羽月家に遊びにいく。途中、楓が帰宅する
その日の全ての授業が終わり、がやがやと騒がしくなった放課後の教室。
教室を出た僕は、透との待ち合わせ場所である校門に向かう。
待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでに透の姿があった。
暇そうに一人たたずむ透は、なかなかに目立っていた。
通りすぎていく人たちが透にチラチラと視線を送っている。
「やあ、お待たせ」
僕がそう言って軽く手を挙げると、透はこちらを見て「おう」と言う。
透はニカッと笑うと、「よし、行くか!」と言って歩き始めた。
僕はそれに対して頷くと、透の後を追いかけるように歩き始めた。
透の家は、街の中心から離れた閑静な住宅街にあった。
黒色を基調とした外壁と、木目調の壁が上手く組み合わさったオシャレな家で、余分なものがなくて洗練されている。
「ただいまー」
「……お邪魔します」
透の後に続いて、僕も家の中に入る。
しばらくすると、パタパタとスリッパの音がして、綺麗な女性が現れた。
透のお母さんだろうか?
40代ぐらいの女性で、整った顔立ちをしている。
女性は僕の方を見ると、パァと顔を輝かせる。
「あらあら! まあまあ!」
女性は勢いよく近づいてくると、こちらの顔を覗き込んでくる。
「透の友達?」
「え、ええ、はい。……そうです」
透のお母さん? の勢いに押されながらなんとか頷くと、透のお母さんはさらに顔を輝かせる。
透のお母さんは今度は透のほうを見ると、「久しぶりね! 透が友達を連れてくるのは!」
透は少し面倒くさそうに、「母さん、うるさい」と言った。
透のお母さんは気分を悪くした感じもなく、ニコニコとした笑顔で、「さあ、中へいらっしゃい。お茶を出すからね」と言って手招きした。
透の方を見ると、少し面倒くさそうな顔をしながら、「母さんが騒がしくて悪いな。ゲーム機はリビングにあるから、そっちにいくぞ。母さんが少しうるさいと思うけど、気にしないでくれ」と言った。
透のお母さんの勢いに押され気味だった僕は、少しだけ気合いを入れて、透の後に続いた。
羽月楓視点
「ただいまー」
いつも通り手芸部の活動を終えて、寒さが厳しくなってきた夜道を歩き帰宅する。
この日もいつもと変わらない一日のはずだった。
「……あれ?」
いつもならすぐに返ってくるはずのお母さんの返事がない。
それにいつもより家の中が静か?
スマホで時間を確認すると、いつも通りの帰宅時間だ。
この時間ならお父さんがすでに帰ってきているはずだから、もう少し家の中が騒がしいはずなのだけれど。
私は少し警戒しながら、リビングの扉をゆっくりと開く。
するとそこには、一心不乱にゲームにのめり込む二人組と、それを見守るお父さんとお母さんの姿があった。
二人組のうち、片方はお兄ちゃんだけれど。もう片方は……。
「小鳥遊くん?」
私がそう呟くと、お母さんがようやく私に気づいた。
「あら、おかえりなさい! 楓」
なぜかいつもより元気なお母さんに出迎えられる。少し不思議に思うけれど、それよりも気になることが他にあった。
「お母さん、なんで家に小鳥遊くんがいるの?」
「なんでって、透が連れてきたのよ? お友達なんだって」
「お兄ちゃんが友達を連れてきた?」
今までお兄ちゃんが、誰かを家に連れてきたことなんてあったけ?
小学生の頃はまだあったかもしれないけれど、最近となると全然記憶にない。
もう友達を作ることはないのかと、兄妹として心配していたのだけれど。
それが突然、友達を連れてくるなんて。
それまで二人がゲームをしているところを見ていたお父さんが、感心したような顔でこちらを向く。
「あの子すごい集中力だな。もう何回も透と対戦しているぞ」
「ずっと勝ったり負けたりを繰り返しているそうね。二人ともとても楽しそうにやっているわ」
小鳥遊くんとお兄ちゃんの方を見ると、確かに楽しそうで、時々顔を見合わせて笑っている。
私も仲良くなりたいのに……。
学校の渡り廊下で、男子生徒から私を小鳥遊くんが庇ってくれた時を思い出す。
一生懸命に男子生徒に立ち向かう小鳥遊くん、かっこよかったな。
その後の私のことを気づかう言葉も嬉しかった。
あの時、小鳥遊くんに仲良くしようと言ったのは本心からのものだった。
まさかお兄ちゃんの方が先に仲良くなるなんて思わなかったけど。
楽しそうにしている小鳥遊くんを見て、なぜか分からないけど、もやっとする。
なんなんだろうこの気持ち?
自分の気持ちに戸惑いを感じながら、しばらくの間二人が遊んでいるのを眺めていた。
小鳥遊凉視点
対戦を終えて隣を見たら、いつのまにか羽月さんが座っていた。
「おおう……!」
驚きすぎて、思わず変な声が出てしまった。
羽月さんはそんな僕を気にした様子もなく、いつも通りの笑顔で「こんばんわ、小鳥遊くん」と言った。
なんだろう? いつもと変わらない笑顔なのに、なんだか圧のようなものを感じる。
透が不思議そうな顔で羽月さんの方を見る。
「珍しいな? いつもは飯の時間まで自分の部屋にいるのに」
「私も小鳥遊くんと知り合いだからね。少し話をしたいなーって」
羽月さんはそう言うと、僕の方を見た。
相変わらず圧を感じる笑顔だ。
透も少し引いている。
「羽月さん、もしかして怒っている?」
僕がそう言うと、羽月さんの表情が一瞬固まる。そして、取り繕うように咳払いをする。
「お、怒っていないよ?」
「そ、そうなんだ?」
少しの沈黙の後。
「私もここにいていい?」
羽月さんがそう呟く。
「そりゃ、もちろん」
断る理由がない。
僕が頷くと、羽月さんは満面の笑顔を浮かべる。
そうして僕は透とゲームをしながら、楽しそうに話しかけてくる羽月さんの相手をして、賑やかな時間を過ごした。
ゲームに集中は出来なくなったけど、羽月さんが楽しそうだから、まあいいかなと思った。
この日は透たちが夕食の時間になるあたりまで遊んで、そこでお開きとなった。
きっちり次の遊ぶ約束をして、透たちの見送りを受けながら、家を後にした。