると必然的にいじめの対象になってしまう。
無視とか、私物を隠されるとかならいいのだが「殴る」「蹴る」が絡むと後処理が面倒になる。幸い体格には恵まれているし、攻撃に踏み切るスピードは「異常」と言われるほど早い。しかし、殴り合いに勝つだけでは問題は解決しない。だからこそ、僕は人生をかけてサイコパスであることを隠したいと思う。
高校からは簡単だった。目立つ一位は避けつつ勉学に励む優等生を演じつつ、体力テストでも同じくらいの成績を残しておく。後は極力会話を避け、親切と思われる行動をすればいい。僕は行動に移すスピードが異常に速いので、瞬く間に優等生の地位を獲得した。
俗にいう高校デビューは成功した。浅く広くをモットーに友人を増やしまるで僕が男子の中心であるかのように錯覚させる。これで高校三年間は安全……のはずだった。
想定外のことが起きたのは今朝のことだ。必要最低限の会話しかしてこなかった桐生が
「榊本君、話したいことがあるから放課後いいかな」
と言ってきたのだ。彼女は学級委員長という立場のためクラスメイトに手伝いを要請することはある。しかし、入学してから約二か月。僕は一度も要請されたことがない。
他の友人は全員要請されていたので嫌われているのかと考えた。一番合理的だ。サイコパスに人の感情を理解するのは不可能だが、「嫌われる理由は星の数ほどある」ということだけは知っていた。おそらく僕の何かが彼女の気に障ったのだろう。
僕は放課後、ところどころ剥がれた天井をじっと見つめていた。もし嫌われているのなら何とかして嫌われないようにしなければならない。候補手を何十通りと考えて検証する。はたから見ればただボウーっとしているように思うだろうが、頭はこれまでにないほどフル回転していた。
これは一大事なのだ。もし「あなた、サイコパスでしょ」などと言われれば一貫の終わりになる。女子を敵に回したが最後、骨まで残してもらえない。彼女らは集団戦のプロだ。武道未経験サイコパス一人でどうにかできる相手ではない。
さてどう出てくるか、教室はしんと静まり返っており物音ひとつ立たない。二人きりになってもう五分が経過する。これは彼女なりの作戦なのか。そう、桐生を侮るわけにはいかない。彼女の会話のテンポを思い出すと安易に推測できる。彼女は速く深く頭を回転させることができる。
そういう人間は予想外の妙手を講じてくる場合がある。そうだ、既に僕は掌で転がされている可能性も十分あるのだ。
生まれてから恐怖を感じたことはない、それでも脳ではサイレンが鳴り響いていた。
ガチャンと椅子が机にぶつかる音が鳴った。
透、全てが策だと思え。決して騙されるな、相手の策を見抜いて逆用するんだ。
僕は視線だけを桐生に向けた。彼女は両手の拳を強く握って僕の方をじっと見つめていた。飛び掛かってきそうなほど顔は険しい。美しいはずの顔は怒りで険しくなっている。
僕は最期を覚悟し固唾を呑んだ。
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