昼休みに楓と穏やかな時間を過ごす
透の家に遊びに行った次の日。
昼休みに学校の廊下を歩いていると、突然誰かに背中をツンツンとつつかれた。
「わあっ!」
思わず自分の口から大きな声が出る。
驚いて、後ろを振り返ると、そこには羽月さんが立っていた。
羽月さんはいたずらが成功した子供のように、満足そうな顔で笑っている。
「は、羽月さん?」
「ふふっ、ごめんね、小鳥遊くん。驚かせちゃったかな?」
羽月はくすくすと笑った後、軽く謝ってくる。
「まあ、いいけど。もうやめてね? すごく驚いたから」
まったく気配を感じなかった。
本当に心臓が止まるかと思った。
僕はほっと息をつくと、軽く周囲を見回した。
「羽月さんもこういう所に来るんだね? ちょっと意外……」
僕たちが今いるのは、音楽室や理科室、美術室などが並んでいる特別教室棟だ。
教室がある校舎からは離れているため、僕たちの他に人はいない。
だから羽月さんがここにいることが意外だった。
「私はこっちに用はないよ? 小鳥遊くんを見かけたから、ここまで追いかけてきただけ」
羽月さんの言葉に心臓がどくんと高鳴る。
天然なのだろうか? 人によっては勘違いしてしまいそうな言葉を、羽月さんは自然と口にしている。
「そ、そうなんだ? すぐに声をかけてくれれば良かったのに」
「私もそうしようかと思ったんだけど……。小鳥遊くん、人から注目を集めるの苦手でしょう? だからすぐには声をかけなかったんだ」
羽月さんの言葉に僕は目を丸くする。まさか僕のためだとは思わなかった。
少しだけ、羽月さんが人の中心にいる理由が分かった気がする。容姿だけではない。羽月さんは日頃から周りの人のことを考えて接しているのだろう。
そりゃ人気があるのも頷ける。
「気を使ってくれて、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。小鳥遊くんはこっちの方に何か用があるの?」
「うん。ちょっと美術室でこれを使いたくてね」
僕はそう言って、カバンからタブレットを取り出す。
テストのご褒美に父さんが買ってくれたものだ。
「タブレット? 勉強用ってわけではないよね? 何に使うの?」
「これでイラストを描くんだ。これから美術室に行って少し描こうと思って」
僕がそう言うと、羽月さんは少し考えるそぶりを見せた後にこう言う。
「そっか。だったら私は邪魔だと思うから、教室に戻るね」
そう言う羽月さんの顔は少し残念そうだ。
本人は気づいていないようだけど。
どうやら羽月さんは自分の感情を隠すのが苦手なようだ。
「羽月さんも来る? ゆるくやるだけだから、話しながらでも全然大丈夫だけれど」
僕がそう言うと、羽月さんは顔を輝かせる。
「うん! 行く!」
羽月さんは嬉しそうに頷くと、軽やかな足取りで僕の隣を歩き始めた。
こうして羽月さんという予想外の仲間を得て、本来の目的地である美術室に向かうことになった。
美術室に着くと、さっそくタブレットの電源を入れて、イラストソフトを立ち上げる。
そして描き途中のイラストを画面に映し出す。
「わぁー! 綺麗なイラスト!」
僕の隣からタブレットを覗き込んでいた羽月さんが、興奮気味にそう言った。
今タブレットに映し出されているイラストは、雪山の麓にある村を描いたものだ。
雪が降る夜の村を、街灯や家の明かりが照らしている様子を描いている。
「まだ思い通りには描けていないけれどね。これからもっと練習しなくちゃ」
やっぱりアナログとデジタルでは少し勝手が違う。
ソフトに入っているツールもまだ手探りで使っている感じだし。
自分らしい絵が描けるまでは、まだ時間がかかりそうだ。
「へぇー、こんなに上手なのに」
「あ、ありがとう……」
羽月さんの素直な言葉が嬉しい。
「ねえ、小鳥遊くんはいつからイラストを描き始めたの?」
「えーと。確か小5の頃だったかな。僕、ゲームが好きなんだけど、いろいろな世界観のゲームをしているうちに、自分でも何かを創りたくなったんだよ」
魅力的な世界を僕も創ってみたい。それが創作活動を僕が始めたきっかけだ。
最初の頃は本当に色々と挑戦していた。
ゲーム作りは何をすればいいのかわからず、すぐに挫折。
次にマンガに小説、イラストや模型、たしか音楽にも挑戦したっけ?
色々とやってみて、最終的に落ち着いたのがイラストだった。
どうやら僕は一つのシーンを切り取って、それを描くのが好きらしい。
少しずつ上達してきて、最近になってようやく納得のいくものが描けるようになってきたところだ。
「自分も何かを作りたいか……。その気持ちよくわかるな。私も素敵な服に出会った時とか、こういう服を自分も作ってみたいって思うもん」
羽月さんの言葉を聞いて、僕は納得する。
なるほど、それで手芸部に所属しているのか。
「服を作るなんてすごいね。僕には出来そうにない」
「まあ、あまり凝ったものは、まだ作れないけどね。私も小鳥遊くんと同じで、今は勉強中なんだ」
羽月さんの言葉を聞いて、僕は少し嬉しくなった。
自分以外にも頑張っている人がいる。
やっていることはそれぞれ違うけど、とても心強いことだなと思った。
僕ももっと頑張らないと。
「そうだ!」
突然、羽月さんが声を上げた。
なんだろう、と思ってそちらを見ると、羽月さんはいいことを思いついた、というような顔で、こんなことを言う。
「小鳥遊くん、一緒に何か作品を作らない?」
「一緒に?」
羽月さんの言葉に、僕は首をかしげる。
どういうことだろう? 僕と羽月さんで協力して作れるものなんてあっただろうか?
「そう一緒に! 私が人の服装や小物類をデザインして、小鳥遊がそれをもとにイラストを描くの。どういうイラストを描くのかは、小鳥遊くんに任せるよ。私がそれに合わせた服をデザインするから」
つまり簡単に言うと羽月さんがキャラデザ(服の部分)担当で、僕がイラスト担当ということだろうか?
面白そうだなと思った。
羽月さんがどういう服をデザインするのかも気になるし、二人で一つのイラストを作り上げるとか、今までやったことがないので、興味がわく。
「いいね、やろう! 実は描きたい絵があるんだけど、ちょうどキャラクターの服のデザインに困っているんだよね」
「おおー、それは責任重大だね。どういうのを描きたいの?」
「それはー」
僕が描きたいイラストについて話し、羽月さんがそれを真剣な顔で聞く。
わかりにくいところは羽月さんが理解するまで根気よく説明する。
最後まで話すと、二人でキャラのアイデアを出し合う。
羽月さんの出すアイデアがとても良いものばかりなので、だんだんと楽しくなって、お互いに夢中になってアイデアを出しあった。
結局予鈴がなるまでそれは続き、急いで教室に戻ることになった。