妹はこの世の終わりのような顔で僕を見た
「ただいまー」
透の家から帰ってきた僕は、そのままリビングに向かう。
リビングの扉を開くと、そこには妹の柚葉がソファでくつろいでいた。
「おか、え、りぃ……?」
こちらに顔を向けた柚葉の声が、だんだんと小さくなっていく。
しばらくの間、僕の顔を見た体勢のまま固まっていた柚葉だったが、次第に表情が変化がしていき、最終的にはこの世の終わりのような顔で僕を見た。
この反応は予想できていたけど、実際にこの目で見ると、なかなか破壊力があるな。
すごい顔をしているぞ、柚葉。
柚葉はよろめきながら立ち上がると、ゆらゆらと揺れながらこちらに近づいてくる。
そして、僕の目の前まで来ると、背伸びをして、僕の髪を触った。
そしてわずかな沈黙の後。
「な、なんだこれはー!?」
「う、うるさっ!」
大声で叫ぶ柚葉からたまらず離れる。
「お兄ちゃんの頭がおしゃれになってる!」
柚葉は僕の頭を指差すと、そう言った。
「いいでしょ? 友達が切ってくれたんだ」
僕はそう言うと、自分の髪を指先でいじる。
今の僕の髪型は、視界を覆っていた前髪がバッサリと切られ、全体的に短く整えられたショートヘアになっている。
長さ的にはベリーショートといった具合か。
透が言うには、これぐらい短くした方が、男らしさも出しやすく、僕の顔にもよく合うらしい。
確かに今の僕は、髪型も相まって、顔だけ見たらずいぶんと男らしくなったなと思う。
今までとは反対の印象だ。
まあ、おどおどとした態度を直さないと、この変化も宝の持ち腐れとなってしまいそうだけど……。
しかし、自分の見た目にはあまりとんちゃくしない僕だけど、ここまで印象が変わると、正直楽しくなる。
今度透がワックスの使い方を教えてくれるとのことなので、今から少し楽しみだったりする。
「ぐぬぬ、余計なことを! これではお兄ちゃんのかっこよさが周りにバレてしまうじゃんか」
「悪い虫がつく」と頭を抱えながら柚葉は言った。
悪く考えすぎだと思うのだけど、とりあえず黙っておこうか。
言っても面倒くさいことになりそうだし。
「僕の友達は、それについては心配する必要はないって言っていたけどね」
僕がそう言うと、柚葉は顔を上げてこちらを見上げる。
「どういう意味? 心配する必要はないって」
「さあ? 僕にもよく分からないな」
そこのところを僕も詳しく知りたかったのだけど、結局、透にははぐらかされたままだ。
柚葉を見ると、黙りこんで、あーだこーだと考えこんでいる。
どんなに考えても、答えは出ないと思うけどな。
しかし、次に柚葉が顔を上げた時、その顔には隠しきれないほどの好奇心があった。
「もしかしてお兄ちゃん、彼女できた?」
「はっ!? どうしてそうなるんだ? いないよ彼女なんて」
「うーん……。それじゃいい人との出会いがあったとか?」
そう言われて、一瞬、羽月さんの顔が思い浮かぶが、僕はすぐにそれを頭から消し去った。
しかし、どうやら僕の顔には、その様子がわかりやすく表れていたようで。
柚葉はにんまりと笑いながら「ふーん。いい人との出会いがあったんだ?」と嬉しそうに言った。
僕はため息をつくと、
「確かに仲良くなった子はいるけど、羽月さんはそういうのじゃないよ……。気の合う友達なんだ」
そう言葉にするけど、自分でも驚くほどにしっくりとこない。
もしかしたら自分が思っている以上に、僕は羽月さんに惹かれているのかもしれない。
だけど僕では羽月さんに釣り合わないだろう。
「ふーん」
柚葉は不満そうに唇をとがらせている。
「まあ、私はお兄ちゃんを傷つける人じゃなければ、誰だっていいけどね。だから、お兄ちゃんがその人とどう向き合うかは、お兄ちゃんの自由」
柚葉はそう言った後に、続けてこう言う。
「だけど、後悔だけはしないでほしいな。何もしなかったって後悔は、わりと後々まで引きずることになるから」
さっきまでとは打って変わって、大人びた顔で柚葉はそう言った。
後悔のないようにか。
難しいことを言う。
「ああ、そうだな。少し頑張ってみるよ」
柚葉の言葉に勇気づけられて、そう言葉にする。
今の僕がどこまでやれるのかわからないけれど、少しだけ頑張ってみようと思った。
「頑張ってね、お兄ちゃん!」
僕の言葉に、柚葉が明るい表情を浮かべる。
「ところで柚葉に聞きたいことがあるんだけれど」
「うん? なに?」
「柚葉も恋愛で後悔したことがあるのか?」
「えっ!?」
柚葉はポカンと口を開いている。
「だって、まるで経験があるかのように言っていたじゃんか」
「いや、それは……その……漫画知識と言うか」
柚葉が何かゴニョゴニョと言っているが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「正直安心したよ。柚葉も異性にそういう感情をもつんだな?」
昔から僕にべったりで、兄離れしない柚葉を僕は心配していたのだ。
僕が喜んで、柚葉に言葉をかけていると、しだいに柚葉の体がぷるぷると震え出し、赤くなった顔でこちらを見上げた。
「もう、私のことはいいの! お兄ちゃんは気にしないで!」
柚葉はそう言って、慌てたようにリビングから出ていってしまった。
僕はどういうことか分からず、首を傾げたのだった。