羽月透
ちょっとした騒動を経て、図書室で本を借りた僕は、気分転換にゲームセンターに行くことにした。
ゲーム音で騒がしい店内を歩きながら、どのゲームで遊ぶか考える。
できればストレスを発散できるようなゲームがいい。
先ほどの男子生徒とのいざこざは、僕には精神的なダメージが大きすぎた。
この嫌な気持ちを早く発散したい。
店内を歩いて、いくつかのゲームを見て回る。
リズムゲーム、レースゲーム、シューティングゲーム、格闘ゲーム。
ストレスを発散するのなら、どれも悪くない。
どれにするか悩んでいると、レースゲームの筐体が並んでいるところに、ある男子生徒の姿を見つけた。
羽月楓さんのお兄さんの羽月透だ。
羽月くんは他の人がレースゲームをしている様子を熱心に眺めている。
羽月くんもゲームセンターに来るんだ。
妹に続いて、兄の方とも遭遇するなんて、なんとも不思議な気分になる。
と、そんなことを考えていると、ゲームを眺めていた羽月くんと目が合った。
あ、やばい。見ていたのがバレてしまった。
どうしようかと考えていると、羽月くんがこちらに向かって歩いてくきた。
どうしよう!? やっぱりこっそり見ていたのが不快だったのだろうか?
僕の中で緊張感が高まる。
羽月くんは僕の前まで来ると、「小鳥遊、だよな? 小鳥遊もゲームをしに来たのか?」と言った。
羽月くんの言葉を聞いて、内心ほっとする。どうやら怒っているわけではないようだ。
「う、うん。息抜きにちょっとゲームをしようかと思って。……それよりどうして僕の名前を?」
羽月くんが僕のことを知っていたことに驚く。
羽月くんは僕の言葉にニヤリと笑うと。
「テストの結果が廊下に張り出された時に、お前、あの場にいただろう? 小鳥遊のことで周りが盛り上がり始めた時に、居心地悪そうにしていたから、もしかしたらと思ったんだよ」
「そ、そうなんだ? そんなにわかりやすかった? 僕」
「すごくな」
羽月くんは自信たっぷりにそう言った。
すごいな。
テスト結果が張り出された時、あの場には大勢の生徒が集まっていたはず。
その中から僕を特定したのだとしたら、羽月くんの視野の広さと、人を見る力はかなりのものだ。
「前回はなかった名前が、いきなり二位のところに出てきたからな。すこし驚いたぞ」
「はは、まあ、それはその……。今回は頑張ろうかなと思って」
さすがに言えない。ご褒美につられて頑張ったなんて。
羽月くんは「そうなのか? それで二位とかすごいな」と特に気にしていないようだ。
「なあ、小鳥遊はレースゲームはやるのか?」
羽月くんは、さっきまで眺めていたレースゲームの方を向いてそう言った。
「えっと、けっこうやる方だとは思うよ」
僕がそう言うと、羽月くんは挑戦的な顔でこちらを見た。
「だったら、あれで対戦をしないか? 今無性に誰かと勝負したい気分でさ」
羽月くんはレースゲームの筐体を指さしてそう言った。
羽月くんからのゲームの誘いに、僕は目を丸くする。
意外だ。
羽月くん、学校でもよく一人でいるから、あまり人と関わるのが好きじゃないのかと思っていた。
この短時間で羽月くんの印象が大きくかわりつつある。
「いいよ。やろう」
「よし。それじゃあ場所が空いたら、やるか!」
しばらく他の人がゲームをプレイしているところを眺めて、場所が空いたらそこに座る。
お金を入れて、自分が操作する車を選択する。
「やっぱり、カッコいい車を選びたいよな。やる気出るし」
「う、うん、その気持ちわかる。こう上手く操作するぞってなるよね」
「はは、わかる、わかる」
「次にコースだけど。どこがいい?」
「そうだな。試しに難しそうなところを走ってみようぜ」
「わかった」
こんな感じで羽月くんと話しながら、レースゲームを楽しんだ。
今日初めて話したとは思えないぐらいに、抵抗感なく会話ができている。自分でも驚きである。
それで肝心の対戦の方はどうだったのかというと。
結果から言うと、羽月くんとの対戦はとても面白かった。
最初は操作もぎこちなく、コーナーでスピードを落としていた羽月くんだったけど。
レース終盤には、こなれた感じで車を操作して、急なコーナーも綺麗に曲がれていた。
最後らへんはいい勝負だったと思う。
勝負は僕の勝ちで終わったけれど、それは僕がこのゲームをやりこんでいたからで、同じ条件で勝負をしていたら、負けていたかもしれない。
「すごいね、羽月くん。たった一回であそこまで走れるようになるなんて」
「まあ、色々とレースゲームはやったことあるからな。コツさえ掴めば、ある程度はできるようになるさ」
確かによくゲームをやるのなら、ある程度他のゲームでも、早く適応できるかもしれないけれど。
羽月くんの場合その早さが異常だ。
普通ここまで上手くできないと思う。
「それにしても、悔しいな。負けるつもりはなかったんだけど」
そう言って、羽月くんはこちらをチラリと見る。
なんだろう。羽月くんから圧のようなものを感じる。
「よし! 他のゲームでも勝負しようぜ!」
「えっ!」
一回だけの勝負だと思っていた僕は、羽月くんの言葉に驚く。
「このまま終わるのもすっきりしないし、とことんやるぞ!」
「い、いや、僕は勝ったから、このまま終わってもいいんだけど……」
正直、これ以上やる必要はない。
「いいから行くぞ! 勝負はまだ終わってない」
やばい、この人かなりの負けず嫌いだ。
たぶん勝つまで続けるつもりだ。
後悔するも、すでに遅く。僕は羽月くんに引きずられるように、他のゲームへと連れてかれたのだった。